-Ex-

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  閃滅視界  

 ザイル=コルブラントは、痛みに体を引きずって歩み寄ったトレーラーの陰にいた。そこから見た現実は、常軌を逸するものだった。アーマノイドにフィジカライザー、凍京のスラムに住まう有象無象では絶対に太刀打ちできないはずの無敵の存在が、敗北するその瞬間を見てしまった。シキの乗っていたアーマノイドは既に動かないし、逸彼在処は今まさに胸を貫かれ、がくりと首を垂れるところだった。
 降り止みそうな雨の中で、その瞬間だけがひどく短かい。たった一瞬で、暴走状態のアリカが押さえ込まれ、戦闘不能に――いや、死に追い込まれたのだ。
 怒りに猛るアリカを止められる存在など、いないと思っていた。数度肩を並べて仕事をしたが、あの女を殺せる人間だのサイボーグだのを想像できなかった。それを今、あっさりと、あの三人の男女――プラス≠ヘ、彼女を打ちのめして殺してしまった。
 歯の根が噛み合わない。
 アリカを刺した男が、何事かを呟く。黒い日本刀が煙のように消え去り、支えを失ってアリカが崩れる。男はイーヴィル・アームや数々の最先端技術を詰め込んでいるはずのアリカの重い体をやすやすと支え、そのまま横抱きにする。
「では、僕は先に本社に戻ります。後は任せました」
「えー、手柄独り占めとか勘弁ですよショウにーさん。そこのデカブツ、始末しないとダメっすか?」
「大丈夫ですよ、帰りの早い遅いで戦果の大きさを判断するほど神原さんは愚かではありません」
 少女――マイに気楽そうに答えると、ショウと呼ばれた細身の男は、今はもう巨大な棺桶に成り果てたアーマノイドの残骸へ目を向けた。
「……頭を潰すのは戦いの基本です。シキ=ハセガワはこのグループのリーダーのようですし、アリカさんとも関係の深い様子でしたからね。後になってゴタつくのはよくないでしょう。――それに、試作型のメディカルシステムを体内に持っているというデータもあります。アーマノイド越しに一度刺した程度では、また蘇生しないとも限りません」
 その言葉を聴いて、ザイルは震えを噛み殺した。シキの再生能力がどの程度のものかは聞かされていない。だが、いくらなんでも奴らの持つような武器で、木っ端微塵に砕かれれば生きていられるわけがない。
 ザイルは、シキがロッサと名乗ったブロンドの女と戦うところを影から見つめていた。端で見ていても、シキの操縦技術は前の持ち主イディとは比べ物にならないレベルだった。事実、途中まではシキが相手を圧倒しているように見えたのだ。
 だが、あの女はそれをひっくり返した。
 この二十二世紀の、日本で一番イカれた街で、鞭なんていう誰も使わないような得物を持って、確かにあの女は科学技術の塊を――アーマノイドを叩きのめした。

 やつらは普通じゃない。
 出て行けば殺される。

 ザイルは、一刻も早くこの場を去りたかった。理性はひっきりなしに逃走を薦めてくる。逃げてしまえ、逃げてしまおう、あれとやり合ってもいいことは一つもない。命を無駄に捨てるだけだ。義理は果たしただろ? こんなにボロボロになった。銃もほとんど壊されちまった。スターム・ルガーはまだあるが、頼みの綱の骨董品をぶっ放したところで、奴らがほんの少しでも眉を動かすと思うのか? アーマノイドのガトリングガンを喰らっても死ななかった連中が?
