-Ex-

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  Immortal  

「簡単な仕事だったな。ストリートチルドレンと紙一重の少人数のグループ相手とは」
「同感だ……ここを落とすのにこれほどの戦力は要らなかっただろうに」
 中央管制室の静寂の中に、二人の男の声が混ざる。一人は端末に向かい、一人は壁に寄りかかって退屈そうに横からスクリーンを眺めていた。若干年かさの、髭面の男である。対して、端末を叩く男はまだ若々しさを残した顔立ちをしている。マシンガンを横に放り出し、転がった少年の死体に目もくれず、セキュリティ機能の掌握を図っていた。
 彼らはソリッドボウルの特別活動班である。一隊に一人の指揮官――強化人間フィジカライザーがつき、上から下された命令のままに敵を蹂躙する猟犬たちだった。
 一人の男がコンソールをいじる。セキュリティ・ロックがそこかしこに掛けられており、現況の電子戦装備では解除には手間取りそうだった。
野良風情フリーランスにしては結構な設備だ。我々の本社には比べるべくもないが」
 コメントを漏らすと、欠伸混じりに相方が応える。
「だが、それだけだ。警戒するべきは隊長カナタが因縁があると言っていた相手だけだろう。戻ってくる二人はどちらにせよ、我々の部隊とあの男の前にひれ伏すだろうからな」
「……違いない。リーダーらしいこいつがまともな戦闘力を持っていない時点で、その二人の実力もおおよそ見当がつく」
 緩みきった口調で言いながら、男は暇つぶしと言った調子でコンソールを操作していく。解けないパズルのようなセキュリティを、じっくり飴を舐め溶かすように侵食していく。それを掌握したところで大したメリットはなかったが――見張りを命じられた身には、その程度の暇つぶししか許されないのだ。
 それを眺めながら、相棒が口を開く。
「……面白いのか、それは」
「何もしていないよりは随分マシだ。お前もどうだ?」
「情報処理は専門外だ。一通りの訓練は受けたがな」
 壁から背中を浮かせ、退屈げに、髭面の男は顎を撫でながら煙草を取り出した。
「吸うなら外でやれ。禁煙中だ」
 コンソールを指で手繰りながら目も向けずに先手を打たれて、髭面の男は心外そうに顔を顰めた。
「……つまらん野郎だな。今更禁煙して何の得がある?」
「集中力の向上、持久力の回復、倦怠感の軽減、快適な睡眠……挙げればキリがないぞ。お前にも勧めてやりたいところだが」
「願い下げだ」
「だろうな」
 目を合わせないままの会話は、煙草を持った男が部屋の外へ出て行くところで終わった。コンソールに向かったままで、ドアのエアロックが掛かる音を聞く。横槍がもう入らないとなると、キーを叩くてもスムーズになる。
 パスワード入力画面を表示して、手持ちの電子端末を取り出し、メインコンピュータへと差し向けた。そのまま無線通信を開始し、システムログを汚さないようにメインシステムに割り込む。続いてパスワードクラッカーを起動し、自分もその補佐をするために横に立って、目にも止まらぬ速さでキーを叩き始める。
 セキュリティの壁を打ち破ることは、多くの隊員にとって義務でしかなかったが、彼は違った。こうして身体にサイバーウェアを埋め込み、ソリッドボウルの兵士となる前までは、プログラマーを志していたこともあったのだ。その時の杵柄というヤツで、彼は情報機器を扱うことが大の得意であり、他者からその仕事を奪い取ることさえあった。
 自作のパスワードクラッカーが、パスワードを推測し始める。警告ダイアログを出させないように、アタックした痕跡をリアルタイムで消していく。警戒しているシステムの網目を抜け、あらゆる角度からアタックを繰り返す……その果てにある、システムが服従した瞬間の快感が、彼にとっては至高の美酒に等しい。
 彼の指先が、いつもの、パスワードをこじ開ける瞬間の手応えを覚える。メインシステムを搭載した大きな筐体の最初の関門が開かれようとしている。パスワード入力のダイアログ・ボックスの中に、ブラインドされた文字がすさまじいスピードで吐き出され、すかさずOKのボタンが押下された。
 画面が暗転し、二秒の沈黙の後、画面中央に「Password Collectness」の表示が出た瞬間、男は胸の中で快哉を叫んだ。興奮もそのままに画面に視線を注いでいると、不意にディスプレイの黒面に自分以外の影が映りこんだ。
 同僚だろうか。煙草を吸ってきたにしては早かったなと思いかけて、ふと男は一つの違和感に襲われた。
 ドアにはエアロックが掛かっている。それが開く音はしただろうか?
 確かに集中していた。しかし、エアロックが開く音は大きい。あれすら聞こえないほどに没頭するなど、あり得ない。脳のシナプスを弾けるように思考が駆け巡り、脳が一つの疑問を呈する。
 相棒が出て行ったこの部屋に、自分のほかに、、、、、、誰がいる、、、、……?
「……!」
 男は銃を掴みながら振り返った。それが二秒早ければ彼は生きられたかもしれない。
 渾身の力で振り下ろされたナイフが、救いようのないほど深く、その首に食い込んだ。体と思考が切り離され、意識がばらばらになっていく。膝が砕け、ゆっくりと地面に体が沈んだ。
 仰臥して見上げたそのときに、初めて自分の愚かしさを悟る。
 天井からの逆光に縁取られ、影落とす少年。その目は緋色に輝き、笑みをはらんで自分を見下ろしている。
 悪態をつくべき声帯は潰され、最早指の一本も動かせない。首に打ち込まれた刃の熱さと、脳がショートしそうな苦痛と、悪魔のような少年の微笑――与えられる感覚から導き出される恐怖。男はそれらから逃げるように、自分の命を投げ出した。


