Nights.

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  Genocide Purple  

 芝崎光莉が戦う理由は、ごく単純なもの。
 彼女は、かつて命を救われた。
 厚木康哉を、彼女自身がそうしたのと同じように。
 光莉は、助けてくれた男に恋をした。
 光の塊のような銃をいとも簡単に振り回す、優しくて寂しい眼をした男に。一方通行の思いは、いつしか彼女の中で膨れ上がり、押さえ切れないものになって――それなのに、行き先を失ってはらりと散った。
 彼女が恋した男は、彼女を守るために、あっけないほど簡単にその命を投げ出した。それが、どんな感情から行なわれた行為であったかは推測するしかない。最後まで男と、光莉の思いが通じ合うことはなかった。今となっては、それだけが確か。
 今も灰に埋もれた火のように、思いは光莉の中で燻り続けている。男は芝崎十夜という名前だった。すらりと高い身長、表情を隠すように伸ばした前髪、特別製の拳銃と、どこか冴えない風貌をした、けれど様々な意味でまっすぐな青年。
 彼が死んだときから、盾脇タテワキ光莉は芝崎光莉と名を変えた。もはや誰の記憶の中からも薄れるばかりであろう彼の名前を、せめて自分だけは忘れないようにすると宣誓するように。
 使い慣れた魔具を手放してまで、彼女は彼の存在にこだわった。慟哭の原石クライアイと名付けられた魔具と、彼の遺品である拳銃を抱きしめ、誰にも渡そうとしなかった。
 ――人は彼女を愚かと笑うだろうか。
 笑われたとしても、彼女は泣き笑いを浮かべて、不器用ですから、と自嘲するのだろう。
 いくら思っても報われないのに。
 いくら願っても帰ってこないのに。

「Shift/mode【GOD-BLADE】...... Get ready.」
 擦り傷と打撲はもう数え切れない。所々が破れてくすんだオフホワイトのコートの裾を翻し、光莉は名乗りを上げた真怨と相対する。
 距離十メートル。噴水の縁に身を預けていたカミラが表情を変える。意外そうな表情は、光に輝く光莉の体とその銃を見ての事か。
「ナイツの連中はいつも諦めが悪いわね、まったく。そろそろ大人しくあきらめて、その身体、あたしに寄越したらどうかしら? 二百年は寿命が延びるわよ」
「お断りします。私の自我が伴わない二百年間になんて、チリ一掴み分の価値もない」
 光莉の腕の先、銃に力が集中する。輝きを増した銃口から、引きずり出されるように白色が伸びた。全ての不浄を許さぬがごとき純白は、まるで光の剣のように銃口から伸びる。銃口から終端まで、一メートルの位置で停止。銃と一体となった光莉の右腕は、今や光の柱のような体を成していた。
 モード・ゴッドブレード。かつて芝崎十夜が使った、『極光剣イファルジェントソード』の模倣コピー。存在するだけで光莉のエネルギーを食い続ける、高出力のエネルギー剣である。圧倒的な存在密度によって、触れたもの全てを塗り潰して消滅させる、システム・グランドフォールの一つの到達形。
 カミラが腰を浮かせ、両足の幅を軽く取って立つ。ゴッドブレードを警戒するように砂利を踏みにじり、地面を確かめる音。
「大層な剣ね。銃使いがそんなもの振り回して、当たるのかしら?」
 挑発するようなカミラの台詞。光莉は深く息を吸い、呼吸を整える。急激に失われていく力に歯噛みしながら前を見据え、無造作に右手を振り被った。タイムラグをおかず十メートル先のカミラの胴を上下に両断するコースで振るう。カミラが目を見開くのが一瞬だけ見える。
