Nights.

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  PASSING/X  

 志縞が一歩進み出る。オールバックが多少乱れたままなのは、髪を整える間もなく飛び出してきたということなのだろう。康哉もまた、似たり寄ったりだった。彼らは鍛錬のための空間に入って疲れ果てているはずなのに、ここへ来てくれた。恐らくは黒に供されたコーヒーや茶を満足に飲むことも出来ないままで。
 シーナが一歩退がり、ふらつく鎌の穂先を掲げる。
「……はっ……よくよく、わたしたちの邪魔をするのが好きな猟犬たちですこと」
「オレたちはそのためにいる」
 志縞はファイティングポーズをとる。その後ろで、康哉がジークを横たえた。あれだけ穴だらけにされたのに、ジークの出血は徐々に止まりつつある。彼の生にしがみ付く意思が、そうさせているのだろう。胸が力なく上下に動いている。
「リリーナ、ジークを頼むよ。……きっとあんたが傍にいたほうが安心だ。大丈夫、後はおれ達がやるから」
 歯を見せて笑いかける康哉が、ただ眩しい。
 リリーナは、尻餅をついたまま康哉の顔とジークを数度見比べた。その視線の幅は徐々に狭まり、やがてはジークに固定される。蒼い顔をして、放っておけば死んでしまいそうな兄が、そこにいる。いつも減らず口を叩いて周りを困らせて、家では何一つ兄貴らしい顔なんてしないくせに、ここ一番では誰よりも頼りになるはずの兄が――今はただ、死んでしまいそうなほどにか細い息をしている。
 いつも器用に唇を動かして紡ぐ減らず口が、自分の前ではぴたりと止むのが好きだった。時たま口にする自分の我儘を、最後には必ずかなえてくれる甘さが好きだった。――自分が泣いたとき、父と同じ煙草の匂いを孕ませて、抱きしめてくれたことを――あの温もりを、今でも昨日の事のように思い出せる。
 リリーナは立ち上がった。心の内側が、ひりつくように痛んだ。胸を焦がすようなこの思いは、しかしジークを通り抜け、その先にいる真怨に注がれていた。
 志縞が振り返る。康哉が動きを止める。
 リリーナは、二人の視線を浴びながら、覚束ない足取りでジークのほうへ歩いた。しかしそれは、彼を抱きしめるためではない。ジークの元へ至る前に屈み込んで、左手を伸ばした。彼女が掴んだのは最愛の兄の手ではなく、黒光りする全長六十センチメートルの凶器だった。
 それは彼女の怒りの代弁者にして、真怨を殺すための、武器の形をした慟哭。
 ブレード・バレルである。
「……リリーナ?」
「おい、リリーナ、まさか」
 怪訝そうな顔を見せる二人の猟人に、リリーナは暗い表情を向けた。いつもの快活さとは打って変わって、死に沈むような顔をして、言い放つ。
「そいつ、私が殺すわ。手、出さないで」
「何をバカな……その負傷で真怨を相手取るだと? 冷静になれ」
 静止する志縞を、リリーナは強く睨んだ。志縞の言葉が止まる。気圧されたように息を呑む仲間へ、リリーナは若干トーンを上げて声をかけた。
「助けに来てくれて、嬉しいけどね。つけなきゃいけないけじめってあるから。二人とも、早くジークをつれていってあげて。……きっと、寒がってる。抱きしめてあげたいけど、それは、今のアタシには出来ないことだから」
「けどよ……ッ!!」
 康哉が食って掛かるのを、リリーナは首を横に振って押し留めた。
「お願い」
 暗い光を目に宿したまま、厳かに言うリリーナ。歩きだす彼女を止めようとした康哉の腕は、しかし彼女の肩に掛かる前に止まる。志縞と康哉の視線が絡む。
「……行くぞ、厚木」
「でも、お前、放って置けないだろ、こんなの!」
「リリーナがそれを望んでいる」
