-Ex-

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  Day Job  

「先刻も言いましたが、明日の仕事は護衛業務です」
 大型テレビに任務内容が映し出される。場所は街外れの廃工場での取引護衛及び補助で、依頼主はリバル商会。
「リバル商会?」
 ザイルが問うと、リューグは補足するようにヘルプファイルを呼び出した。画面にリバル商会の沿革が表示される。
「新興の武器商のようですね。武器を売るだけではなく、既存品をバージョンアップしてカスタムメイドの武器を作って販売していると聞きました。あまり名の売れているところではありませんが」
「ちんけな報酬じゃ動きたくないんだがな。いくら出る?」
「二万」
 リューグがこともなく告げて、ディスプレイから振り返る。表情はいつもの微笑みのままだった。
 あまりの低報酬に食って掛かろうとすると、リューグは唇を深く笑みに歪めて一言付け加える。
「ドルです」
 眩暈がした。
「……こいつはただの護衛任務だぞ。別に殺しをやれって訳じゃないんだろ」
「相手が襲ってこなければの話です。結果的には何人か殺すことになるかもしれません。それに、あくまでこの二万ドルという額は成功報酬です。前金は貰っていますがね」
「その前金の額が気になるぜ」
「五千ドルです。気前のいいことだ」
 リューグがおどけたように肩を竦める。ディスプレイに移るクライアントの名前の上に、幾度かレーザーを走らせる。それを見ながら、ザイルは一度息を吸って、ゆっくりと吐いた。
「信用ならないな」
「実を言うと、同意見です」
 リューグはレーザーポインターを食卓に置くと、腕を組んだ。
「彼らはただの一商会です。大企業のバックアップがあるなどという話も、聞いた事がありません」
「なのにこの額をたかが護衛のためにポンと動かすか。取引がよほど重要なのか……」
「或いは、裏で誰かが糸を引いているか、ですね。僕らがない頭を絞っても、なかなか解答は出てきませんが」
 沈黙が落ちる。
 画面では護衛対象と取引の手順が薄く点滅する文字で指示されていた。ザイルは身を乗り出すようにして、その手順を読む。
 ――数名の護衛と代表者が二十時に指定の場所に到着する。君達にはそこで車に乗り合わせ、現場へ移動してもらう。その後、相手方の到着を待って取引を開始する。金と品物の単純な交換作業になるが、この際、こちらが出す金に関しては、護衛者の君達に持ってもらい、彼らへ手渡すことになる。金と引き換えに品物を受け取り、こちらまで移送せよ。相手の品物が贋物だった場合、武力行使で敵から金を奪い返してもらう。相手が策を弄して贋物を押し付けてきた場合の取引破談は、君達の失敗には含まれない。
 ――最低限、要求することは二つ。何があろうと代表者を無傷で生還させること。取引の内容に口を出さないこと。以上だ。
「長い文だ。肩が疲れる」
 読み終わって呟くように言うと、ザイルは背もたれに寄りかかった。リューグはリモコンをくるくると手先で弄びながら、冷めかけたチキンフライの欠片をフォークで突く。
「つまり、我々が品物と金額を受け渡す橋渡しをするということです。そして取引の成否に関わらず、護衛対象を護りぬくこと。たったそれだけの単純な仕事ですよ」
 リューグはチキンフライを口に放り込み、咀嚼して飲み込む。持ったままのリモコンを一度操作すると、護衛対象の顔と全身が映し出された。
 ザイルがひゅう、と口笛を吹く。
「いい女だな。しかし少し若すぎないか?」
「ここを生き抜くのに年齢は関係ありませんよ。僕らがすでにそれを立証しているでしょう」
「まあ、そりゃあそうだが」
 ザイルはディスプレイに目を凝らす。映し出されたのは、年若い麗人であった。真赤な髪をしているが、けばけばしくはない。腰まで届きそうなロングヘアと、空色の瞳。唇には真赤なルージュを引いている。嫣然と微笑んだ彼女の目が、見つめ返してくるようだった。
「この女、多分性格がきついか毒婦かのどっちかだぜ、多分」
「興味深いですね。何故解るんです?」
 リューグが唇をどこか皮肉に歪ませて、笑う。
「カンだよ。――まあ何にしても、この女にどやされないためにも静かに終わって欲しいもんだな。是非とも」
 溜息混じりにザイルが呟くと、不意に共用スペースのドアが開いた。顔を出したのはシキである。軽い足取りでテーブルに戻るその後ろで、ゆっくりとドアが閉まった。
「お早いお帰りで」
「うん。アリカ、ちょっと疲れてたみたいだ。このところ、無理させ過ぎてるのかもしれない。一昨日もベイオネット≠使ってるし」
 呟きながら着席する。シキの目には心配の色が濃い。それを和らげるように、リューグが微笑を浮かべた。
「彼女が動けない分は、我々でフォローしますよ」
「我々ってのは俺も含まれてるのか」
