-Ex-

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  Sonic-Shift  

 彼女を中心にして円を描くような旋回軌道を取りながら、トリガーを引く。二連射を、女は右にステップして即座に回避した。足が地面につく前に、移動先へと銃弾を送り込む。女が右腕を振るった。弾丸が拳に当たり、破裂音。〇.五インチの銃弾が、火花すらなく弾け飛ぶ。距離五メートル。クロスレンジ、拳銃の間合いだ。
 女が唇をゆがめ、笑った。
「ロックなんて死んだ音楽、まだ聞いてるの?」
「十六ビートが好みでね」
 ザイルは足を止め、コートの袖口に設けられたスナップボタンを外した。両腕を空へと振り上げる。袖から黒い塊が空中に踊った。女が怪訝そうに表情を歪めた瞬間、二挺の銃を水平に構えてさらに連射した。九ミリ弾とは比べ物にならない怒号が響き渡り、埠頭の大気が震える。
 女は流麗に構えを取り、三発を拳で叩いた。またも破裂音が響き、銃弾が万の破片となって空気に溶ける。火花さえない――拳銃エッジを粉々にしたのと同質の打撃だ。
 それにも構わず、手を休めずに連射する。ザイルは冷徹に敵の動きと弾丸の挙動を観察した。
 右手の銃が合わせて八発目を吐き出した瞬間、拳が追いつかなくなったか、女は肘下の手甲で銃弾を防いだ。火花が散り、、、、、、跳弾がシャッターにぶつかって音を立てる。
 ザイルは目を細め、数発を残したまま、マガジンを排出した。
 弾幕が途切れた瞬間、女が動く。身を屈める予備動作からコンマ数秒の間すら置かず、弾丸のように突っ込んでくる。接触までは一瞬、風を巻き込むようなコークスクリュー・パンチが顔面に向けて飛んできた。
 身を屈め、必殺の拳を回避する。同時に両腕を翼のように広げ、銃のグリップを空に向けた。落ちてきた黒い塊が――二つの弾倉が、二挺のデザートイーグルの中に、奇跡的な精度で滑り込む。タクティカル・リロード。
「ショットガンほどじゃあないが、こいつとさっきの豆鉄砲を一緒にすると、怪我するぜ」
「……ッ!」
 女が息を飲んだ瞬間、ほぼゼロ距離でトリガーを引いた。火の玉に喩えられる銃口火マズル・ファイアが眼前で炸裂し、女の腹に銃弾がめり込む。装甲板が目に見えて歪んだ。足がわずかに浮き、浅いくの字に折れる。搾り出すような息が彼女の口から漏れた。
「っく……ゥ!!」
 大口径の弾丸を直撃させてさえ、致命傷を与えることはできない。
 女は文字通り地に足のつかない状態から、中腰のザイルへと前蹴りを放ってくる。体を傾けて回避し、ザイルは左へと横っ飛びに飛んだ。空中でさらに左右の拳銃から一発ずつ銃弾を見舞う。ヘルメットを銃弾が掠め、バイザーがひしゃげて、砕けた。女は上体をそらし、そのままバック転を三連続。体勢を整えて着地する。バイザーの向こう側にの澄んだ瞳が見える。女――否、同じ年頃の少女だ――は、不敵に笑った。
「やるじゃない」
「お互い様さ」
 ザイルは笑いながらも内心で嘆息した。凍京は広い。自分と同じ年頃で、自分と同レベルの連中がうろうろいるらしい。銃の残弾を計算した。左、六。右、七。
 少女はヘルメットとバイザーをむしりとるように脱ぐと、投げ捨てた。黒髪がうねり、広がる。
「蒸れるのよね、これ。肌に悪いの」
