Nights.

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 言葉を聞いたジェイルがゆっくりと二挺の拳銃を構えなおす。それを前にしながら、ジークは傍らの妹に目を向けた。視線がかち合う。
「その銃の予備の弾は無いわ。急に呼び出されたからね。カイにこれから弾を持ってきてもらうはずだったんだけど」
「必要ねえ。弾が残っているうちにカタをつける」
 ジークはゆっくりと呼吸を整えた。身体の痛みは薄らいだ。力がみなぎるような感覚もある。だが、それを過信してはならない。自分の力の正確な残量、限界のラインを見極める。
「全力で動く。残り体力から逆算して、もって三分」
「持久力足んないのよ、あんたは」
 正直な申告に、リリーナは肩を竦めた。それでも、顔は不敵な笑顔のままである。ゆっくりと半歩踏み出すと、コートの前のボタンを全て空けた。両手をコートの内側に突っ込み、ずるりと引きずり出す。左腋下から引き抜いたのは、まるで機関砲のようなフォルムを持った長大な武器だった。
 それは全長六十センチメートル、重量十九キログラムの鋼鉄の塊。グリップは銃身の上にあり、トリガーは握りこむことで作動する、自転車のブレーキペダルのような形をしている。銃身横から飛び出しているのは弾帯だろう。弾帯を観察すれば、それが無数のナイフの刃が連なって出来ていることに、容易に気づける。リリーナは右手で、銃身を提げるようにグリップを保持すると、慣れた調子で補助ベルトを右腕に巻きつけ、固定した。
 ――剣銃ブレード・バレル
 彼女がもっとも頼りとする、電磁加速によってナイフを加速して撃ち出す兵器である。
「まあ、でも、アタシたちなら三分も要らないわ。一分よ。父さんの顔でにやけてるあの生ゴミを、さっさと撤去してやりましょ。――遅れんじゃないわよ?」
「誰に向かって物言ってんだ。俺は、ジーク=スクラッドだぜ」
 悪戯な笑みを浮かべるリリーナに、ジークはニヤリと笑い返した。アンリミテッド・パターン・ゼロスリーを完全に解禁する。今までの自分には使いこなせなかった――しかし、存在することは知っていた、新たなる力。リリーナが横にいる今、後顧の憂いはない。使うとすれば自滅を覚悟していた先ほどまでとは、天と地ほどに違う。
「話は済んだかね? ……始めようじゃないか、ジーク、リリーナ。私を見くびってもらっては困るぞ。如何にキミたち二人とて――」
「能書きは要らねえ」
「弱く見えるわよ?」
 ジェイルの言を遮り、並んで一歩を踏み出す。
 ジークは右を、リリーナは左を伺うように一瞬だけ見た。視線が絡み合う。それだけで十分だった。ドン、とアスファルトの爆ぜる音と共に、黒狼ジーク黒猫リリーナは走り出す。

