Nights.

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  In The Darkness 2  

 耳を疑うことは出来なかった。その声は忘れかけていた、聞き覚えのある呪詛。影の顔に開いた紅い亀裂――口と呼んでいいのかすら定かではないそこから放たれたのは、聞き紛うこともないあの通り魔のものだ。
 ――だが、だとするならあれはなんだろう。
 まるで二次元から抜け出してきたかのような薄っぺらな闇。陰影が皆無なせいで三次元的と言えない。スクリーンに投射した影絵、銀幕の上を動く黒い何か。そう言った感覚。
 それ以上の判断なんか出来なかった。ただ、黒い闇が存在するのが、おれには何より確かに判る。それだけだった。
 あの通り魔と同じ形をした影が、おれに向けて一歩踏み出した瞬間、裏路地でやりあったあの時とは全く異質な恐怖がおれの内側を焦がす。
 理由はわからない。けれど、おれは確かに怖がっている。……認めよう、おれはあれに触れる気がしない。
 物理的な存在感が全くない。まるで紙芝居に描かれたお化けを見ているような視覚的印象。それなのに、おれの脚を震えさせる重圧に似た感覚。
 殴れるならどうにかできる。蹴れるなら何とかしてみせる。それでも、あれは――駄目だ。
 こんがらかる思考が、よく判らないが逃げなくてはいけない、という生存本能から志向性を持つに至るまで、数秒か数十秒かのタイムラグ。その時差が埋まった瞬間、影はなんと言うこともないかのように、飛んだ、、、
「……は?」
 辛うじて目で追えた。影の脚がほんの少したわみ、軽く地面を蹴ったように見えたのが最後。左右にはいない。視界に収まる範囲にいないということは後ろか真上。けど着地音がない。するのかどうかも怪しいけど、まだ多分後ろにはいない。悠長な思考が場違いなほどゆっくりに頭を抜けていく。
 それならと、おれはぐっと首を上に向けた。
 予想に違わず、視界の中に夜空を侵食する闇が見えた。影は、星明りを削るように、おれから見える夜空をヒトガタに切り取る。月が抉られたように視界の隅で欠けてすぐに隠れて見えなくなる。いびつな月食。影はおれの視界をどんどん削っていく、――落ちてくる!!
 危険ヤバいと思う前に、本能的に頭を隠しながら前に向かって飛び込むように転がった。転がってからお気に入りのジャケットが擦れるなあ、なんてつまらないことを考える。死んじまったらお終いだっていうのに。
 後ろから、風を切る音が聞こえる。転げるようになりながら体勢を整えて後ろを向く。
 視線の先には、今しがたワケのわからない身体能力を見せた影が立っている。街灯から離れてますます暗く沈んで見える。……それなのに、宵闇とは全く区切れて見えた。自然の闇と親和しないかのように。