 益体もないことを言って髪を掻き上げる少女は、活動的というには、いささか乱暴すぎる笑顔を浮かべている。野性的な美しさがあった。尖った犬歯を覗かせて、彼女は呟く。
ソラ
「――?」
「あたしの名前よ。覚えときなさい」
 名乗り返す間すらなく、彼女は突っ込んできた。閃光のようなステップインは、まるで距離そのものを削り落としたかのような鋭さだ。拳の届かない間合いを保つことができない。
 しかし、その速度にもそろそろ目が慣れてきた。こちらの番だ。
 繰り出される右フックを潜り抜ける。捻った腰のタメから打ち出される左ストレートを、ザイルは前に出ながら銃のナックル・ガードで弾いた。叩いたのは肘下、手甲の部分、、、、、。高い音が鳴る。銃は無事だ。破裂音、、、もない。
「――!」
 少女――ソラの体が泳いだその瞬間、ザイルは相手の胴体目掛けて狙いもつけずに三発の銃弾を叩き込んだ。装甲板が曲がり、砕け、少女が掠れた息を吐く。銃弾のストッピング・パワーに押されて少女はたたらを踏んだが、しかしそれでもまだ止まらない。
 声なき声を上げ、少女がはしる。
 腰の回転を利用して、一発。その反動でさらにもう一発。パンチを打った腰のひねりをそのまま次の一撃のための予備動作にする。その基礎動作が呆れるほどに速い。
 ほとんどマシンガンのような拳の嵐の前で、しかしザイルはトリガーにかけた指に神経を集中した。三発目までをダッキングとスウェーでかわし、やや仰け反った体勢から銃口を上げる。
 ――頭の中でスパークの散るイメージと同時に、認識速度が急上昇する。古びたハード・ディスク・ドライブの立てる音に似た、カリカリという幻聴がした。
 通信機から引き伸ばされたボーカリストイアン・ギランの叫びが漏れて、耳にまとわりつく。
 四発目の拳の出端を銃弾で叩いた。その銃声が尾を引く前に次の銃弾が放たれる。五発目の拳を叩き落す。六、七、八、九! パンチの数と同じだけの銃声が響く。人外の速度で繰り出されるショートパンチのラッシュを、それに比肩する連射速度で迎撃した。
 ソラが目を瞠る。
 直線軌道を描く推定秒速二百メートル強の物体を、銃撃によって叩き落す――左右の手に持つ一組の拳銃と卓抜した射撃センス、神経加速による反射速度。ただそれだけを武器にして生きてきた殺人鬼の、神業に等しい狙撃である。
 少女の拳に驚きからの鈍りが出た瞬間を、ザイルは見逃さなかった。鈍った拳を銃で弾き、反撃に転じる。至近距離から、顔面に向けて二発。両手の銃の弾が切れた。
 少女はあわててガードをあげて弾丸を弾き飛ばすが、銃弾の持つ運動エネルギーがその体勢を大きく揺るがす。ザイルは足をしならせ、作った隙の中に渾身の胴回し蹴りを捻じ込んだ。
「かっ……!」
 人口筋肉繊維が生み出す瞬発力は並ではない。トラックに跳ね飛ばされたかのようにソラの体が吹っ飛ぶ。
「今のリズムは、洒落てただろう?」
 その隙にザイルは、足元に先ほど落とした数発が残ったマガジンのふちを踏みつけ、空中に跳ね上げた。空になったマガジンを排出し、宙に踊る撃ち残しのマガジンを右手の銃で受け止める。スライド・ストップを押し下げ、弾丸を薬室にくわえ込ませた。
 別れの言葉の代わりに皮肉っぽい笑みを浮かべ、ザイルは弾倉に残っていた銃弾を撃ちつくした。一瞬にして吐き出された三発のフィフティ・アクションエキスプレスが、空中で身動きの取れない女目掛けて殺到する。