 ――青白色と共に、世界が裂けた。
 噴水の中央、水を撒き散らす部分がずれる。周囲の景色に亀裂。獲物を逃がさぬ檻のように居並んでいた建造物が、鋭利な白刃を通されたように上七分下三分の位置で分割され、次々と倒壊する。
 ゴッドブレードの真価はその刀身の超威力ではなく、投射される増幅損傷アンプリファイ・ダメージにある。ゴッドブレードによって放たれた斬撃は、斬撃範囲を延長した扇状の領域に、高すぎる存在密度の副産物である衝撃波――増幅損傷を投射し、結果として射程外であるはずの場所を青白い輝きによって切断する。込める力によって射程は異なるが、その最大射程は一二〇メートルに及ぶという。
 ただでさえ廃墟じみていた陰惨な空間は、倒壊していく建物と壊れた噴水によって、より退廃的な空気を醸し出す。しかし切り裂かれた空間の中に、カミラの姿はない。陰鬱に笑う三日月の光に、影が混じる。
「……厄介な玩具ね! 小娘が持つにしては随分と物騒なんじゃないかしら!?」
 上からの声に振り仰ぐ。カミラの手から離れた青い球体――塵殺葬列ランセズロードが二つ、彼女を中心に衛星軌道を描いている。軌跡を描いていた青い球体が停止した瞬間、光莉は考えるより前に左に向けて跳ぶように駆けた。一瞬前までいた位置に、石畳をものともせずに刃が突き刺さる音。機関銃を掃射するように、光莉目掛けて連続で射出される群青の槍。弾数制限も射程制限もない魔具による格闘攻撃である。カミラはまだ、その実力の全容を見せてはいない。
「くっ……!」
 踏みとどまり、光莉は空中に向けてゴッドブレードを振り回す。増幅損傷が青白い軌跡を空中に残すが、カミラはは筋を読んだように身をひねり、紙一重で斬撃を回避する。振るわれるも虚しく空振りに終わった余波が、少し遠くに見えた尖塔に及び、突端がまるでミニチュアのように切り落とされ、轟音と共に崩落する。空を泳ぐ魚のように華麗な姿勢制御を行い、カミラは余裕すら漂わせて着地した。着地際を狙った横薙ぎの一閃を、背面跳びの要領で美しく回避しながら、蒼い髪の真怨は嗤う。
「少し焦ったけど、手に余るシロモノみたいね。維持するので精一杯って顔してるわよ」
「うる……さいッ!!」
 銃が容赦なく自分から力を吸い上げていく。光莉は急激な虚脱感に襲われながらも、なおもゴッドブレードを袈裟懸けに振るった。いかなる刀剣でも許されないはずの射程範囲が、またも光の剣によって薙ぎ払われる。建物がまるで粘土細工のように破断され、崩れ落ちるというのに、しかしカミラ=ネイビーコフィンの姿はそこにはない。一閃を潜り抜け、蛇のように真怨は迫る。
「前の持ち主がどの程度だったか、アタシは知らないけど……あんたはいまいちそれの扱いが下手糞ね。まるで、お仕着せの着物、、、、、、、で踊ってるみたい」
「うるさいって……言っているでしょう!!」
 光莉には、もう長い言葉を紡ぐ余裕さえない。ありったけの拒絶を込めて叫び、ゴッドブレードを大上段からカミラへ向けて振り下ろす。斬撃は石畳を砕き、怒りによって荒れた刃筋が、噴水を荒っぽく、完全に粉砕した。斬撃の余波が十数メートルに渡って地割れを生むが、しかしてその断層にカミラを巻き込むには至らない。
「そんなので真怨あたしの相手をしようなんて、おこがましいって思わない?」
 声は背後から聞こえる。光莉が反射的に振り向こうとした瞬間、右腕に激痛が走った。純白の光に、赤い血がけぶる。まるで虫ピンで指された標本のように右腕が動かなくなる。それとほとんど同時に両足に傷が及んだ。塵殺葬列による『槍』が突き刺さったのだとわかる。