 茶々を入れると、リューグは澄ました顔のまま軽く答えた。
「当然です。それとも、今更仲間になったつもりはないとでも言いますか?」
 ザイルは鼻を鳴らして回答を避けた。シキは頼もしそうに笑い、ザイルとリューグを交互に見る。
「助かるよ。しばらく休ませておいてあげたいと思ってたんだ。騙し騙しここまでやってきてるけど、いつ変調を来たしてもおかしくないからね……」
「そんなに具合が悪いのか? あいつは」
「具合がいいほうがおかしいんですよ。危ういバランスなんです」
 リューグがテーブルに肘をつき、手を組んだ。その後を継ぐようにシキが語り始める。
「三年前に僕は、ゴミの山でアリカと出会った。雨に打たれて、バチバチ音を立てる両腕をぶら下げて、へたりこんでたんだ。壊れてしまいそうだなって感じた。――連れて帰って、自作の機械で様子を見とき、第一印象が間違いじゃなかったって思ったよ。酷いものだった。アリカの身体には、生きていくための機能が足りなすぎる」
 シキはコップを取って、唇を湿らせる程度に水を飲んだ。続ける。
「アリカの骨は全身くまなく強化チタン製だ。耐久力が必要な主要骨は、中身まで全部チタンで固められてる。失った骨髄の代わりに、免疫維持機構が身体の各部に埋め込まれてる。ついでに、皮下脂肪の代わりに擬態装甲フェイクメタルが埋め込まれてて、一定以上の衝撃を受けると硬化して攻撃の貫通を防ぐ。神経分野に関しては未だに手を出せない。神経は焼き切れる寸前まで加速処置が施してある。イーヴィル・アームを扱うためにあるような体だよ。とんでもなく殺傷に特化しているのに、普通に生きていくのにはとことん適合しない。生命活動を維持するためには投薬が必要で、実は食事よりもそっちのほうが大切なんだ。一週間に一度は、彼女を休めて検診しなきゃいけない。隅々までね」
「……俺たちよりも重度のサイボーグか。あれだけの大物を両腕にぶら下げてるんだ、支えてる根幹があるとは思ったが」
 ザイルが静かな口調で言うと、シキは大きく息をついて、呟くように語る。
「最初の見立てでは、もって一年だった」
 鼻を指で擦る。呼吸を挟んで、一拍置いた。
「でも、僕が治療とも言えないような延命措置をするたびにね、魔法でも見るみたいな目をして、ありがとうって言うんだ。アリカは。それが……僕には嬉しくてさ。リューグに仕事を押し付けて、四六時中アリカと一緒にいた時期もあったんだ」
「あの時はさすがに往生しました。さすがにナビなしで移送任務は、難しいものがあります」
 リューグが懐かしむように、ほんの少し苦く笑う。
 悪かったよ、と手のひらを合わせて言うと、シキは続ける。 
「彼女の身体のことを知るにつれて、僕が彼女に生きて欲しいと願うようになるにつれて、寿命は少しずつ伸びてきた。この前の検診では、あと二年は大丈夫だろうと踏んだよ」
 ザイルは、シキのほうを見た。殺人鬼と呼ばれる少年は、人の命の軽さを知っている。死なない人間などいないと、理解している。だから、言わずにはいられなかった。
「けど」
 どういう訳か、いつもより唇が重たい気がした。舌がもたつく。シニカルに人の死を語れる口を、どこかに忘れてきたかのように、ザイルはかさかさした声を吐き出した。
「けど、いつかは死ぬ。永遠なんてどこにもない」
 静寂が落ちる。食卓が一瞬静まり返った。リューグが肘を立てて組んだ手の陰に唇を隠し、押し黙る。シキは少しだけ俯いたが――ほんの少しの間の後に、顔を上げた。
「わかってるよ」
 ザイルを見返すと、シキはほんの少し寂しそうに笑った。
「だから、なおさら愛しいんだ。……きっと」
 呟く声は、抱いた腕を離すように切ない。
「……それが結論の先延べでも構わない。二年猶予があるなら、その間にまた彼女を延命させる方法を探すんだ。一緒にいたいから」
 けれどシキは笑った。優しく輝く決意が、瞳の中にはあった。
「素敵なことだと思いますよ。僕も、彼女には長生きして欲しいと思っています。……仲間としてね。ザイル、あなたはどうですか? そう思うことを、感傷と切って捨てるでしょうか?」
 リューグが、目を開いて凪いだ瞳で見つめてくる。ザイルは口を開こうとして、止めた。目に光を点して笑うシキの生き様を、無駄な情だと切って捨てることは憚られた。
 アリカが、彼に心を開く理由がわかる気がする。
 シキ=ハセガワは、身を捧いで他者に尽くせる男なのだ。
「……悪かったよ」
 ザイルの呟き声に、リューグが微笑む。
 カチャカチャと、プラスチックの擦れる音。シキが、箸を手に取っている。
「いいさ。さて、このまま続けるといかにアリカが可愛いかという僕の講釈が始まりそうだからね、そろそろ仕事の話を始めようか」
「それは講釈じゃない、ノロケと呼ぶ」
 突っ込みを入れると、シキは含み笑いを漏らし、手を振った。
