-Ex-

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  Rush!  

 リューグの言葉を聞き、辺りが静まり返る。唯一動いているのは、返り血を浴びたアリカとシキだけだ。アリカが何事かシキに囁きかけ、シキが笑って応じている。その内容まではザイルには把握できなかった。
 それ以外は凍ったように動きを止めている。それが嵐の前の静けさであるとわかる程度には、ザイルは我を取り戻していた。不覚にも忘我した自分を戒めるように首を振ると、リューグの傍らに立ち、刃を持つ彼の右腕に添わせるように左手の銃を構えた。
「こいつは保証書付きの殺人狂だぜ。ついでに、俺とその女もな。死にたい奴から銃を上げろ、順番に頭を吹っ飛ばしてやる」
 冷たい声音でそこまで言った瞬間、真っ先にイディ――アーマノイドが巨大なマシンガンの銃口を上げた。
「……交渉決裂だと? この私に馬鹿野郎だと? ふざけるのも大概にしろよ、ガキども。生きて帰れると思うな、皆殺しだ! 野郎ども、殺せ! ぶっ殺せ!!」
 スピーカー越しの威圧的な一喝に、その場にいたイディの配下たちが動き出す。あるものはザイルたちに向かって銃を構え、あるものはボルトハンドルを引き、あるものは早くも銃弾を放っていた。
 リューグが刀を一閃し、銃弾を弾く。澄み切ったその金属音が、戦いの始まりを告げていた。
「では、お手並み拝見と行きましょう、殺人鬼」
「こっちのセリフだ、遅れを取るなよ、殺人狂」
 リューグの言葉にザイルは不敵な笑みを浮かべ、敵の群れへと突っ込もうと爪先に体重を乗せて、次の瞬間、無様なくらいの勢いで右に跳んだ。他の全ての銃声を飲み込むような、大口径のマシンガンの音が響き渡る。
 リューグも同様に身を翻していた。彼らはまったくの同時に左右へ逃げた。一瞬前まで彼らがいた、舗装されたコンクリートの地面が、耕作機で耕したあとのような状態になっている。ザイルは無表情のままリューグを睨み、それから前を注視した。
 イディが駆るアーマノイドのマシンガンの銃口から、薄い煙が立ち上っていた。更に、腰のウェポン・ラックからもう一丁のマシンガンを外し、両腕に銃を構えるのが見える。
「どうした、少年達。皆殺しにするんじゃなかったか?」
 紳士的な仮面を剥ぎ取ったイディが、ねっとりとした口調で言う。ザイルは舌打ちすると同時に、今度は左後方へステップを踏んだ。マシンガンの銃弾が連続で激発し、ザイルが逃げるコースを辿るように地面を吹っ飛ばしていく。それに加えて配下の兵士達も活発に動き出す。適当に兵士たち目掛けて数発の銃弾を叩きこんでやりながら、ザイルは後退に専念した。
 視界の端でアリカがシキを装甲車に押し込むのが見える。あちらは多分、無事だろう。
 町外れは一瞬でガンパレードと化した。遮蔽物を求めてザイルはビルの入口まで後退し、頑丈な支柱の影に滑り込んだ。マガジンを交換しながら横を向き、一つ隣の柱に隠れた先客に憎々しげに声をかける。
「おい、奴に言われてることをもう一回言ってやるぞ。何が皆殺しだ、バカ野郎」
 先客は、常の笑みを浮かべたまま、ザイルの言葉を受け流した。
「おや、ザイル。奇遇ですね。……まあ、大口を叩いたのはそちらも同じ。恥は掻き捨てと行きましょう」
 言葉を止め、リューグはやや首を傾げて試すように目を光らせた。
「面子を重んじてアーマノイドに突っ込んだものかと冷や冷やしていましたが、頭は冷えているようですね」
「メンツだのプライドだの、そんなもんは死んじまえば便所紙以下だ。あいつが徒手空拳なら関節部を狙うくらいはやってやる。だがな、照準サポート付きの大口径マシンガン二挺相手に突っ込めるほど、俺の頭は幸せじゃないんだよ」