 錆びた鉄のような重い声で、志縞が呟いた。そしてそれは、よく彼女の心情を捉えた言葉だった。
「リリーナ。無駄かもしれないが言っておく。無理はするな。お前が帰ってこなかったら――」
「わかってる」
 リリーナはブレード・バレルを、開いたコートの中に押し込みながら頷いた。続きは聞かなくても判る。兄はあれでも結構、自分の事を気にかけている。……自惚れじゃないと、今はただそう信じていたい。
「三分以内にケリをつけるわ。ジークのこと、よろしくね」
「任せておけ」
 そのまま、志縞の横をすり抜けて、真怨と相対する。背後を一度だけ振り向いた。釈然としない顔の康哉と、むっつりとした志縞の仏頂面がある。リリーナは表情をほんの少しだけいつもの笑みに染めて、「ごめんね」と呟いた。
 視線を前に戻す。背後で跳躍の音が響き、瞬く間に、壊れた空から二つの影が飛び出していく。しばしの沈黙。割れた空が歪んで繋がりあい、本来の色味を取り戻す頃に、シーナが口を開いた。その顔は表しがたい混乱に染まっている。
「……理解できないわ、貴女……今、自分が何をしたか判っているの?」
「目の前に垂れてきた助け綱を切ったようにでも見える?」
 リリーナは問いかけながら、コートの前のボタン、中央二つを左手で閉めた。ブレード・バレルだけがコートの中にある状態で、しかし彼女は冷たい笑みを浮かべる。
「それ以外に見えないわ。……貴女、まさかその状態からわたしに勝つつもりでいるの? さっきまで無様に泣いていた貴女が? お兄様を失いそうになってわたしに止めてと哀願した貴女が?」
 シーナは、危機が去った事に対する安堵からか、奇妙に歪んだ笑みを浮かべて言った。平素ならば激昂していたはずの言葉の群れを、しかしリリーナは表情を変えずに受け流す。
「逆に聞くわ」
 ――定義ディファイン武装アームズ収斂コンバージョン
 詠唱と同時に、ブレード・バレルがコートの中で組み変わる。足元から一本、クレイモアを拾い上げ、リリーナは凄絶に笑った。
アンタが、、、、アタシに、、、、勝てるつもりでいるの、、、、、、、、、、、?」
 リリーナが、コートの内側にクレイモアを押し込む。柄から手を離すと、クレイモアはまるでコートの内側に喰われるようにずぶずぶと沈んでいった。金属が軋み、組み合わさる快音が響く。
「ッ!」
 シーナが、鎌を持ったまま踊るように回転した。二回転半、三度振るった鎌の先から赤い衝撃波が迸り、リリーナを切り裂くために飛ぶ。リリーナは衝撃波とほぼ等速で背後に跳躍し、空中で詠唱を終えた。
「――唯一武装ワンオフ・アーム=v
 肌蹴たコートから、異形の兵器が生まれる。リリーナは左手で、銃身の上についたグリップを握った。各所に面影はあるが、その鉄塊はブレード・バレルよりも巨大で、禍々しい。  リリーナは空中で身を翻し、その鉄の塊を中心に自分の身体を振り回して、、、、、、、、、、、、運動エネルギーを増幅する。衝撃波が追いついてきた瞬間、彼女はシーナに見せ付けるように、自分の身体を使って溜め込んだ遠心力の軸をずらし、鉄の塊を衝撃波に叩きつけた。
 筆舌に尽くしがたい音が響く。鉄塊に纏いつく弾帯メタル・リンクがひっきりなしにバタつき、不満げに騒いだ。――歪んで消えたのは衝撃波のほうだった。三つ放たれた赤き衝撃波は、無骨な武器に叩き潰されて散華する。
 リリーナがしなやかに着地する。動かない右腕が死霊のように揺らめいた。無骨な武器を持ち上げ、たった一言だけ呟く。
形成完了ドッキングアウト唯一武装二式ワンオフ・アーム・セカンド――突き殺せ、カノン=v
 それこそが、かの兵器の名であった。