「突き刺さった槍が、身体の中で増えていく感覚を知ってる?」
 囁きかけるような声、光莉の頬に掛かるのは冷たい指。視線を固定し、振り返る事を、体を顧みる事すら許さない、真怨の美しく冷徹な指先。背筋に氷柱をねじ込まれたような間隔を覚えた次の瞬間、光莉は競りあがる悲鳴を噛み殺した。
 両の太股に突き刺さった『槍』が、じわじわと枝分かれするように分化していく。まるで木が成長するようにゆっくりと。それ故に、光莉には自分の中を侵していく刃の感触が、ねじ込まれる苦痛と共に克明に伝わる。
「……ァ、……!!」
「痛い? 痛いでしょ? もっと悲鳴上げてもいいのよ、シバサキ……とか言ったかしら、あんた。知ってる? 猟人……ううん、人間の器ってね、簡単に壊れるようで、意外と頑丈なのよ。ただ、そう……中身が少し脆弱なのね、自分の体が変容したショックで死んでしまう事もあるし、与えられた痛みのせいで、それが死に至る傷でなくても死ぬ事もあるわ」
 筋繊維を千切りながら、槍が太股の内側で増えていく。一本の先端が割れて二本に、二本の途中からまた新たな枝が、それが無数に繰り返される。その度に光莉は背を逸らせ、あまりの苦痛に全身を強張らせた。こわばりきった筋繊維を裂き、その間を縫い、下肢の中で槍が踊り続けている。
「あんたは、どのくらいまで耐えられるのかしらね?」
 冷たいカミラの声に、悲鳴を上げる喉さえ凍りつく。銃を持つ右手は槍によって縫いとめられたまま。ゴッドブレードは輝きを失い、削れるように縮み始め、やがては輝きを失って崩れ去った。後には、ただの拳銃と元に戻った腕だけが残る。
 敵わない――
 暗雲のように光莉の心に落ちた絶望は、墨を流すように心に沈殿し、やがて闇で全てを閉ざし尽くす。
 飽和する苦痛の前に意識さえ手放しそうになる。それだけはいけないと、心のどこかでまだ抵抗する自分がいる。誰が助けに来てくれると言うのだろう。この閉じた世界の中に、誰が。
 判りきったことだった。厚木康哉も笹原志縞もジーク=スクラッドも、すぐに駆けつけてこないと言うことは彼らもまた同じような状況に巻き込まれているということ。六牟黒と連絡がつかないということは、十三番分室の機能そのものに何かしらの異常が発生したということ。
 助けは来ない。
 光莉は、流れ落ちそうになる涙を、懸命に目の端に留め置こうとした。その雫が一つでも地に落ちれば、それきり止まらない気がしたから。
「しぶといのねー、最初にも言ったけど、あんた、頑丈だわ。槍が刺さらなかったかと思えば、いざ刺してみても結構耐える。でもその顔、もう諦めちゃった顔よね。そろそろ頂くわ」
 冷たい指が光莉の首筋に撒きつく。動けない光莉を蹂躙するようにその指に力を込めながら、カミラは囁いた。
「あたしの二つ名は『咀嚼空棺バディイーター』……発作的に新しい身体が欲しくなるのよね。器を決めたらずっとそれに取り付いたままって連中も多いけど、あたしは違うわ。だって着飾りたいし……あたしの使い方が荒っぽいのかしらね、すぐに身体がボロボロになるのよ。回りの連中がどうやって劣化を止めてるのか、知りたいくらい」
 くすくすと笑いながら、強張った光莉の喉に爪が食い込んでいく。血の玉が滲むのを感じながら、光莉は薄れて行く意識を必死に繋ぎとめた。
 嫌だ。この命は、この体は、真怨に渡すためにここまで永らえてきたわけじゃない。

 ……それじゃあ、何のために?

 私は何のために生きているんだろう?
 あの人に救われたから?
 救われた命を無碍にする事が出来ないでいるだけ?