 勝った、と確信する。しかし次の瞬間、ザイルは驚愕に目を剥いた。
 ソラが、虚空、、を蹴り飛ばした。吹っ飛ぶような勢いで上方に跳び上がる。弾丸の嵐は彼女の下をすり抜け、止まっていたフォークリフトに命中して、その車体を傾かせるだけにとどまる。
 長い髪が空中で翻り、海風にあおられて吹流しのように棚引く。空中での跳躍という種も仕掛けもわからない、、、、、手品を見せた少女は、獣のように四肢を地面に突っ張って着地した。
 ゆらり、上がる顔、怪しく光る黒い瞳。雌豹が笑うかのような笑顔を浮かべ、ソラは言葉を紡いだ。
「いいテンポじゃない。もっと聞かせてよ」
 ザイルは、無言で空のマガジンを排出した。乾いた金属音が、嘲笑うように響く。
 長い戦いになりそうだった。


「シキ。クライアントの状態は」
『現在予定ルートを順調に逃走中。足止め用の別働隊が動いてるそうだよ。ポイントXで予定通り敵残存勢力を迎撃するつもりみたいだ。ポイントX到達まで残り二分』
「迎撃は成功しますか?」
『ザイルが悪女って呼んだんだろう? 多分抜けはないさ。そろそろ逃げてもよさそうだけど……』
「最後まで引き付けますよ。では二分後にいい知らせがきますように」
 口元を隠しながらの通信を終えると、リューグはゆっくりと男へ向き直った。
「意外と律儀ですね。もっと容赦なく斬りに来るかと思いましたが」
「久々に興が乗ってきたところだ。多少の無法は大目に見る……初撃をかわした者はいた。二撃目も然り。だが三度みたび振るって殺せなかったのは、貴様が初めてだ。名乗れ、覚えておいてやる」
 男の背から、見えるのではないかというほどの覇気が立ち上る。リューグは思わず目を細め、唇を舐めて湿らせた。そうしなければ、言葉がうまく出ない気がした。
「リューグ=ムーンフリーク。人斬りだけが取り得の、ケチな何でも屋です」
「ではリューグ、今しばらく楽しもう。――嶽蔵巌真タケクラ・ガンマ、推して参る」
 十メートル先で刀が振るわれる。それに合わせる様にリューグは刀を持ち上げ、ギリギリで弾いた。驚いてやるのは一回だけでいい。
 数度も喰らえばタネは見えずとも挙動は理解できる。相手が刀を振るう動作に合わせ、離れたところに斬撃が発生する。その間にタイムラグはなく、斬撃の角度は変わらない。リューグにとっての救いは、それが元の動作と同じ角度で発生する攻撃であることと、殺気が感じられることだった。
 服の下に流れた冷たい汗が、乾きつつある。
「面白い技ですね。不可視の刃とは」
「……面白い。面白いと抜かすか」
 初めの寡黙さとは打って変わり、男は言葉を紡いで笑った。刀を振りかぶり、一閃。その斬撃と同じタイミングで、リューグの首元を殺気が襲ってくる。またも紙一重でその遠隔攻撃を防ぐと、リューグは狙いを絞らせないように地面を蹴り、走り始めた。急激な方向転換を交えながら、狙いを絞らせずに徐々に相手との距離を詰めていく。
「そら。そこからではおれに刃など届かんぞ」
 男は泰然と言うと、距離を詰め始めるリューグに向け、男は胴を両断せんかという峻烈な横薙ぎの一閃を繰り出した。しかしリューグは身を屈め、地面に飛び込むように低く地を蹴り、潜り抜ける。返す刀でもう一撃と身構える相手へ、リューグは瞬間的に狙いを定めた。