「……まー、言ってることはわかりますけど」
「ではお願いします。ロッサさんも先に帰投されてはいかがですか」
「なんか私の扱い軽いんですけど、気のせいっすか」
「気のせいですよ」
 すっとぼけた顔で男が言うと、ブロンドの女が血に塗れた髪をそっと梳った。
「いえ、破壊を見届けてからにするわ。それより、ショウ」
 急かすような女の声に、男が軽くうなずく。ザイルが止める間もなく、男の姿は掻き消えた。鋭すぎるステップで夜の闇を削り、一足飛びにビルの壁面、二歩目で壁を蹴り、屋上へ。そのビルを足がかりに、遠く遠くへと姿が霞んでいく。
 追う暇などなかった。もはや、選ぶことさえ出来ない。誰を助けるかの選択肢なんて傲慢だけれど、それすら発生しない、文字通り嵐のような夜だった。
 選べる道はない。こうなることは決まっていた、とあの異能どもが背中で語る。
「……うっし、そんじゃあちょっと気合入れて片付けちゃいましょう。ロッサさんがいいって言うまで壊しますからねー」
「ええ、お願い。流石に二回も解放状態にするのは疲れるから」
 気楽な調子でハンドハンマーを振り回す少女は、やってのけるだろう。いとも簡単にあのアーマノイドを打ち砕いて、中からシキを引きずり出し、その体が再生できなくなるまで打ちのめすだろう。そこに躊躇などありはしない。当然のことのようにやるはずだ。奴らは、そうすべきだと信じている。
 ――運命とは濁流のようなものだ。
 どれだけ慎重に歩いていたって、俺たちをつなぎとめる糸を、簡単に根こそぎ絡めとっていく。
 もったいぶるようなゆっくりとした歩みで、マイはアーマノイドへと歩み寄る。もはや全く危険を感じていない、緩みきった足取りだった。ザイルが生きていることなど、まるで気にしていないかのよう。
 あの少女の能力はいやと言うほど味わった。自分が向ける殺意の嵐が、掠りもしない。そしてきっと、直撃したところでまともなダメージを与えることも出来ない。負けるための要素なら山のようにあり、勝つためのファクターはすべて失くした。現状認識を繰り返せば繰り返すほど、諦念が空を覆う雲のように心にかぶさる。
 ――おまえに、勝ち目なんて、万に一つもないんだぜ。
 諦念の言葉が頭の内側で響く。
「……うるせえ」
 ザイルは震える足を叱咤した。
 リューグは来ない。逃げてしまったのだろうか。それとも殺されてしまったんだろうか。それは分からない。あいつが負けるところも考えられなかったのに。いやというほどに突きつけられた現実が、ザイルの中にある残り僅かな意地に火をつける。
 ――上から何かを押し付けられるのがたまらなく嫌いだった。ジュニアハイスクールで、自分を蔑みの目で見る教師が嫌いだった。こちらを侮り、徒党を組んで襲い掛かる連中が嫌いで、自分に暴力と罵声を注ぐ父親が嫌いだった。いつもあいつらは、俺の自由とか、権利とか、そういう形のないものを我が物顔で奪い去っていく。
 だから、奪い返そうと思った。そのために引き金を引く指があるのだと。
 マイがハンマーを振り上げる。ザイルは、歯を食いしばりながらトレーラーの陰を飛び出した。
 
 その瞬間のことだ。マイが、弾かれたように上を見て、飛びのいた。
 一瞬後に轟音がする。アーマノイドの目の前のアスファルトがまくれあがり、石くれとなって宙を舞う。空から落ちてきた人間大の砲弾が、――否、人間が、マイを強襲したのだ。
 着地するマイを真っ直ぐに見据えながら、そいつはアーマノイドを守るように立ち塞がった。風にうねる赤くて長い髪に空色の瞳、ワインレッドのスカートスーツ。胸元に止めたルビーのブローチ。女だ。ザイルは、その姿形に一つだけ覚えがあった。
 ――ネル=エイレース。
 このケチがつきっぱなしの夜の、始まりを担った女だ。
「……Exイクス!?」
 マイが驚愕したように言った瞬間、赤髪の女は閃光のように動いた。