 思考が白濁していく。何も考えられなくなっていく。
「さよならね、シバサキ。そしてこんにちは、あたしの新しいカラダ……」
 耳朶に落ちる甘ったるい声。光莉は、自分の指が銃を取り落とすのを感じた。手からこぼれて落ちて行く、芝崎十夜の忘れ形見。拾い上げようと手を伸ばすのに、腕は泥の中を泳ぐみたいに遅くしか動かない。銃が落ちていく。落ちていく、落ちていく、
 しかし、
 地に銃が落ちる金属音を、光莉が聞くことはなかった。
 響いたのは、耳を塞ぎたくなるような大気の唸り。刹那、後ろからカミラの気配が消える。足から槍の感触が失せ、光莉は体重を支えられずにそのまま前に倒れ込む。――その膝が地に着くか、否かの刹那。光莉の後ろに光が落ちた。紫電の輝き。美しく、夜空を裂く、あの稲光と同質の色。その光が眩さを失うとき、光の落ちた場所で、誰かが呟いた。
「ええ勘しとるわ、あとちっとで首飛ばせたとこやったんに」
 声はダーツの的を外したときのような気軽さ。光の残滓が失せ、声の主が姿を現す。光莉は手を地面に付き、這いずるように声のほうに向き直った。立ち上がる事も出来ないまま見上げた先には、別れた時と変わらない後姿がある。
「……神、海……?」
 呆然としながら、光莉は旧友の名を呼んだ。髪を揺らし、光の主――女は、ゆっくりと振り向いた。
「そや、神海ちゃんやで。久しぶりやな、みつりん。えげつない目にあっとるなー。休んどってええで」
 ジーンズにタンクトップ、そして紫のジャケットというラフな出で立ちで、一人の女がそこに立っていた。宵の虚空のような群青の髪の毛をポニーテールにまとめている。手には二尺八寸の太刀。眼を擦っても彼女は消えない。光莉は、溢れそうになる涙を必死で抑えた。
「……大丈夫、私なら、大丈夫だから……、来てくれたんだ、神海……」
「当たり前やろ。友達のピンチ助けられんようなヘタレにゃ、なりたない」
 彼女の名は長谷部神海ハセベ・コウミ。少し年下の、けれど何にも代えがたい、光莉の親友であった。無造作にぶら下げたその刃の先を地面にゴリゴリと引きずりながら、神海はおもむろに前を見る。
 その先には、初撃を寸での所でかわしたカミラが立っている。距離五メートルとわずか。一瞬でその距離を移動した敏捷性は、驚嘆の一言に尽きる。しかしそんなことは意識もしていないかのように、神海は可愛らしく首を傾げた。
「お初。自分、ウチのみつりんに何してくれとんのん?」
 つられてポニーテールもぴょこりと揺れる。場にそぐわない明るい気配。取ってつけたような関西弁に、青い髪の真怨、カミラ=ネイビーコフィンは表情を露骨に軋ませた。
「……あんた……?」
「しがない殺し屋。今日のエモノは、ウチの宝物キズモノにしてくれた、アンタや。ああ、名前は言わんでええで。どうせここでお別れやもん」
 けらけらと笑う声は屈託がない。カミラが浮かべた憎憎しげな表情とは正反対の軽い笑顔を浮かべ、神海――長谷部神海は、太刀を正眼に構えた。
「一対一であたしに勝つつもりでいるの? お笑いよ、あんた。すぐにそこの子と同じ目に遭わせてあげるわ」
「出来るよ。だってアンタ、そんな強ないやん。相性の優位でウチの相棒追い詰めて、屈服させてそれで全部の猟人に勝った気になっとるんやろ? おめでたいで、ホンマ。その思考回路欲しいわ、きっと随分幸せなんやろなあ」
 あっけらかんとした口調で神海は言った。カミラの表情が眼に見えて歪む。わなわなと震わせた唇から言葉を生み出そうとしたカミラを遮り、神海はあくび混じりに呟き、一歩前に踏み出した。
「言いたい事あるンは判るけどな、ウチも暇やないねん。相棒、ちゃっちゃと治療したらなあかんしな。グダグダんなる前に始めよ? ウチの親友に手ェ出したのは失敗だったって思い知らせたるわ。――それと」
 その時になって、光莉は背を粟立たせた。陽から陰への感情のシフト。神海の声が、陽だまりのような温かさを帯びたものから、一瞬で絶対零度へと反転する。
「忘れへんで、あの時の事。おのれら一匹残さず狩り倒すまで。師匠は帰って来ィへんけど」