「果たしてそうでしょうか?」
 敵が刀を振るうその瞬間、ちりりとした殺気が右前方に生まれる。斬撃が虚空に発生しようとした、その瞬間――リューグは鋭く右腕を打ち振った。腰のホルダーからナイフを抜いて一挙動で投げる。その数三本。
「……む!」
 ガンマは振るいかけた刀を引き、すばやく刀を立てて防御に入った。攻勢を崩しながらも、体捌きを交えて二本をかわし、一本を叩き落す。リューグを襲うはずだった虚空からの斬撃の気配が、消える。
 その事実を機械的に確認したリューグは身を立て直し、再び爆発的に踏み込んだ。相手が再び攻勢に出ることを許さず、自分の間合いまで距離を詰める。
「ッしィあァッ!!」
「オオッ!!」
 声だけで肉を裂けるのではないかという鋭い気合を発し、あるだけの力を込めて刀を振るった。敵もまた応じて刀を翳す。刃と刃がぶつかり合い、火花が視界を逃げるように横切る。尾を引く金属音が散り、一瞬の膠着。ガンマと名乗った男は、どこか嬉しそうに口元を歪めた。
「味な真似を」
「貴方ほどでは」
 二人の剣鬼が、互いの技を認めて笑った。どちらからともなく剣を押し、僅かに身を引く。
 その瞬間から再び、剣戟の楽章が始まった。互いに命を乗せた一刀を振るい、至近距離でせめぎ合う。一撃ごとに火花が散り、互いの身体が僅かに後ろに押し戻される。真っ向からの打ち合いである。
 ――振り切らせてはいけない。
 リューグは本能的に悟っていた。相手が刀を振り切るということは、どこかにその刀の軌跡が現出するということだ。しかし、刀を止めてしまえば話は別である。相手の一閃オリジナルを止めれば、遠隔攻撃コピーも止まる。
 上からの振り下ろしが来た瞬間、刃の根元あたりで弾く。ガンマが刃を翻し、胴を狙ってくる。刀を逆手に持ち替え、峰に左手を当てて刀の中ほどでまたも防ぐ。相手の変幻自在な攻撃を、刀身を満遍なく使って受ける。
「どうした。手が止まっているぞ」
 嘲笑うようなガンマの声に、リューグは崩れぬ微笑で応えた。
 剣戟はなおも加速する。リューグの集中力もまた、加速度的に上がっていく。顔面狙いの突きを跳ね除け、素早く次に備えた。すぐさま右方、左方、連続して襲い掛かる牙のような斬撃。辛うじて受け流したところに、今度は上段から右袈裟。弾いた瞬間には相手は刀を返し踏み込みの姿勢をとる。すかさず踏み込んでの逆胴が来た。足捌きで刃から逃げつつ、刀で防いで立ち回る。
 位置を目まぐるしく変えながらの至近距離での防戦。不規則なリズムで、しかも高速に繰り出される乱打に、リューグの不利は明らかのように思われた。

 しかし――しかし、である。
 殺人狂は意味もなく笑わない。

 怒涛の連撃を防いで三十余合、疲れを知らずに打ち込みを続けるガンマの刃に僅かな綻びが見えた。それは彼自身のミスによるものではない。彼の刀の中ほどに、僅かな刃毀れが生まれたのである。
「貴方の凶器は確かに人殺しにはうってつけです。しかし――」
 極限まで高めた集中力のなせる業か。リューグの目には、その欠けた砕片さえも映りこんでいた。ガンマがその損傷に気付いたように口元を引き結ぶ。
 刹那、リューグは動いた。相手が刀を引き戻したその瞬間、ミリ秒の間隙に割り込んで、刀のつばを九十度回す。刀身が振動し、輝きを帯びた。狂った悲鳴のような高音が立つ。
 ――ソニック・シフト!