 銃身の上に突き出たグリップとバイクのブレーキに似たトリガー。グリップは逆手に握るための形をしており、補助ベルトで固定するようになっている。銃身横から飛び出した弾帯。基本的な形状はブレード・バレルに似ていたが、問題はその大きさだ。
 全長は実に一五〇〇ミリメートル、六〇〇ミリメートルのブレード・バレルとは一線を隠す巨大さだ。安定用のストックと延長銃身が増設されている。フラットだったはずの銃口付近には、敵を捕えて放さない銃口棘マズル・スパイクが光っていた。ブレード・バレルと同じ形をした砲口の下に、もう一つ空ろな口が開いている。二連銃身にも見えた。――その重量、優に十五キログラムを超える。
 シーナが息を呑み、異形の兵器を見つめている。
 唯一武装ワンオフ・アーム――コートの中で武器を結合し、リリーナのイメージのままにその機能を限定≠オて特化する、彼女の二つ目の能力である。
「出来ると思うならやってみるのね、真怨。アタシを殺せば、もしかしたら逃げ切れるかもよ?」
「――舐めるなッ!!」
 シーナが叫び、鎌を携えて突っ込んでくる。リリーナはカノンのベルトを腕に絡め、歯で端を噛んで締め付けた。正面に向け、トリガーを握りこむ。ガラスを引っかくような高音と共に、電磁加速でナイフが弾き出される。シーナは乱射されるナイフの合間を縫って挑みかかってきた。間近に寄り、首を刈るように鎌を振るってくる。
 赤い風を纏う敵の鎌を屈んでかわし、低い姿勢のままリリーナは蜘蛛のように後退った。腰だめにしたカノンから、尚も三発のナイフを吐き出した。
「ぎっ……!」
 優雅さのかけらもない声が、シーナの喉から迸る。肩口に突き刺さったナイフが、肉と骨をこそげ取っていった。しかしその程度では止まらない。尚も鎌が振り下ろされる。
 咄嗟に振り上げたカノンの横っ腹で鎌の刃先を受け止めた。一瞬の拮抗状態が生まれ、互いに渾身の力で押し合う。
「こうなったら……貴女だけでも喰って持ち帰ってあげるわ。そうすれば、ジーク=スクラッドなんて恐れるに足らないって、判ったものね。貴女は彼のアキレス腱、最も弱い部分。それも今は満身創痍――強がりで命を落とすのよ、貴女。遺言を考えなさいな!」
「……」
 シーナが噛み付くような口調で言うのにも、リリーナは答えない。
 拮抗は互いが相手を押しのける動きによって解けた。弾けるように両者飛び退き、五メートルの距離が開く。
 リリーナの身体の末端から、寒気が這い登ってきている。彼女自身、震えることさえ出来ないような倦怠感と喪失感を覚えていた。腕からの出血が止まらない。動き続ければ出血は増える一方だとわかっていた。しかし、動かなければ敵を殺すことは出来ない。どうしようもないジレンマ。
 追い詰められていく。
「謳え刃床! 生き血を啜り歓喜に咽び、咲く彼岸花の糧とせよ!!」
 シーナが鎌を地面に突き立てる。リリーナは今の自分に出来る最速の動きで右へ跳んだ。その後を追うように地面から、巨大な鎌状の刃が突き上がる。首すら音無く断てそうなその鋭い輝きに、リリーナは押し殺すような息を吐いた。
 自分の後ろに、刃の森が出来ていく。それを目の端に留めながら駆けるリリーナは、刹那、背筋に走るちりちりとした感覚を覚えた。考える前に鋭角的に左へステップする。自分の感覚にだけは、未だ裏切られたことがない。
 果たして、彼女が進むはずだったコースに鋭い刃が飛び出した。反応が遅れれば身体を深く裂かれていたはずだ。あの刃は後ろから追ってくるだけではない。周囲一帯が、既にあの刃の――シーナのテリトリーなのだ。
 自分を切り裂くために迫り上がる刃を、感覚とスピードだけを頼りに回避する。隙を見てカノンから射出するナイフも、相手には届かない。地面から飛び出た刃に迎撃され、空中で火花と共に消える。
