-Ex-

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  悪魔の腕  

「出てきやがったぞ、間違いねぇ、連中だ!」
「ぶっ殺してやる!」
「ハチの巣だ、鉛弾で体重を増やしてやるぜ」
 地上に出る頃には、響き渡る声もよく聞こえる。殺気立った声はいずれも耳障りで、直接関係のないザイルでさえも多少苛立ちを覚えるほどだった。
 リューグは表情を変えず、笑顔のままザイルの半歩前を歩いている。腰に佩いた太刀が歩くたびわずかに揺れていた。アリカは不快感を隠そうともせず唇を尖らせ、眉をしかめていた。ひっきりなしに爪と爪をこすり合わせ、ざらついた金属音を立てる。
 やがて彼らが曇天の下、ストリートに姿を現す頃、襲撃者たちの興奮は最高潮に達していた。取り巻くように布陣したならず者たちが殺意に満ちた視線を向けてくるのにも構わず、ザイルは敵戦力に目を走らせる。
 見えるだけで、銃ないし格闘用の鈍器を所持した歩兵が二十名あまり。練度は判らないが、このような大規模な攻勢に出る時点で素人だとザイルは踏んでいる。
 そのほかには装甲車が三台。装甲車にはいずれも機銃が積まれており、正面切って戦うには少々不利そうである。
 とどめに、工事現場でよく見かける作業用とは一線を画すフォルムの装甲機人アーマノイドが一台。
「……ソリッドボウルのTT-4036ですね。軍用のはずですが」
 リューグが目を眇め、その人型機械を見やる。ザイルもまたその威容を見つめた。先ほどからの足音は恐らくこれが悪路を走破してきたことによるものだろう。全高四メートルに及ぶ威容、直線的なライン取りで構成された装甲。モノアイが青く光り、ザイルたちを見つめる。
 アーマノイドとは、簡単に言えば強化外骨格パワードスーツである。乗るというよりは着るというイメージの方が正しい。人間の機能をそのまま大型化し、強力にしたものだ。素人が身に纏おうとも高性能なナビとF  C  Sファイアリング・コントロール・システムが戦闘行動をサポートし、それなりの能力を発揮させる。熟練者が使用すれば、尚更だ。
 アーマノイドが手に持った大口径のマシンガンの銃口を、こちらに据える。
「奴らが軍属に見えるか?」
「チンピラにしか見えません」
「だろ。中身が軍人でないことに感謝しておくのが先さ」
 軽く言うと、ザイルは親指でデザートイーグル・カスタムのセーフティを外した。小気味よいクリック音と共に、赤いマーキングが露になり、漆黒の猛禽が目を覚ます。
「……プラス思考ですね。あんなものが出てくればもう少し悲観的な見方をするかと思いましたが」
強化人間フィジカライザーどもに出てこられるよりはいくらかマシだ」
 ザイルは肩を竦めて呟く。目の前に立ちはだかる人型兵器を作っているソリッドボウル社は、軍にも提供しない技術で人間を直接改造し、強化して扱う術を心得ている。体組織の四十%以上を人工物に置き換え、短命の代わりに恐ろしいまでの殺傷力を持ったサイボーグ――彼らは俗にフィジカライザーと呼ばれている。
「それは確かに。楽な戦いにはなりそうにありませんが――」
 リューグが言い終わったか言い終わらないかのうちに、ザッ、と辺りの空気にノイズが走った。直後、耳を覆いたくなるようなハウリングが数秒響く。アリカが苛立たしげにいっそう激しく爪をこすり合わせていたが、それも束の間。収束したハウリングの後を追うように、目の前の人型兵器がスピーカーから音を紡いだ。
『初めまして、リューグ=ムーンフリーク。追い詰められるのはどんな気分だい?』
「いいものでないのは確かですね。ついでに言うなら、名も知らない相手に呼び捨てられるのも不愉快です」
 普段より幾分か声を張って答えるリューグ。その僅か後ろで、ザイルは周囲の敵の殺意の濃度を測るように目を走らせた。すでにトリガーに指がかかっている連中ばかりで、号令があれば今すぐにでも撃ちそうな目をしている。
『これは失礼。私はイディ=ショーテル。キラーハウスのガンナーだ』
「ではミスタ・イディ。殺し屋組合の落ちぶれが、我々に何の御用です?」
『これは手厳しいな。用件に急ぐのは君たちの悪い癖だ。話は順を追って進めるとしよう』
 上っ面だけのやり取りに、ザイルは鼻を鳴らしてアリカの方を伺う。向けられた殺意に敏感に反応しているのはザイルだけではなかったようだ。アリカもまた不快気な眼差しで周囲を睥睨している。だらりと垂らした両腕、やや猫背気味の前傾姿勢。常人の腕よりもずっと長い戦闘義腕イーヴィル・アームの爪が、地面を削るように引っかく。