 影は自分の手指をしげしげと眺めるような仕草をして、やっぱり真っ赤な口を裂いて嗤った。
 その笑いは、まるで宿願が叶ったときのような――あるいはこれから叶うときのような、そんな笑いだった。
<殺してやる>
 幾分か現実感を伴って聞こえてきた分、最初の声よりも恐ろしい。
 人間には五メートルちょいの高さまで飛び上がって頭上から強襲するような真似は出来ない。それに人間ならあんなにも陰影のない身体は持ちようがない。それに人間ならおれを見る目があるはずで、なのにあの影にはまるでそれらの常識が通用しない――
「冗談じゃねえぞ、ちくしょうっ!!」
 おれはゲームの主人公じゃないんだぞ!?
 理性を保ってるのが奇跡に思えてくる。実を言うとこれは夢でおれはベッドの上にいるんじゃないかって思いたいけど、たった今擦りむいた傷が夜風に触れて熱い。
 夢であれと考えるその思考が夢。いい加減夢から覚めて対応しろと現実が無茶を言う。
 影が、おれの悪態を聞いてまた嗤った――ように見えた。
 だらりと、闇の中で影が両腕を垂れる。息の詰まるような緊張感の中。
 月光と街灯が光の全てになった、闇のほうが多い夜の世界の中で、おれの前で冗談みたいな光景が展開された。まるで見せ付けるように、静寂の中に響き渡る奇怪な音とともに。
 まず聞こえたのは、関節を外してはめ直すような音だった。それも一つや二つじゃない。連続的に響いてくる。それと同時に、脈動するように影絵の怪物の体が蠕動ぜんどうした。
 まず変異したのは腕だ。人の形を保っていた腕が膨れ上がり、五指が伸びる。――いや、五指という表現は適当じゃない。一瞬後にわかった。……あれは、爪だ。動物園のライオンが見せることはない、猛獣の爪。
 背筋を寒気が走り、戦慄に足が凍る。遺伝子に組み込まれた、圧倒的に優れた生物への絶望的な畏怖。銃もなしに肉食獣に遭遇したら、きっとこんな心境になる。
 続いて、上半身がはちきれんばかりに膨れ上がり、姿勢が前傾するように湾曲する。猫背なんてかわいいもんじゃない。筋肉に引き絞られたかのように、骨格がまるでゴリラのように負担をかけない形に落ち着いていく。映画に出てくる、ヤクザの大男にたまにいるようなタイプ。素手で人を殺せる生物の体躯だ。
 脚はあまり変わったようには見えない。だが、それでもその兇鬼キョウキじみた体躯を加速させるために、十分な機構が備わっているのだと判った。
 やがて、骨の鳴る音が収まったとき、おれの前にいる影は、おれより一回り大きい、直立歩行の獣と成り果てていた。目の前にいるおれを、ありもしない目で睨んで、凶暴に嗤う。