起炎イグニッション!!」
 一言の発声と同時に、嵐が赤く染まった。ネルの両手両足が、赤熱して焔と光を帯びる。マイに肉薄する赤毛の少女を前に、我に返ったようにロッサが鞭を構えるが、しかしそれが振るわれることはなかった。アスファルトを蹴ってロッサが横に飛ぶ。次の瞬間、見えない錘に叩き潰されたように、ロッサがいた場所が円形に陥没した。
「いい夜だね、ミズ・ロッサ。降り止まない雨に、きな臭い空気。踊るには最高の環境だ」
 声が響く。涼しげで、どこか親しみの持てる声だ。ザイルが声の先を見れば、そこには金髪の男がいる。ストライプのスーツに、後ろで一つにまとめたくすんだ金髪。さぞ女を騙しているだろうと思わせる甘いマスク。それにも見覚えがあった。あの取引現場で、フェンリルと呼ばれていた男だった。
「……お久しぶりね、ミスタ・シュバルツハルト。タケクラは元気にしているのかしら」
「君とまた戦いたがっていたよ。機会を私が奪ってしまったようで、残念だが」
 男の手には槍がある。先端が三叉に分かれており、ひどくバランスの悪い十字架のように見えた。あの槍でどうやって地面をへこませたのか、いくら考えたって分からない。牽制するように槍の穂先をロッサに向けると、彼女もまた動きを止める。睨み合いの膠着状態だった。
「……なぜ貴方たちがここに?」
「それに答える義務はない。同じ状況なら君たちもそうするはずだ。今更だが撤退を推奨するよ、この任務に関しては原理侵食フィジカル・ハック第二段階レベル・ツーまで展開することが許可されている。レンを見ていれば、我々が本気だと言うことが理解できるはずさ」
 レンと呼ばれた赤髪の女。シュバルツハルトと呼ばれたくすんだ金髪の男。
 奴らから、同じにおいがする。今しがた俺たちを叩きのめしたプラスの連中と。
「――ッ! レンねーさん、今日は飛ばしてるっすねー!?」
 金属が弾けあう音が聞こえた。ザイルがそちらを振り向いたときにはもう一つ。
 音の正体を知るために注視して、ザイルは凍りついた。それが拳と武器の激突する音だと、誰が考えられるだろうか。
「けど心は静かよ。仕事だもの。うちの企業には、あなたみたいなアッパーテンションの人はいないから」
 目を疑う光景だった。片や、ゴシックロリータに銀の金槌。片やスカートスーツに赤く燃える拳脚。常識じゃまるで測れない。両方人の形をしているくせに、その動きときたら人間以外の何かにしか見えなかった。
 ネル――いや、今、レンと呼ばれた赤毛の女が、地面をブーツの踵で抉って踏み込んだ。二メートルを開けての高速移動の均衡が崩れ、乱打戦にもつれ込む。マイがハンマーを繰り出そうとすると、レンは即座に三発の拳と一発の蹴りで攻撃動作を封じる。防戦一方になったマイの顔面に、炎となった拳がめり込んだ。
「っだぁっ!?」
 のけぞるマイにさらに二発、ボディブローとテンプルへのフック。ザイルはそんな動きを、ビデオ・ゲームの中でしか見たことがなかった。ダメ押しの掌底が決まって、吹っ飛ぶようにマイの体が浮く。それを追うようにレンが地面を蹴った。空中で蹴りがめり込む。連続で二発、三発、打ち上げられた砲弾のような勢いで上昇し、打撃を繰り返す。打撃の反動が姿勢制御になり、レンの体を支えている。レンはまるでゲームのキャラクターさながらの連撃を決め、顎を引く。
Maneuver/Weaponマニューバ・ウェポン……!!」
「ッ――!!」
 放物線の頂点で髪を振り乱しながら、レンがハスキーな声を絞る。とっさにガードを上げるマイに対して、レンは右足をバックスイングし、槍のように蹴りだした。
Genocide Sidewinderジェノサイド・サイドワインダー!!」
 振り抜いた右足が、ガードごとマイの体を吹き飛ばした。落下軌道に入るレンに対し、マイはほとんど水平に吹っ飛ぶ。レンが着地し、身を屈めたままに首を上向けた。視線の先には、いまだ宙を飛ぶマイがいる。