『イツカノアリカ嬢もいるようで何よりだ。君たちと正面切って対話が出来るチャンスが回ってきたのだからね。……一人、見かけない顔が混じっているようだが』
「彼は助っ人ですよ。心強い、ね」
 リューグはザイルに流し目をくれ、悪戯っぽいウィンクをした。ザイルは面倒くさそうに銃を振って応える。
 心なしか笑みを深くして、リューグは左手で刀の鞘を握った。
「それよりも僕らをひとまとめにして考えるなら、一人勘定から外れていませんか?」
『そのことについては心配ないよ、ムーンフリーク。――おい』
 モノアイが目配せをするように装甲車のほうを向く。それに応じたのか、装甲車の上部が展開され、二人の人間が顔を出した。リューグが驚いたように、目を見開く。
「――シキ」
 リューグが呆然とした声を上げる。その視線の先には、思案げな顔で何かしら訴え、後ろの女に小突かれる少年がいた。
 ザイルの目にもそれはしっかりと映っていた。銃を突きつけられて動きを封ぜられた、鮮やかな緋色の瞳を持つ少年が見える。顔は所々腫れて、青い痣が出来ていた。
『ご覧の通りだ。君たちの大事な仲間――ハセガワシキ君といったかな? 彼の身柄を預からせてもらっている。さて、君たちには選択肢が与えられる。我々としても君たちの力は惜しくてね、出来れば有効活用したいところなのだ。この場で我々に忠誠を示すか、またはこの場で全員――』
 スピーカーからの声がそこまで響いた瞬間、ザイルは全身が総毛立つのを感じた。膨れ上がる怒気、悲壮なほどの殺意。今までに味わったどんなものより無秩序で、全てを呪うような気配。溢れるような負の感情を感じて、反射的に目を向ける。
「……馬鹿だ、あなたは」
 リューグが諦めたように呟いた。
 殺気の出所は斜め右前、ザイルが目を向けた瞬間にはそこには弾け飛んだ地面しかない。影は、もっと先にいる。アリカの銀色の腕が死神の鎌のように振りかざされた。神経加速手術を行っていない人間には、恐らく、彼女が動いたことすら知覚出来まい。
 十五メートル先で、人間が二人、バラバラになって吹き飛んだ。電車に撥ねられた人間の末路を思わせる光景だった。それは斬撃による『切断』でも、重圧による『圧壊』でもない。ただただ純粋な破壊力が生み出す、『粉砕』。人間二人分の残骸をその身に浴び、真っ赤に染まった殺人姫が走る。ここまででコンマ五秒、人間業ではない。
 誰もが言葉を失う。
 銃を向けることすら、すべての者が忘れた。リューグだけが、頭の痛そうな顔をしてため息をつく。
「ミスタ・馬鹿野郎イディオット、あなたは最初から選択肢のない取引をしている。取るのならば僕を人質に取るべきだった。狙いやすいところを狙うのは常道だけれど、それにしてもやり方を間違えすぎた」
 飄々とした声が終わるか終わらないかのうちに、銀色の腕がまた翻った。
「――シキを」
 アリカが吼える。ピンク色の髪を尚も赤い血に染めて、進路上の邪魔なすべてを薙ぎ倒し、突き進む。人間が更に二人、軽車両が一台、それに巻き込まれて吹き飛んだ。旋風と評せば足りず、暴風と称して尚余り、竜巻と称して釣りが来る、その暴虐。シキと呼ばれた少年が気弱そうに笑い、その後ろの女が恐怖に顔を引きつらせた瞬間、すべては終わっていた。
「返せエェェェッ!!」
 殺人姫が絶叫するのと同時に、イーヴィル・アームが唸りを上げた。繰り出された右手の軌跡を目で追えるものはおらず、それは同時に拳銃を持った女の死を意味している。
 銃を持った右手ごと、女の右半身がもぎ取られた、、、、、、。血が吹き出る前に左手が女の細くなった身体、、、、、、、を掴み、無造作に頭上へと持ち上げて握り潰した。骨が砕ける音だけが不気味に響き、熟れたトマトをぶつけた痕のように装甲車と地面が赤く染まる。千切れて二つになった残骸、、が、車体をバウンドしてから地面に落ちていった。残骸の首が落ちた拍子に折れて、惨い音を立てる。
 人殺しに慣れたザイルでさえ呆然となるような光景だった。そのやり方には一切のスマートさも倫理観もこだわりもなく、殺害というよりもただの破壊に過ぎない。圧倒的すぎる力の前に言葉を失っていたザイルが我に返ったのは、リューグが静かに口を開いたときだった。
「交渉は決裂、人質は奪還。あなたは彼女をなめて掛かった。その結果がこれです。蛇足ながらお答えしましょう、あなたの交渉に対するこちらの結論は一つ――」
 殺人狂が刀の鞘を払う。煌く刃を右手に、鞘を左手に持ち、バトンのようにくるくると回して構えた。刀の切っ先をイディが駆るアーマノイドに向けると、常と変わらぬ微笑を浮かべて、静かに言い放つ。
「皆殺し、です」
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