 リューグは刃のように瞳を輝かせ、吼えた。
人でなし、、、、を斬るには……少しばかり不足のようだ!!」
 ガンマが焦ったように渾身の一撃を繰り出した。真っ向上段からの唐竹割り、受けどころが悪ければ刀ごと真っ二つだろう。しかし、リューグには確信があった。
 斬れる、、、
 振り下ろされた刀、その刃毀れ。直径にして二ミリも無いであろう僅かなキズに、リューグは渾身の一刀を叩き込んだ。金属を削る耳障りな響きが一瞬響き――後方で、澄んだ金属音。
 折れた――否、斬れた、、、刀の端部が地に落ちたのである。
「……超振動剣ヴァイブロブレード……か」
「慧眼です」
 笑みを深め、リューグは更に攻撃を繰り出す。十分に体重の乗った一閃が苦し紛れのガンマの防御を弾き、脇腹の装甲を紙のように引き裂いた。ソニック・シフト状態の刃が見せる異常な切れ味に、ガンマが表情を歪める。
「ぐ……!」
 重い苦悶の声を漏らしながら、彼は斬撃から逃れるように一足跳びに逃げ、距離をとった。一跳びで八メートル、確かに人間業ではない。しかしリューグもただの人間ではなかった。即座に地面を蹴り、追撃をかける――その刹那。耳元に聞こえてきた音に、凍ったように足を止めた。
 通信機から響き渡るのは聞き慣れない警報だった。アジトに据え付けたセキュリティシステムが侵入者を報知している。
『……ッそんな馬鹿な! 何でここまで気づかなかったんだ!?』
 シキの焦ったような声が聞こえ、それに続いて複数の銃声が聞こえた。鼓膜を引っかくノイズがじりじりと走り、通信が乱れる。
「シキ……?!」
 思わず通信機に意識を向け、リューグはシキの名を呼んだ。悪態をつくシキの声が聞こえる。
『くそッ、隔壁ロック! ……襲撃を受けてる! 管制が続けられな――』
「シキ、状況の説明を。聞こえますか、シキ……ッ?!」
 通信機に呼びかける最中、リューグは殺気を感じて仰け反った。前髪を数本持っていかれる。視線の先、いまだ闘志を失っていない修羅の姿があった。折れた刀を引っさげ、ガンマが幽鬼のごとく立っている。
 通信機からのノイズが一際大きくなった。銃声が混じり、声が途切れ途切れになる。
『敵……六、セ……ティに反応……った! 全……リティを隔壁を除……開放、……とも、早く撤退……!!』
 途切れ途切れの状況説明が再三の銃声に遮られた。それきり、通信機からは雑音しか漏れてこない。
 リューグは歯噛みし、一瞬、ザイルの方へ目を走らせる。ザイルもまた緊迫した表情を作り、こちらを伺い見ていた。彼も聞いていたのだろう。にわかには信じがたいが、アジトが襲撃を受けている。巧妙なカモフラージュと厳しいセキュリティを備え、さらには対外敵用のトラップまで仕掛けてある、難攻不落の住処が。
 リューグの思索をよそに、ガンマが苛烈な攻撃を繰り出してくる。半分の長さになった刀でも、斬撃を『届かせる』あの能力を使えば、十分な脅威足りえた。立て続けの三連撃を辛うじて受け流すと、リューグは飛びのいて叫んだ。
「ザイル! あれを!」
 目の前の仕事と仲間の安否、選ぶのがどちらかは決まっている。
「……こりゃ赤字だな、大赤字だ」
 軽い声が返ってくる。同時にリューグは身を翻し、走り出した。後ろを伺うと、もうもうと煙が立ち込めるのが見える。ザイルが煙幕手榴弾を放ったのだ。
「な――何よそれ!?」
 後ろから抗議するような少女の声が聞こえてくるが、関係ない。ザイルが皮肉っぽく、最後の一声を放つ。
「悪魔とダンスでもしてろ、化け物娘。付き合いきれねえよ」
「こ……んの、人を乗り気にさせといて、あーもう、バカーー!!」
 言葉尻に罵声が被さった。逃走に専念しながら、リューグは刀の鍔を元通りに戻し、ソニック・シフトを切った。すぐに、横にザイルが並ぶ。
「……ろくでもないことに巻き込まれたらしいな。心当たりは?」
「前にも言ったと思いますが、多すぎて困ります」
 呟きながらリューグは鋭く後方に視線を這わせた。今のところ、あの二人が追ってくる気配はない。通信機を外し、彼は懐にしまった。こちらの会話が漏れるリスクを考えてのことだ。
 ザイルもまたそれに習い、仏頂面のままぽつりと呟いた。
「向こうが鉄火場になったとして、シキは戦えるのか?」
「戦闘能力は一般人の域を出ませんが……彼は誰よりも、生き残るのが上手い。今はそれに期待するしかありません。……急ぎますよ、ザイル。シキに何かがあれば、アリカが動き出す。彼女に無理をさせてはいけない」
「判ってる。……畜生、ひでえ日だな」
「全面的に同意します。……これ以上悪くならないよう努めましょう」
 二人の少年が夜を駆ける。波音だけが変わらず、ただ静かに響いていた。
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