 ――とある真怨に曰く。
 スクラッドの二人を、並べてはならない。

 ブレード・バレルが鈍色の光を放った。金属が擦れる甲高い音を立てての連続発砲。きしゅん! と悲鳴じみた音が鳴るたび、初速にして秒速五二〇メートルまで加速されたナイフが平たい筒先から飛び出る。ジェイルは無限領域ネクサスによって上昇した身体能力で、当たる寸前でナイフを首をかしげ、身体を折り、ステップを踏むことで踊るようにかわしていく。
 しかし、それはあくまで一方向に向けての回避行動だ。リリーナの放つナイフの射線軸からちょうど九十度の角度をつけて、ジークが左手の銃を構える。巨大な銃。全長三九〇ミリメートル、重量二.六キログラム。ジークの頭にはその銃のスペックがすぐに理解できた。父親がかつて残した設計書の通りの性能を持っている事が、撃たずともわかる。
 銃身に美しいイタリック体で刻まれた名は「裁定ジャッジメント」。マガジンに装填された四十八発の五.七ミリメートル弾が敵を裁く。セレクターを三点バースト射撃に設定。トリガーを引く。
 たたたん!! と軽く甲高い銃声が響き、今のジークにしてみれば揺れる程度の反動を手首に返した。続けて射撃、射撃、射撃。ナイフの刃と銃弾が交差する位置にいるジェイルに、数発がめり込む。
 ジェイルは声も無く飛び退くように後退する。致命傷を与えた手応えではない。ジークはジェイルを追って直線的に走る。ジェイルの銃口が上がった瞬間、交錯軌道に走りこんだリリーナがジークの前を庇う。七発の銃弾は、重さ十九キロの鉄塊に阻まれ、潰れて地面に落ちた。ジークもリリーナも、最初の一瞬以来全く目を合わせていないというのに。
 銃弾を止めるための刹那的な停止の後、二人はまた計ったようなタイミングで同時に駆け出す。
 ジェイルが表情を歪めた。
 ジーク=スクラッドとリリーナ=スクラッド。この二人が同時に存在するときの戦闘能力は、単なる足し算では割り出せない。彼らは、互いが何を求めているか、互いがどう動くかを知り尽くしている。まるで視界さえ共有したように、兄妹の動きに淀みはない。高所から下へ流れる水のように、自然と、当たり前に連携をこなす。
 まるで元から一つの存在であると、声高らかに謳うように。
定義ディファイン! 三秒、初速スリーカウント・ヴェロシティ! 時限昇華リミテッド!!」
 リリーナが叫びを上げた。彼女の能力は、事物・事象に対しての『限定』である。
 包括境界ホールド・ワンと名づけられたこの能力は、たとえば武器の大きさを『限定』し、その衣の中に無数に隠し持ったり、武器や身体能力を制限時間を定めて「限定」的に強化するといった使い方をする。
 今回は――後者。
 ブレード・バレルの出力が上がり、連射間隔が秒間七発から十二発まで向上、初速が七二〇メートル秒にまで強化される。彼女が宣言したとおりの三秒間だけだ。
 ジークは口の中でパターン・ゼロスリーの詠唱を転がす。一秒が過ぎる。ブレードバレルの弾帯が短くなっていく。
定義ディファイン……次元、拡張エンハンスメント・ステージ……」
 集中を新たにする。あの加速した、無限領域ネクサスの中にいるジェイルよりも素早く、強く、自分を作り変えるための手段。イメージする。何もかもを超える自分。
 誰よりも速く、音すらも越えて。何よりも鋭く、ただ一本のナイフのように。
 ――自分が拓き身を置く場所こそが、超越せし場所と知れこのじぶんにおいつけるものは、ほかならぬじぶんのみ
 それが、アンリミテッド・パターン・ゼロスリー。軋む体を押して、この新たな力に銘を打つ。
 二秒、詠唱が完成する瞬間、ジークは目を見開いた。
超越領域ジェネシス!!」

 ジェイル=クリムゾンメモリーは『死神』の足音を聞いた。

 コマ落としにさえ見える、爆発的な加速力。物理的限界など無意味なこの世界においては、心の力こそが全てになる。そうだとしても、その速度をどのように説明するかを、ジェイルは知らなかった。
 襲いかかってくる、銀色のナイフの群れよりも速い。ジークは連射されるブレードバレルの刃を追い越した、、、、、。左手の銃口が上がる。迎撃しようと思った瞬間には連射。ジェイルに発砲を許さない速度。間に合わない。
 ジーク自身の速力を付与された銃弾が、想像を絶する運動エネルギーを持って叩き込まれる。腹に喰らったと認識したときには、全くの同時、、に、十五発の銃弾が、ジェイルの腹腔を爆裂させていた。
 これをどう説明すればいい? 銃口から弾丸が飛び出した瞬間、さらに加速して、一発目に並列して二発目を射撃、弾丸を並存させたとでもいうのか。それも一発二発ではない、十五発。神業と言ってもまだ足りない!
 ――着弾同期、、、、だと? カレルの子倅に過ぎないはずの、先程まで圧倒して久しかったはずの、この男が!!
 ガンブルーの瞳のきらめきを残し、ジークは擦り抜けるようにジェイルの後ろへと駆け抜ける。集中した銃弾のせいで回避が間に合わない。弾丸の嵐に続いたナイフの群れが身体中に突き立つのを感じながら、ジェイルは噛み砕くほどに歯を食い縛った。腹から出た血が零れ落ちるのよりも速く、ジェイルの体はそこら中から銀色を生やした剣山のようになる。
 またか、カレル。カレル=スクラッド!
 貴様は死して尚、私の前に立ちふさがるとでも言うのか!!
 ガンブルーの瞳、翻る黒衣、折れず曲がらず諦めない強い意志。ジークに続いて迫るリリーナも、同じものを持っている。かつて忌み嫌って止まず、何度も激戦を交わしたあの父親と同じものを。
「図に乗るな、残りカスどもがァァァ!!」
 腹腔に開いた穴は一瞬で治癒。突き立った刃を全て筋肉の蠕動によって排出し、ジェイルの両手は銃を持ったまま再び上がる。弾の切れたブレード・バレルを投げ打ったリリーナが一瞬立ち止まる。その隙が勝負。
定義ディファイン! 銃火、転調トランス・ファイア! 歪曲銃撃バレッツ・パラドクス!」
 ジェイルがトリガーを引いた瞬間、銃火は虚空から溢れ出た。バレッツ・パラドクス――発砲した銃弾を任意の座標から発生させる、銃弾転移の技術。かつてカレルが用いた、最強の業。計十七発がリリーナの周囲で一斉に解き放たれ、銃弾が集中する。
 その無数の銃弾が迫る最中でさえ、彼女は笑った。笑いながら身を伏せた。
 ジェイルが放った銃弾よりも、狼は速い。
 音の壁を絹で出来ているとでも言うかのように噛み破り、あの速度のまま、ジークはリリーナの眼前に戻り参じる。そのまま左手を一閃、ジャッジメントが一瞬にして撒き散らした十七発の五.七ミリメートル高速弾が、ジェイルが撃ち放った銃弾のことごとくを撃ち落とす!!
 理解不能な速度、とっくに人の領域など逸脱した精密性。歴戦を経てきたジェイルでさえ、あの速度で動く猟人など知らない。かつて出会った猟人の、誰よりも速い。
 断言する。スピードだけで言うのならば、ジークはすでに父親を超えている。
 リリーナが立ち上がる、ジークがその前に盾のように立つ、そして、
「ここで散れ」
 ジークが唄う、
「悪しき夢よ」
 リリーナが囁く、
「闇へと帰れ」
「光で祓おう」
 憎憎しいあのガンブルーの瞳に、自信を満たして笑うのだ!
「「鉄と火薬の埋葬人、スクラッドの名の下に」」
「ほざくな若造どもが!! 私はセブンスヘブンの生き残りだぞ!! 何故貴様らなどに――!!」
 掠れた怒号など、その二人が聞いているわけもなかった。