<殺してやる!!>

 笑えねえよ、ちくしょう。
 辞世の句が頭を流れる二秒前、おれの目の前で空気が裂けた。産毛が、突然弾けるように起こったつむじ風を感じ取る。同時、前には、もう街灯の光も月光も町並みすらもなく。
 ただ、一杯の影だけがあった。
 次の瞬間、目の前が真っ白になった。上と下が判らなくなる。チカチカと、こんな低い空に浮かんでるはずのない星が目の前で明滅して、背中、頭、肘、膝、尻、踵、分け隔てなくぶっつけて、摩擦の酷いアスファルトの上をイヤってほど滑ってから、おれはどうやら吹っ飛ばされたらしいって事が、ようやく頭のどこかで理解できた。
 視界の全てがグラグラと、陽光にさらされた氷像みたいに歪んでいる。
 ふっと顔に触れたら、ぬるりと異質な感覚がした。かすむ視界の中、ぬらりと光る液体が何かはすぐにわかった。道理で頭が熱いわけだ。どこを切っても、派手に血が出る。
 身体を必死に起こそうとしたら、全身がバラバラになったように痛む。
 街灯が大分遠い。かなり吹っ飛ばされたらしい。経験はないけど、車に跳ねられたらこんな感じじゃないか、もしかして。
 足がガクガク言ってるところを叱咤して、どうにか立ち上がる。
 胃の中から色んなものが込み上げてくるのを抑えた。辛うじて、内臓が傷つくところまでは多分行ってない。そんなことになっていたら立ち上がることさえ出来ないだろう。
 おれの中の冷静な部分が、そんな状況判断を下す。喧嘩慣れしている事が役に立ったのかどうかは定かじゃないが、何もわからないよりはずっとましだった。
 ゆらりと、おれを跳ね飛ばしたらしい影――ケモノが振り向く。だらりと下げた両腕の先には爪。
 あれにかかれば、おれの身体なんて簡単に解体されるだろう。優しく撫でただけでも首が落ちそうだ。
 突きつけられた現実感のない死の恐怖に、それでもおれの身体は怯えている。おれの意思なんてまるで無視して、震えている。
 視線の先で、がぱりと、闇がいまさらのように赤い口を開いた。
 さっきみたいに人の形をした口ですらない。まるで狼が口をあけたように、がぱりと開くのが見える。粘着質に糸を引く、牙から伝い落ちる液体。生臭さが伝わってくるような錯覚。
 距離は、前よりも更に近い。正直、さっきの距離ですら初動の瞬間を見ることが出来なかった。だから――おれは、もう終わりだなと、なんとなく諦めてしまった。
 潔いとかそういうのじゃなく。
 痛いし辛いしワケわかんねえしで、頭がパンクしそうで、この現実から逃げられるならどうでもいいかなって――そんなことを、思っていた。
 顎を伝って、足元に血が落ちるのが判る。ケモノが後ろ足に力をためる。
 あの足が開放された瞬間におれは死ぬだろう。多分、死んでしまうんだろう。
 よく言う走馬灯なんかは見えなかった。多分あれは死にかけたヤツの作り話だ。だって、おれの視界には、おれを殺そうとするケモノしか見えない。
 ケモノの膝がたわみ、その角度が小さくなる。スプリントの前兆、一瞬前。
 おれは、遠くからそれを見ているしかなく。
 まるで、解体できない爆弾の炸裂を見守るような心境のまま、最後の瞬間までを見て――
 そして。
 カウントダウンもないままに、ケモノが疾駆する。まるで石弓のような加速で、おれを殺そうと跳んでくる。
 身体は全く動かない。
 どれほどの集中力を使っているのか、ケモノが走ってくるその動きだけは、まるでスローモーションのように見えた。一歩、二歩、三歩、四歩目でおれに届くだろう。一歩目から全速に至る超加速。やはり人間には――というより、生物には出来ない真似だった。
 おわりが、近づいてくる。
 あの影が。現実的に、おれを殺しに、音よりも速く。主観的に、おれを殺しに、何よりも遅く。
 二歩目の途中、ケモノが爪を檻のように開く。十指から伸びる刃のような爪を、おれの横の逃げ道を塞ぐように翳す。そんなことをしなくても、どうせ動けないのに。
 三歩目。もう後一歩で間合いに入る。影に関節という概念があるのかどうかはわからないが、ケモノの顎がまるで外れたように口が大きく開く。おれの首から心臓辺りまでを、ばっくり飲み込めそうなほどに。
 全身が、熱い。
 殺される前、その刹那にも満たない時間の中。こんなにも仔細に自分を殺す相手を観察することになるとは、思いもしなかった。神様はやっぱり趣味が悪いんだと思う。諦めたんだ。もうやめたのに。何だって、苦痛を伸ばすような真似をするのか――おれには全く、判らない。
 覆いかぶさってくる。
 ケモノがその紅いあぎとを開き、おれの上から、この上なく速く、恐ろしくゆっくりと降りてくる。ああ、死んだ――と、接触を予期したその一瞬前。