 右手を地面に預け、下肢を広げ、見ようによっては挑発的なポーズのまま、レンは囁いた。
「――燃えろ」
 その瞬間のことを、ザイルは忘れない。
 レンの空色の瞳、その瞳孔が爬虫類のように縦に割れる。目の色が変わった、なんて可愛いものじゃない。彼女から数メートル離れてさえ気付くその異様。
「燃えろ」
 その眼が、吸い込まれてしまいそうな輝きを帯びる。琥珀色の、ウィスキーを思い出させる色だ。変色した瞳が空中を飛ぶマイを射竦める。相対距離、目測で三十メートル。今もその差は開きつつある。完全な射程外で呟き続けるレンは狂的に見えた。――だがしかし、ザイルは次の瞬間にその認識の愚を悟る。
「燃えろおおおおおおおおおおッ!!」
 レンの叫びと同時に、空中にいたマイが紅蓮の炎に包まれた。そのまま勢いを失い、地面へと落ちていく。重力に導かれるままに、その小さな体が硬い路面へと叩きつけられた。そのまま数度転がり、大の字に地面へと仰臥する。
「流石だね、二番機イクス・ツー。またキレがよくなったんじゃないか? ソラとの訓練を血肉にしているようだ。末恐ろしい」
「背中を気にしないから出来るんです。あなたが後ろにいてくれるから」
 軽い男の声に、レンは立ち上がりながら答える。その視線がロッサに向いたとき、彼女の瞳はすでに空色を取り戻していた。
「見ての通りです、ロッサさん。あなたはまだ余力を残しているでしょうし、それにマイはあの程度では倒れないでしょう。ですが、こちらには完調の私とロン。呼べばソラとガンマもここに来るでしょうね。……遭遇戦で総力戦、お試しになりますか?」
 ロッサはレンの言葉に溜息をつき、鞭を持ったまま思案げに首を振った。
「参ったわね。今日は不運だわ。ショウがいればまだ食い下がりもしたでしょうけれど」
 ロッサが視線を遠くへと差し向ける。その視線の先で、吹き飛ばされたマイがゆらりと立ち上がった。身体に纏うゴシックロリータは炎でボロボロになり、火傷まみれの肌が所々あらわになっている。
「……この服!! ……お気に入りだったんですよー!! どうしてくれんですかー!!」
 遠い距離を隔てても聞こえてくる怒声。しかしそれも、ロッサが空中で一度鞭を打ち鳴らすまでだった。空気が弾けて、破裂音が響き渡る。
 鳴らし方に符丁でもあるのか、音を聞いたマイは突撃を止められた猛牛のように不満げにロッサを見やる。ロッサは黙って首を横に振り、軽く地面を蹴った。たった一歩で五メートルを飛び退り、建物の隙間に伸びる路地の闇へ身を浸す。
「――今回は私たちの負けね。けれど、この妨害は高く付くわ? 次は足元をさらってあげる」
「お互い様です。この間の工場襲撃の借りはこの程度では返せませんから」
 にこりともせず、レンがロッサに視線を投げる。
 ロッサは微笑を浮かべたまま、半身を路地に滑り込ませてゆっくりと振り向いた。視線は一直線にザイルに向けられている。一瞬だけ呼吸を止めたザイルへ、ロッサは目を弧にして言う。
「貴方、運がいいわ。――出てくるのがもう一秒早ければ、今頃死んでいたもの」
 ザイルは背を粟立てながら言葉を聴いた。ロッサの口調は実力を誇るわけではなく、脅しつけるためのものでもなかった。柔らかなアルトは、ただ厳粛たる事実を突きつける宣告のよう。
 声を失くしたザイルを前に、水を吸ったブロンドを重たげに払って、ロッサは路地へと消えていった。ザイルが呼吸を取り戻し、マイがいた方向を見た時には、すでにそこに殺戮領域キリングフィールドの姿はなかった。
 まだかすかな雨が頬を濡らす町外れ。ザイルは左手首の時計を見下ろした。戦闘の始まりから、まだ数分間しか経っていなかった。人気のない深夜だったが、これだけ轟音を撒き散らせば人も集まってくるだろう。
 そう考え至ったとき、小雨を割って届いたのは、やや掠れ気味のやわらかな男の声だった。