定義ディファイン一秒、爆薬ワンカウント・エクスプローシブ
 ガシャン、と音。次いで、ジークの後ろから砲身が伸びた。
 リリーナが後ろで、ブレードバレルを捨ててをロケットランチャーを抜いた。ジークもまた左手のジャッジメントを手放すと、右手に持っていた銃に左手を添える。
 ジャッジメントよりもまだ銃身が長い。全長は四二〇ミリメートル、重量は実に三キログラムに及ぶ。人間が撃つべき銃器ではない。戦闘機にでも据えつけられているべきだった。グリップの前のマガジンには、七発の規格外銃弾が押し込まれている。装弾数七+一発、史上最強のハンティング用弾薬、.五〇〇S&W弾をオートマチック様に改造した、呼ぶとするならば.五〇〇オート弾。その反動に耐えるために、素材硬度・粘度に吟味を重ね、強度を得るために必要な部分が肉厚にされた、異形の拳銃。短機関銃と呼んでも差し支えないほどの大きさを誇っていながら、設計した人物――彼の父は、この銃を拳銃と呼んだ。
 名を、極刑エグゼキューション
 処刑人シニガミが持つに相応しい銃だと、ジークは感じていた。
 腰を僅かに落とし、突撃のタイミングを図る。ジェネシスが心の力を燃やし尽くしていく。その最後の一瞬まで、彼は戦い続ける。
 ――準備は?
 一瞬後ろに向けた目に、問いかけるような彼女の視線が絡む。唇の端を持ち上げて、肯定。
 ――万端。
 二度目のアイコンタクトから刹那の間も置かず、リリーナが叫ぶ。
時限昇華リミテッド!!」
 その声を追い越して、ジークは走り出した。ジェイルまでの十メートルの距離など無いも同然だ。ジェイルが跳ね上げた銃口から銃火が迸るその前に彼の前へとたどり着き、抉るような回し蹴りを放った。蹴りは両腕を等しく薙ぎ払い、べぎん、と枯れた木をへし折る様な音を響かせる。ジェイルが人とは思えぬような、獣のような声を上げる。
 それでもまだ足りない。
 バックフラッシュ。ロケット弾の砲火で自分の影が地面に落ちるのを見ながら、ジークは最高速に歯を食い縛った。銃弾より速く動ける人間はいないと戦争映画は言うが、だとしたら彼はすでに人間などではなかった。
 ただ速い。
 人よりも、ケモノよりも、空を翔ける鋼鉄の翼よりも――!
 左前に踏み出す。ジェイルの真横からトリガーを引いた。エグゼキューションが怒号と共に一発目を吐き出す。全身を揺らすような反動。ジェネシスを展開してさえ体を軋ませる、ジャッジメントとは比べ物にならない反動を、ジークは両腕で押さえ込む。
 銃弾はジェイルの脇腹に食い込み、反対側へと抜けた。赤黒い闇が血の代わりに飛び散り、、、、、ジェイルの叫びが迸る。しかしそれを耳に収めるよりも速く、ジークはまた一歩踏み出した。
 右足が左足を追い越し、その瞬間に百八十度のターン。振り向きざまに二発。両の肩甲骨の辺りを吹っ飛ばす。迫ってくるロケット弾を見ながら、ジークは真上へ跳ぶ。上昇しながら、一発、二発、上から降り注ぐ.五〇〇オート弾がジェイルの両腕をもぎ去り、着弾の衝撃でその足を地面に縫い付ける。
 上を振り仰いだジェイルの眼は血走り、何事か叫ぼうと口を開くが――
「劣化コピーの行き先は、いつも闇の中さ。じゃあな、ジェイル」
 ジークが早口で呟くと同時に、その口腔は弾けたように吹き飛んだ。最後のエグゼキューションの銃弾が、ジェイルの口を射抜いていた。そして、迫るロケット弾――