 ベルトリンクが短くなっていた。カノンに残された残弾は七発、それだけで止めを刺すには心許なすぎる。ブラックアウトしかける視界をどうにか繋ぎ、リリーナは走り続けた。
「さあ――抱いてあげるわ、刃の森で。死に絶えなさい、スクラッドの片割れよ!!」
 狭まる刃の包囲網がリリーナを追い詰める。右も、左も、後ろも、前も、赤い刃が林立して、彼女の生きる道を閉ざしていくようだった。
 右腕の痛みが這い登ってくる。乾いた涙のあとがつっぱるようにヒリついた。体の温度は抜け落ちていき、肺が悲鳴を上げる。空気を取り入れた傍から、酸素を使い果たして排気する。
 死んでしまいそうだった。そう思うほどに苦しかった。
 シーナが楽しげに、愉悦に満ちた声で笑っている。地面に突き立てた鎌の柄を弄ぶように摩り、刃の森の中心で、囀るようにリリーナを嘲っている。
「鬼ごっこはお仕舞い。――楽しいショーだったわ、さようなら、武器庫アーセナル
 リリーナの四方八方を、それまでにない密度の刃が取り囲む。半径四メートルの八方から、まるで花弁が捲れ上がるように刃が迫り上がった。美しいまでの放射状は、上から見ずとも大輪の花を想起させる。覆いかぶさるように、刃が押し寄せてきた。
 すぐそこにある死を見つめて、リリーナはカノンを抱くように引き寄せた。辛くて痛くて泣きたくて、気を抜けば今すぐ死んでしまえそうな状態で、崩れそうな膝を支えている。

 ――けれど。
 これよりもジークは、ずっと痛くて寒かったんだ。

 リリーナは呼吸を止め、痙攣するような拍動をねじ伏せた。襲い掛かる刃の波を、飛び上がることで回避する。下にシーナの姿が見える。リリーナは地上七メートルの俯瞰風景をカメラのように記憶した。落下軌道まであと二秒。
「な――……悪足掻きをッ!」
 即座に下から、刃が伸び上がるように追ってくる。串刺しにせんばかりに迫るその先端にカノンの銃身下部を合わせ、そこを支点に鎌状の刃の湾曲面を滑り降りる。リリーナは空を滑走した。続けざまに別の一撃が来れば、今滑っている刃の腹を蹴飛ばし、次の刃に乗り移る。ひっきりなしにレールが変わる、死と隣り合わせのジェットコースターを、しかしリリーナは乗りこなす。迷いなく、無鉄砲なまでに鋭く。
 一拍でもタイミングがずれれば、そして一瞬でも体重移動を誤れば、即座に串刺しのその状況下で、満身創痍のリリーナはただ地面を――シーナを目指して落ちていく。刃とカノンの間で火花が散り、リリーナの顔を照らす。
「――!!」 
 シーナの顔が、色を失った。
 最後の一刃を滑り降り、地面にリリーナの脚がつく。着地と膝を撓める予備動作を同時に行い、リリーナは雌豹のように跳ねる。
 シーナが戦慄に身を凍らせたその一瞬、リリーナは決して迷わなかった。
 一瞬の隙に飛びつく。教育してやらなければならない。油断と恐怖は死神の餌だと。見せたら最後、光より速く死を運んでくるのだと。
 刃の森を駆け抜ける。発現したままの鋭い刃の横っ腹を蹴り、まるでピンボールみたいな鋭角軌道で駆ける。――否、それは走行というより飛行に近い。彼女の足は地面を捕らえず、歪な赤い刃を踏みしめるのみ。
 ならばそれは、翔ける、、、と言うべきだ。右腕から血の雫を散らして低空を飛ぶその姿は、さながら片羽を折られて、それでも獲物へと落ちていく鳥のよう。異なるのは、彼女の目には死への絶望がないという一点のみ。
 シーナの表情が、歪んだ。リリーナは暗く笑った。言葉さえ紡げない高速の中で、彼女は敵の心情を悟る。
 ――忘れないようにもう一度教えてやるわ。
 リリーナは圧倒的な、ともすれば兄に迫るほどの高速を搾り出し、シーナの死角から襲い掛かった。刃の森は今や彼女を守る城ではなく、リリーナが身を隠す遮蔽物と成り果てていた。