「とっとと蹴り上げろ、グズ」

 呪詛以外に何も聞こえなかった耳に、声が降ってきた。
 ブルースの似合いそうなハスキーボイス。叫ぶというほど大きくない。強制するほど強くない。反駁したくなるような尊大さの声。それが耳に入った瞬間、おれの右足が反射的に、弾かれたように上に上がった。
 膝を胸に抱え込むように上げ、腰を前に突き出すように入れながら、勢いとスナップで爪先を振り上げる。
 何千何万と繰り返した、前蹴りの動作。若干高めの上段、蹴り上げろという言葉の通り――多分、練習でやったいつよりも速い。いい蹴りだ――と、こんな時に一瞬だけ自己陶酔した刹那、おれは目を疑った。
 砲弾。
 まるで真っ赤に焼けた、戦車砲の砲弾みたいなものが、おれの前蹴りの軌道をそのままなぞる。開いた顎を砕くような音を立てて、砲弾はケモノをアッパー気味に上に吹っ飛ばした。
「な、え? あ、……は?」
 ケモノの巨大な体躯が空を浮く。出来の悪いジョークみたいに。おれの脚には何かを蹴り上げた感触、手ごたえがありありと残っている。そもそも、地面からあのバケモノを対空迎撃するような砲弾がおいそれとあるわけがない。ここは普通の閑静な住宅街だ。SFじみた話にはとんと縁がない。
 そんなことを考えながら恐る恐る下を見ると、……何のことはない。
 おれの脚が、燃えていた。
「――!!!!」
 喉の奥に出すべき叫びを置き忘れるほど慌てた。今もって、紅蓮の炎に包まれた足がただそこにある。慌てて踏み消そうと足踏みをするが、消えることはない。現実認識が出来なくなって、そろそろ頭がパンクしそうになった瞬間――決定的なことが起こった。決定的ってのは、つまり、本当におれの理解が全てに及ばなくなったって事だ。
 大音量。
 夜の帳を引き裂いたのは、まるで聞いたこともないような音だった。
 圧縮した空気を破裂させたような音。口の中がびりびりと痺れる。爆発音というほど重くなく、破裂音と言い捨てるには大きすぎる。そんな音――この国にいれば、それはきっと馴染みのなかったはずのものだ。
 赤い線が空中に何本も糸を引く。線は狙ったように空中に浮いた獣に吸い込まれ、ケモノはその度に不恰好に踊った。苦悶のような声が掠れるが、それすらもその爆裂音に飲み込まれる。
 正直、その音と火線に全ての注意を奪われた。現状を全て忘れさせるほどに、そのインパクトは大きかった。だが――それに留まらない。それだけでは、終わらない。忘我寸前のおれの横を、掠めるように何者かが走り抜けた。視界の端に、それはどうしてかはっきりと映った。
 夜とはいえ、まだ夏の残滓も抜け切らない。だというのにそいつは、冬物のブラックコートを翻す。
 揺れる黒髪。長くはないが、短くもない。後ろ髪だけがやや長い。顔は見えないが、さっきの声から大体想像はついた。多分、いけ好かない感じのヤツだ。タイトコートの裾が纏いつくのも気にしない長い足と、長身。そして――
 両手に、二挺の、拳銃。
 おれに最初につまらなげに告げたあのハスキーボイスが、歌い上げる。
 ――名も知らぬ存在を送る詩を。

定義ディファイン銃弾、再来バレット・サイクル

 男の銃が、声を彩るようにシャキン、とく。黒いコートを死神の衣のように翻し、そいつは――最初に影がやったように、、、、、、、、、、、高々と――跳躍した。
 空中、おれが蹴り上げたケモノのその更に上へ飛び、降下するように近づき、交錯するその一瞬前。男は、限りなく無音な世界の中で口を開いた。怜悧な声。