 声が酷く静かで冷たいものに変わるのとは裏腹、刀が尋常ではないきらめきを帯び、スタンガンのようなスパークを帯び始める。
「……何を言ってるのよ、あんた」
 理解できないとばかり呟くカミラを前にして、神海は言葉を止めない。仕草からして、カミラは本当に知らないのだろう。……けれどそんなことは関係ない。光莉は、神海の心中を理解出来る。あのこと、、、、――それはきっと、光莉が思い描くあの過去と、同じときの別の場所で起こった悲劇だから。
「……ウチが強うなったん見たら、きっと笑ってくれるわ」
 光莉が唾を飲んだ瞬間、地面が抉れ飛んだ。砂礫がぱらぱらと足元まで届く。地面に通電した彼女の怒りの力が、コンクリートを弾けさせる。
「憂えよ千夜」
 神海の声が発されたその瞬間、青い髪を振り乱し、カミラは飛び退りながら槍を打ち出した。計七本の群青の槍を、しかして雷光を帯びた刀は一太刀――いや、二閃を以って弾き散らす。光莉に見えたのは、二太刀目の終わりの軌跡がやっとだ。
「恐れよ一夜」
 声は歌うかのように高い。胸を締め付けるような響きをもった澄んだ声だった。光莉は我に帰り、拳銃をリロードする。援護を、と思ったときには、またも槍の群れを切り伏せる雷を帯びた刀。
「金の瞳、青の血、銀の牙――」
 声にいらだったように、カミラは髪をざわめかせた。怒りに震えるあまりか、目に燐光が宿る。
「……っのォ、猟犬ごときにいっ!!」
 女の口から呪詛じみた詠唱が零れ落ちる。呼応するように輝く、カミラを中心に回る二つの球体。
「渇刹、惨劇、血百合の氷床、歌え八節、死したる街並ニブルヘイム!」
 とん、と神海がバックステップして光莉の傍へと寄り添った瞬間、空間が藍色に凝固し、槍が一斉に放たれる。全方位から、光莉と神海を覆い尽くすように放たれる槍の数は、もはや数えることも叶わない。一発一発を狙撃することは不可能に近い。一撃と一撃の間にタイムラグがあれば潜り抜けることも可能だったが、槍は全く同時に、しかも全方向から包み込むように放たれた。
 回避は不能と光莉が考え至ったそのとき、しかして背を向けたまま、神海は朗々と唄う。
「――右腕に隷属せし、殺戮の紫龍」
 槍が迫る。なのに、神海はそれを一顧だにしない。光莉が息を詰め、凍えたように身を縮めた瞬間、神海は左手を峰に当てて、刀を地面と水平に捧げ持ち、突きだした。
 ――詠唱の結び。
 声、まるで刃が鳴るが如く。 
「覚醒、殺界紫電ジェノサイドパープル

 閃光!!

 芝崎光莉はその光景に圧倒された。まず雷が落ちた。何の前触れもなく、視界全てを多い尽くすような稲光が、上から振るように落ちてくる槍の全てを飲み込み、消し飛ばしたのだ。それを確認するまでもなく神海は右腕、、を無造作に振り回し、全方位を一手に薙ぎ払う。落ちた雷の輝きが薄れぬ間に、バイオレットカラーの輝きを帯びた斬撃が、群がる槍を吹き飛ばす。
 直接刀身に当たらずとも、一撃の周囲を囲む紫電が既に凶器であった。絡みつくような紫電が、触れたものから順に『分解』し、大気に還す、全ての槍はその欠片すら残さず滅却される。
 引き裂かれた空気が摩擦しあい、体中を震わすような唸り声を立てた。
「――嘘」
 カミラは、信じられないものを見たかのようによろりと一歩下がった。元より青ざめていた顔に、今は余裕の色もない。
「現実や」
 神海が嘯く。――その右腕は、異形と化していた。
 時折スパークを散らす刀身は、紛れもなく先ほどまで握っていた刀と同一のもの。しかし、刀の柄を握っていた筈の手は最早どこにも見当たらない。肘関節以降が、刀と溶け合うように一体化していた。火花を散らすようにバチリと刀身が音を立てるたび、刀身にうっすらと浮いた葉脈のような筋が光を漏らす。
 ――殺界紫電。
 彼女が持つ魔具、雷刀「紫電」の戦闘形態である。
「今、怖がっとるやろ、、、、、、、、自分」
 振り下ろす刀。空気を裂いて火花を散らす。
「これが現実や。本気出して掛かって来ィな。でないと、素ッ首落ちるのがその分早なるで」
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