「冷静な判断です。大丈夫、手はありますよ」
 リューグは古風なトランシーバーを取り出すと、帯域をセットして耳に押し当てた。その間にも背後には銃撃が集中していて、そろそろ遮蔽物としての価値が怪しくなってきている。横から見れば、ビーバーに齧られた低木のようになっているだろう。
「シキ、行って下さい。在処に頼んでアーマノイドをひきつけて――そう、アレです。理解が早くて助かります。挑発の方法は任せました」
 ふと、銃声が鳴り止まない外で、別の種類の音が鳴った。車のエンジン音だ。タイヤが地面を掻きむしる音が続いて響き、怒号と銃弾の跳ねる音が耳障りに唸る。
「あとの判断は現地で。……はい、よろしくお願いします。ゴミ掃除をしてから、そちらに合流します」
 リューグの語尾に被さるように、巨大な鉄の塊が地面に落ちるような音が響いた。衝撃で、辺りに僅かの微震が残る。断続的に、それに似た音が続き、だんだんと遠ざかっていった。
「挑発に乗りやすい性質で助かりました。イディ氏はシキと在処を追いかけていくでしょう」
「その間に俺たちが残飯処理か。やれやれ、とんだ役回りだ。泣けてくるね」
「現時点で取れる最良の方策です。それに、アーマノイドが出てきたとなれば専用装備のない僕たちでは安全に対処する事が出来ない。……死んでしまえば面子はトイレットロールに劣る、でしたね、ザイル?」
「ああ、言ったさ。……仕方ねえな、やってやる」
 アーマノイドが去ってなお、無数の小口径弾がザイルの背後の柱を削る。ゆらりとザイルは立ち上がり、銃弾の切れるタイミングを待った。リューグもまた刀を携え、軽く膝を縮めていつでも動ける体制を作っている。
 ザイルが最後に発した言葉から三秒後。一瞬だけ銃声が途切れる。そのタイミングを逃さず、二人は柱の陰から飛び出した。
 先陣を切るように駆け出すリューグの後ろをザイルがフォローするように走る。神経線維、筋肉、骨格までも改造している彼らは、人間の足では到底出しえない速度をいとも簡単にはじき出す。
 急激に接近する二人に焦ったように兵士たちが銃弾を放つが、予測射撃を交えない素人じみた銃撃では、彼らを捉えるには不足すぎた。自らの走るコースに介在する銃弾だけを瞬時に検分し、リューグが刀を振りかざす。その度に金属音が弾け、銃弾はあらぬ方向へとコースを変えて飛ぶ。
「前方左二、右一、狙撃」
 リューグが早口で呟くのを聴いた瞬間には、ザイルは大鷲が翼を広げるように左右に腕を広げていた。両手のデザートイーグルがきっかり三発火を噴き、マシンガン並の連射速度で指定された対象を貫く。一人は頭、一人は心臓。もう一人は若干狙いがそれて肩口に。しかし、もはや立ち上がることは出来まい。失血と激痛は、いとも簡単に人間から運動能力を奪い去る。それが大口径弾による傷ならば、なおさらだ。
 どこに当たろうが相手の戦闘能力を奪う事ができる。ザイルは、銃の趣味が悪いのには目を瞑ることにした。強化された肉体ならば、この銃を余裕を持って扱える。
「切り込みます。フォローは任せました」
 リューグが更に前傾姿勢をとり、四足歩行の猛獣を思わせる低姿勢となって疾駆する。速度を上げた殺人狂はその異常な態勢を保ったまま、もっとも手近な迷彩服の男目掛けて突撃した。
 男が銃を向けるよりも早く、リューグは足を前にしてスライディングする。男の股下を潜り抜けるその瞬間、倭刀を無茶な姿勢から上に一閃。ケーキを斬るように容易に、男の身体を左右に両断した。
 血がしぶき、二つに割れた男の体が臓物を撒き散らしながら倒れた。その返り血の欠片すら浴びず、リューグは再び疾駆の態勢に戻った。速度減少を最小限に留め、すぐさま復位する運動能力に、ザイルは内心で舌を巻く。視線の先では、リューグがすでに次の敵へと接近していた。一塊になった三人ほどの一団へ踊り込む。