「怪我はないか、と聞くのは間抜けだろうね。無事かな? ザイル=コルブラント」
「……」
 親しみの持てる笑顔を浮かべて、濡れた路面をブーツで叩いて進み出るのは金髪の男だ。手には金属製の槍を下げている。その向こう側に、レン――赤毛の女が腕組みをして立っている。その四肢はすでに燃えてはいない。宵闇にまぶしい白い肌が見えるだけだ。
「……俺たちを助けたのか?」
 出てきた台詞はひどく間抜けなものだった。だが皮肉にも、麻痺した思考はその一言を最初に動き出した。目の前に立っている二人は、つい先ほど麻薬の取引現場でいがみ合っていた二グループのボス同士のはずだ。それが今は肩を並べて目の前に立っている。
 低速回転だった頭が、ようやく冴え始めた。
「結果的にはそういうことになるかな。もっとも、残念ながらこれは個人の意思などではなく、もっと大きな力が働いてのことだがね」
 さて、と男は言葉を切った。
「……じきに人の目も集まる。雨の中が好きならば別だが、場所を変えよう。異存は?」
 首をかしげながらの問いに、ザイルは真っ直ぐに男の瞳を見つめ返した。膝の震えは止まらないが、視線だけでも真っ直ぐに保っていようと思った。それが出来なかったら、このなけなしの意地も張れないようなら、きっと自分はもう終わりなのだとも。
「異論なんてないさ。ただ、行くならそこで鉄の棺桶に入ってる俺のボスと、さっきまでそこでチャンバラしてた俺の相棒も一緒だ。……生きていようがいまいが、奴らと一緒じゃなきゃ俺はここを動かない」
 自分でも驚くくらいに真っ直ぐな言葉が出た。虚飾も皮肉も一切ない自分の声を、ザイルは久しぶりに聞いた気がした。
 視線はきっと曲がっていなかったのだろう。くすんだ金髪の男は目元を和ませ、穏やかな声を出した。
「折れてはいないようだ。……いや、折れはしたのかもしれないが、まだまだ尖っている。研ぎなおすことも、叩き直すこともできる。素晴らしいことだね。我々も元より、君一人ではなく君たち三人に用があったのさ」
 男はちらりと後ろに視線を投げた。視線を受け、レンがたおやかな腕を解く。
「リューグ=ムーンフリークはすでに保護しているわ。相当憔悴していたけれど、致命傷を負ってはいない。あなたと同じようなものよ。そして、ハセガワシキは」
 目の高さに掲げた右手が赤く染まる。
「すぐにあそこから出してあげる。ご不満?」
 鼻で笑おうとして、失敗した。あれだけわけのわからない力を見せ付けられて笑っていられるなら、そいつはこいつらと同程度にいかれた連中か、ただのバカだ。自分の脳味噌の出来を笑った方がいい。
「上等だ。三人そろってこの事態についての納得のいく説明が聞けるのを祈ってる」
 精一杯に叩いた軽口に、レンは肩をすくめた。
「この不死者の詰まった兵器の残骸シュレーディンガーのネコを解決したら結論が出るわ。説明の心配より先に、お友達の命を心配することね」
 ――可愛くねえ女。
 ザイルが睨むその視線にも構わず、レンは踵を返してアーマノイドへと歩み寄っていく。
 男が、楽しげに笑った。
「話がまとまったところで、往こうか。少し離れた位置に車を待たせてある。質問にも出来る限り答えよう。個人的には、私は君が嫌いではないからね」
「……甘い顔を見せると付け上がりますよ、ロン」
 釘を刺すような一言に肩を竦め、ロンという名前らしい男が顎をしゃくる。そう遠くない路地から、先ほども見た黒塗りの車が顔を出す。
「私が甘いと知っているだろう? 特に、気に入った人間にはね」
 手で招きながら歩き出す男の後ろに続いて、ザイルもまた歩き出した。

 あんなにもライトは眩しいのに、この道の先は相変わらず見えないままだった。
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