 残像を残し、リリーナは赤く鋭利な森を跋扈する。目にも留まらぬ手捌きトリガー・ワークで、カノンからナイフを射出した。赤の刃の隙間を銀色の閃光で縫うかのよう。
 鎌を地面に突き刺したまま、反応しあぐねたシーナの身体に、ナイフが次々と突き立った。七発中五発が命中、少女の上体が傾く。その唇が何かを呟こうと戦慄いた。聞く気はない。聞いてやる義理もない。リリーナはただ、死神として、音速で肉薄した。
 カノンを振り上げる。親指でグリップ上についたカバーを跳ね上げ、ボタンを押し込む。ナイフが飛び出す砲口の下から、装填音が響いた。とぐろを巻く殺意の音だ。
 ――刻み込め。それが、恐怖ってヤツよ。
 武器の形をした怒りの咆哮が、叫びを上げるように突き出された。
 リリーナは最高速のまま左腕のカノンを、最初の言の通り、突き殺す勢いでシーナに突き立てる。マズル・スパイクが突き刺さる手応えがあった。運動エネルギーでシーナの身体がひしゃげる。骨の折れる音が聞こえた。しかし、止まらない。地面を踏みしめ、尚も加速。敵の体をきしませながら、刃の森を突き抜ける。
 そのまま、シーナの体を刃の横腹に叩き付け、折り、あるいは砕きながら、それで尚スピードを落とさない。赤い刃が砕ける音は、まるで工事現場を圧縮したような大音である。シーナの目が見開かれ、口は絶叫の形で固定されたまま固まっていた。
 速度に歯を食いしばる。尚も三枚の刃を突き破り、目の前が開けた瞬間、リリーナは跳躍した。前方に飛び込むような姿勢から、左手にあらん限りの力を集中させ、砲口をシーナに押し付けたまま――
く、だ、け、散れぇ――ッ!!!」
 バイクのブレーキによく似たカノンのトリガーを、力一杯握り締めた。
 直後、雷鳴。
 シーナの身体を銀色が突き抜けた。あまりの出力で叩き込まれた何か≠ェ、シーナの胸の中央をぶち抜き、その有り余る威力で持ってその周囲の肉を弾き散らした。骨片と肉片が飛び散り、その体に刺さっていたナイフたちが拠り所をなくして地面に落ちていく。体は残っていなかった。血を固めただけの腕は散華し、脚と頭だけが残る。それも、地面につく前に、存在の仕方を忘れたように空気に溶けた。
 リリーナは激烈な反動を受け、身に纏っていた速度を根こそぎ殺されて地面に落ちた。身をひねって着地しようとしたが、無様に背中から落ちる。地面に叩きつけられ、息が止まりかけた。何度も咳き込む。次いで、酸素を渇望するように荒い呼吸。
 ――その左手にあるカノンの先に、一本の無骨な刀身がその身を現している。それこそが、シーナを粉砕した一撃の答えであった。
 内蔵したクレイモアの刀身に火薬の爆圧と電磁力を利用した二段階加速を施すことで、あらゆる装甲を侵徹し、破壊するための射突刀剣ブレード・バンカーとする。それこそが、ワンオフ・アーム・セカンド、カノン≠フ真価である。
 腕に巻きつけたカノンの補助ベルトを解くこともままならないまま、リリーナは虚ろな瞳で空を見上げた。
 心の中が、ミキサーで掻き回されたみたいに乱れていた。敵は倒した。けれど、この気持ちが晴れることはない。ジークにどんな顔を向ければいいか、まだ判らない。
 傷が痛くて、とても寒かった。真怨が作った領域が砕けていく。焼け焦げた彼岸花の庭園が、ビルの狭間の路地に取って代わられるまで、ものの数秒も掛からなかった。
 ――寒いよ……。
 言葉は唇を戦慄かせただけで、荒い呼吸の狭間に埋もれる。
 答えたのは北風だけだった。
 彼女の兄は、どうしたって、この場所にはいなかったのだから。
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