「君たちにそれを教えるっていうことだから、講釈には違いないさ。ご飯食べながらでいいかな?」
「なら講釈は謹んで遠慮しましょう。食事しながらで構いませんよ」
 リューグはザイルの胸中を読んだように返事を返した。言いたいことを取られて、言葉が喉の奥でとぐろを巻いた。
「じゃ、お言葉に甘えて」 
 茶碗を手に取ると、片手を立てて「いただきます」と漏らし、シキは食事を始めた。淡々と、テーブルの上に乗った料理を片付けていく。そのさまは、まさに掃除というに相応しい。手の届くところからひたすら食べる、食べる、食べる。ハンバーグも、余ったビーフシチューも、大皿に乗ったチンジャオロースも、彼の手によって消えていく。
「……いつも思うことなんだが、おまえの胃袋はどうなってるんだ?」
「狼は何日かの絶食に備えて沢山肉を食べることが出来るようになっています」
 シキはハンバーグを噛み砕き、飲み込んで、口の端にソースをつけたまま人差し指を立てた。講釈をたれるように言う。
「おまえが狼を名乗るガラかよ」
「アリカ限定の狼なのです」
「……そっちに持っていくんですか」
 リューグまでもが腹いっぱいだと胴をさする。食べっぷりもそうだが、シキのノロケは時と場合を選ばない。戦場のど真ん中でいちゃついたりもする。ザイルは一週間前にそれを目撃していた。
「苦労してんだな、おまえ」
「……慣れました。もう三年です」
 リューグに労いの言葉を掛けると、ゆるゆると首を横に振って返された。そこはかとない哀愁が見え隠れもする。
 机の上の料理が減るペースがやや遅滞した頃、シキはチキンフライを行儀悪くつまみ上げて口に放り込んだ、咀嚼して飲み込み指をナプキンで拭う、一連の動作が驚くほどに早い。
「じゃあ、リューグが疲れ果てる前に仕事の話をしよう。……ファイルを開いてるってことはあらましは大体話したってことでいいよね?」
「ああ。任務内容の割に、報酬の額が若干相場外れで気持ち悪いって事くらいまではな」
「僕らでは解答を導き出せませんでしたが……シキ、何か思い当たることはありますか?」
「ないねぇ」
 米飯の器をあっという間に空にすると、テーブル中央の櫃を開いて、またも器へと山盛りに盛り付ける。湯気を立てる白飯に、ザイルは胸焼けを起したような顔をした。
「そんな顔しないでよ。一応、こうやって溜め込むことにも意味があるんだからさ。……リバル商会についてはデータが少ないんだ。今もちゃんと商会として機能はしてる。何人かの職人を擁していて、それなりの品質の武器を供給してるらしい」
 言葉を切ると、もはや半分ほどに削られた米飯の器を置き、シキは続ける。
「外部に対する情報の露出は少ないし、これがどこに対する取引なのかも判然としない。ただ、報酬は魅力だね。君達には、企業が擁してるサイボーグ並の実力があるわけだから……そこらのチンピラに遅れを取るとも思えない。現場の判断で、罠だと思ったら逃げればいいし、そうでないなら完遂して報酬を受け取ろう。最低限、命さえ持って帰ってきてくれればそれでいいよ。楽にいこう」
 言いながら、シキはポケットを探り、何かを取り出した。煙草ほどの細さの棒に、耳に引っ掛けるためのフックがついている。それを、ザイルとリューグに放った。
「これは?」
 ザイルが受け取って問うと、シキは自慢げに胸を張る。
「通信機。おおっぴらなヘッドセットとかトランシーバーとか、邪魔でしょ? この間なんてザイルは弾が切れたときにぶん投げて使うし、リューグは接近戦の関係でどうしてもどっかこっかぶつけるし。骨振動を読んで声を伝える優れものだよ」
「誤作動起こしたら投げ捨てるぞ。自信はあるんだろうな?」
「君たちに渡す程度にはね。まあ、リューグもちゃんとつけておいてよ。外部からの音はちゃんと聞こえるはずだから」
「……了解しました。ですが判断上仕方のないときは外します。それだけは覚えておいてください」
「外さないと命に危険があるようなときだけね。一応僕、リーダーなんだから、指示はちゃんと聞こえるようにしておくこと」
 シキはにっと笑うと、残りの食事を平らげ始める。まだ五人前は余裕であったであろう食事が、今やほぼ跡形もない。彼はいつもこうだ。過剰な量の食事を作り、仲間が満足するまで食べさせた後で、残ったものを全て平らげる。大体の場合、食べる量は彼が一番多い。
 ザイルは手に持った通信機を弄んだ。耳にあてがうと、すんなりと耳孔に入っていく。フックを耳にかけると、違和感は数秒で消えた。体温に馴染み、感触がないほどに軽い。
「これで逃走経路の指示を受けるような目に遭わないことを祈るぜ」
「僕からもそう祈っておきましょう」
 実感のこもったザイルの一言に、リューグが軽く笑った。
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