「――銃撃回廊インフィニティ

 聞き取れたのはそこまで。後は、ただ、迸る銃火と銃声に視界と聴覚が埋め尽くされる。
 男は空中、ぎりぎりまで接近して、両手の銃をケモノに発砲した。それも、一発や二発どころではない連射。撃つたびにペースは加速し、可聴域を超えてしまいそうになる。しかも数えられないほどの無数の火線が影に叩きつけられているのに、男の銃の弾が切れる様子はない。異常。その身体能力、この国に存在してはいけないはずの武器、そして尽きない弾丸。終わりのない射撃、際限のない銃弾。まさに――無限。
 その光景に見惚れていたのはどのくらいの間だったのだろう。男は何十発かの銃声の後で、フィニッシュとばかり空中でケモノの体躯を蹴り飛ばし、ムーンサルトを決めて着地する。羽が落ちたように軽やかな着地音。
 一瞬後、ケモノが生々しい音を立てて落下した。男とはまるで対照的な無様さ。
 男が二挺の拳銃を持ち上げると、それに気付いたらしいケモノは火線に怯えるように走り始める。銃撃から逃れようと。まるで犬のように四肢を突っ張って、地面を無様に逃げ走る。
 理解を超える光景。脅威だったはずのケモノが去っていくのを漠然と見ることしか出来ない。
 命が助かったことを安堵する心の余裕さえなかった。今も、思考回路が必死にブレーカーを落としたがっている。そこら中についた打撲傷やら切り傷やら擦過傷が熱く疼いてるし、その上一瞬で多くのことが有りすぎた。驚きが飽和してて、気を抜いたら倒れそう。
 男がこっちに向かってくる気配はなかった。
 安全になったなら寝ちまおうかな。なんて、そんな欲求が鎌首をもたげた刹那、ケモノがぴたりと足を止めた。ターンしてくるのかと身構えた瞬間、その向こう側に何がいるのかに気付く。
 見えたのは、夜にはためくオフホワイトのコートを纏った、華奢な人影だった。
 夏も終わって間もないというのに、おれを助けた男と同じような格好をしている。でも、この場合はそんなことは問題じゃない。そいつは顔を伏せてそこにいる。何にも気付いていないように、まるで何も知らないように。
 ――冗談じゃない。遠めに見ても、その細い体躯は女のものだ。長い前髪で表情を隠している、どこにでもいそうな背格好の女。あのケモノにかかれば、三秒かからず解体されて、物言わぬ肉塊になってしまうだろうと、容易に予測がつくような体。
「――!!」
 喉から声がほとばしる。逃げろ、そこにいちゃいけない。喉から出た声がきちんと形を取ったか確認できない。視線が、その白い女から離れない。その手前でケモノが足に力を溜める。女は動かない。足が竦んでるのか?
 ケモノが、ゆっくりと前傾姿勢をとって、目の前の女に狙いを定める。おれを捕食しようとしたみたいに、その女を食うつもりでいるのか。視界の中で、襲いかからんと獣が右手の爪を振り翳す。
 次の瞬間にどういうことになるのか、さっき食らっていたあの威力から推測することは容易かった。目を逸らしたくなるような、凄惨な光景が広がることは火を見るより明らかだ。
 おれは、叫ぶことしか出来なかった。走ってその爪と女の間に割り込めるほどの脚力はなかったし、たとえ出来たとしても――あの怪物が何より恐ろしかったから。
 ケモノが後ろ足で地面を蹴立て、女へ飛び掛かった。まるで空を走るような跳躍、女との相対距離が一瞬で詰まる。
 そして、
時間が、止まった、、、、

 女が顔を上げる。
 毅然とした表情だった。視線だけで人を射殺せそうな鋭い目を、目の前の怪異に向けている。
 まだ若い。顔の造形まではわからないけど、それでも、纏う空気は戦乙女ヴァルキリーのように清廉。闇の中に美しく、目映く煌く。
 白い女は、手に持った何かを持ち上げた。形状は銃だが、そこかしこから飛び出たコードのようなものが、オフホワイトのコートの袖に絡みついている。銃と呼び捨てるには奇形。だが、他に呼びようもない。
 その「銃」の切っ先が、肉薄するケモノの中心を向く。
 ――そこまで来て、遅すぎる確信を抱いた。
 おれを助けた男と同じような格好をしていると思った時点で、答えは出ていたのだ。
 つまり彼女は。
「Mainsystem engages combat-mode.」
 異常な闇、あのケモノみたいな怪異に、それ以上の怪異を持って対抗する――
「Shift/mode,」
 闇を狩る、光なのだと。
「【SHINY-BARREL】」
 女の唄うような細い声の語尾を奪うように、張り詰めた高音の銃声が響いた。闇が止まろうと身体を引く暇すら与えず、光が迸る。ガラス瓶を金属棒で叩いたときのような音を立て、闇を切り裂くカメラのフラッシュのような純白。
 寒気がするほど真っ白なその「領域」が、まるで光線のように収束して直進し、ケモノを貫いた。まるで紙に穴を開けるように容易く、光は闇の反対側へと貫通する。どこまでも伸びる長い槍のように、その光条ははるか彼方まで純白のラインを引く。喩えるなら、それは消えない流れ星。宵闇をその線の分だけ削って昼にしたような錯覚。
 ケモノは、凍りついたように動きを止めた。夜に溢れる自然の闇との境界が曖昧になり、輪郭がぶれる。やがて光条が掻き消えるのと同時――最後にガラスの割れるような音を響かせ、闇はその姿を消した。
 ――脅威は消え去った。恐らくはこの世から、永遠に。
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