 左手に持った鞘をすれ違い様に一人目の頭に叩きつける。首の角度がはっきり変わるのが、ザイルからでも見えた。リューグはそのまま右腕を内側に巻くように振り被ると、
「しィィィあァッ!!」
 裂帛の気合一閃、身体を反転させる勢いも交えて残り二人の首を一息に刎ねる。ボールのように首が地面に落ちた。まだ動いている心臓のリズムに合わせるように、兵士たちの首から血が噴き出す。出来損ないの放水機のようになった身体が倒れふすのを見届ける前に、ザイルは少し小高くなった瓦礫の山を足場として踏み切り、跳んだ。打ち上げられたロケットのように飛び、放物線の頂点に至る前に下を見る。
 地上八メートルの俯瞰視点で、ザイルは周囲の敵残数と自分の銃の残弾を計算した。右手に七発、左手に八発。残った敵は、リューグを囲むように遮蔽物の陰に隠れて銃を構えている。しかし、上からならそれも丸見えだ。見える範囲で残りは十三名。各々の座標を頭に叩きこんで、ザイルは口元をゆがめて笑う。二発も余裕がある。
 地上で返り血を浴びていたリューグが周りを見回しながら何事か呟き、天空を指差した瞬間、地上の兵士の注意が上空を飛ぶ脅威に向く。その瞬間にはザイルは右の銃を左斜め下前方に向け、左手を背中に回し、右斜め下後方へ向けて構えた。自らの身体が落下に入ると同時に、トリガーを絞る。
 両手を激烈な反動が突き抜け、ザイルはその衝撃で回転した。しかしトリガーを引くことをやめはしない。独楽のように水平に回転しながら、頭に焼きつけた位置座標を銃弾で貫くことだけを意識する。
 狙えば当たるのは当然である。銃とはそうした兵器だからだ。ザイルはその一段階上のレベルにいる。敵のいる座標を認識し、自分の位置情報を知覚し、どこにどう撃てば当たるのかを瞬間的に記憶して、それを的確に実行する。
 機械のように精密で容赦のない弾丸の雨を降らせ、左右にそれぞれ一発の銃弾を残したまま、ザイルは一度前方に宙返りを交え、リューグを飛び越して着地した。膝で衝撃を殺す。強化チタン製の内骨がしなるのを感じた。
 生き残った敵が呻き声を上げる。しかし、それももうじき聞こえなくなるだろう。ザイルにはそうした自負があった。嘲笑うように黒いコートを翻す。
「……お見事です」
 背後から声が掛かる。ザイルは肩を竦めてゆっくりと立ち上がった。
「おまえの体術とどっこいだ。この銃があってやっと互角さ。気に入ったぜ、これ」
 手の中にあるデザートイーグル・カスタムを軽く振って見せてやると、リューグは血のこびりついた顔を笑みにゆがめて、刀から血を振り払い、鞘に収めた。
「お褒めに預かり光栄です。今、味方として戦えることを天に感謝しますよ。……さて、そろそろ向こうも片が付く頃です。追いましょうか」
「片が付くって、あの厄介なアーマノイドを向こうの二人でどうにかできるってのか?」
「……彼女は別格です。あらゆる意味でね。単純な格闘能力だけでも僕の上を行きますが、何より彼女には"あれ"がある。まあ、それはおいおい説明しましょう」
「俺の義務が終わったんなら、そろそろお暇したいんだがね」
「アーマノイドの破壊を確認するまでは付き合ってもらいますよ。契約不履行の代償は覚えておいでですね?」
 眉を上げるザイルを宥めるように語ると、リューグは小走りに駆け出した。死体をまたぎ、舗装された道路に出た瞬間には全力疾走の構えに変わっている。
 ザイルはコートのポケットに銃を突っ込んで頭をガシガシと掻きまわしてから、溜息を一つ落として、殺人狂の背中を追うのだった。
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