 爆発!!

 人の形をしたものに対して使うような武器ではない対戦車ロケット弾が、ジェイルの体に突き刺さり、五メートルばかりをその推力で引き摺って、起爆。その肉体を跡形も無く吹き飛ばした。
 ジークは空中でその衝撃波を蹴り、ひねりを加えて姿勢を整え、地面にゆっくりと降り立つ。それと同時に彼を包んでいた超越領域の時間切れタイムアウト。彼はいつもの次元にシフトする。
 ざあ、と死んだような影絵の町に一陣の風が吹く。煙の晴れた後には、何も残ってはいなかった。それこそ、何も。世界にゆっくりと亀裂が入り、固めていた漆喰が剥がれ落ちるように、世界が色を取り戻していく。ジェイルが作り出した領域が壊れ、元の世界が顔を出す頃、ジークは長い息をついた。
「……死んだと思うか」
「これで殺せてるなら、この因縁もこんな長かなかったでしょうね」
「だろうな」
 同意見か。
 ジークは肩を竦めると、リリーナの傍まで歩み寄った――が、その途中で足が動かないのに気付いてもろに倒れた。今の今まで忘れていたような身体の痛みが、一斉に襲い掛かってくる。
「ちょっと、ジーク? 何してんの?」
 すまん、ちょっと調子が悪いらしい、と顔を上げて口を開こうとしたら、言葉の代わりに冗談みたいな量の血が溢れてきた。ごば、なんて効果音がつきそうだ。よくいる、マンガの病弱なキャラクターがそうするように吐血。
 声が出ない。喉に血が詰まってるような感じがする。
「……嘘!? あんたそんな、あんな余裕みたいな顔してそれなワケ?! そりゃ辛いって言っても働いてはもらったけど、言ってくれれば負担を減らすことくらいはアタシだって考えるわよ! ああもう……この……」
 どうも再会というのは、思った通りには行かないらしい。
 駆け寄る足音を聞きながら、ジーク=スクラッドは薄れる意識の中で考える。漫画ならならさみしかったー、と文字通り黒猫みたいにこの妹が泣きついてくるはずが、実際泣きついたのはこっちだし、始終フォローされっぱなしだった上に最後はぶっ倒れてこの有様である。
 情けなさを噛み締める前に、とりあえず仰向けになった。体を少し動かすのも億劫だ。
 見上げた先で妹がわなわなと震えている。正直、真怨より怖い。
 もともと重傷だったところに、さらにまだ扱いなれないジェネシスを発動したためか、身体の保護がおろそかになったようだった。傷ついた胃、肝臓。磨り減った膝の関節にヒビの入った右大腿骨、亀裂骨折の左膝蓋骨、左上腕二等筋断裂に右手首炎症、数えるのも面倒な擦過傷と切り傷、ポキポキ折れた肋骨が片肺に突き刺さってる気もする。道理で息がしづらい。……黒でも手を焼くくらいの負傷だ。
「バカ兄ぃっ!!」
 つらつらと怪我の内情を説明するのも面倒で、その一言を聞くのを最後の仕事にした。
 ジークは大人しく意識を落とす。……頼むからこの重症で気絶するぐらいは許してくれと、妹に願いながら。
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