「……好き勝手やってくれたよ、全く」
 敵にナイフを突き刺した少年――シキは、血でしどどに濡れた服を引っ張り、不快げに嘆息した。胸にあったはずの大穴は既に埋まっている、、、、、、。まだ弱弱しく痙攣している男を捨て置き、自然な手つきで立てかけられたサブマシンガンを手に取った。アーセナル・システムズワスプ=B貫通力の高い五・七五ミリメートル拳銃弾を用いるマシンガンだ。マガジンを外し、弾丸を確認する。フルメタル・ジャケットの銃弾が、行儀よく二列装弾ダブルカアラムで整列していた。断層の後ろを見ると、フル装填されている様子だ。銃の安全装置上に覗くコッキング・インジケータは赤くなっており、既に初弾が装填されている事を教えていた。
「さて……」
 常に明るい、少年らしい笑みを絶やさない彼が、今は陰のある微笑を浮かべていた。マシンガンを片手に引っさげ、死体の襟首に手を掛けた。
 既に痙攣も治まった死体を引きずり、彼はゆっくりと部屋の出口に歩み寄った。死体を長座の姿で、そっとドアにもたれかからせる。そして銃の安全装置セフティを解除し、ドアに向けて構えた。
 ――ハセガワシキという少年の特異性はその戦闘能力でも、卓越した情報技術でも、仲間をたびたび助ける管制能力でも、はたまた調理に代表される生活力でもない。
 彼は、死なない、、、、
 死体をもたれかからせて二分後、空気圧で閉じられた堅固な扉が開いた。同時にドアの隙間から、この部屋を守っていたもう一人の敵兵士が顔を覗かせる。彼は足元に倒れこんだ死体に戸惑い、次にそれが仲間の亡骸である事に気付き、それからようやく目の前に立ったシキに意識を向けた。
 その一連の動作は、致命的な隙だった。兵士がスリングで肩に引っさげたマシンガンを構えるよりも速く、シキはワスプ≠フトリガーを引いた。フルオートで銃弾が炸裂し、男が不細工なロボット・ダンスを踊る。体中に食い込んだ銃弾の衝撃で、敵はそのまま後ろの壁に叩きつけられた。
「お……ごッ」
 髭面の男は口から奇妙な声を漏らしながら、それでも壁に寄りかかったまま銃を構えようとする。しかし、蜂の巣になった体には銃は重すぎたらしい。彼がトリガーを引く前に、シキが右のミドルキックでその銃口を跳ね除けた。
 そのまま相手の身体を壁に押さえつけるように肩から体当たり。シキは相手を押さえ込みながら、その口に銃口を突き込んだ。
「……僕とあの二人を一緒にしないでほしいな。彼らは僕とはケタが違う、規格外の殺し屋だ。同じスケールで測っちゃ痛い目を見るよ。まあ、もう、遅いだろうけどね」
 敵が血走った目を見開くのと同時に、シキは引き金を絞った。秒間十二発の連射能力を持つサブマシンガンが吼える。刹那の間もおかず、髭面の男の顎から上が、五・七五ミリ弾でめちゃくちゃにかき回されて吹っ飛んだ。
 返り血と脳漿を浴びながら、シキは暗い笑みを浮かべる事をやめない。今や、彼の身体には一条の切り傷すら残ってはいなかった。
 ハセガワシキは、自身が不死身イモータルであると認識している。――正確には、不死身というと語弊がある。試したことはないが、一瞬で首から上を消失するような目に遭えば死ぬだろう。しかし、脳が全損していなければ、彼はまた立ち上がることが出来る。
 彼の体内には自己分裂機能を持つ有機ナノマシンが二種類、循環している。一つは過剰摂取した栄養分を貯蔵する役割を持ち、もう一つは体細胞を生成する機能を持っていた。
 シキが傷を負えば、ナノマシンは直ちに活動を開始し、彼の傷をそっくり元通りに再生する。その再生力は、シキがショック死の状態に陥ってさえ稼動する。あまつさえ、止まった心臓を再び拍動させるために、電気ショックを行う機能さえ備えていた。
 殺されても蘇る――因果な身体。シキは自分がこの身体を持つに至った経緯を回想しそうになって、慌てて首を振った。あのことは思い出したくない。
「……そうだ。そんな場合じゃない」
 死んだ兵士の返り血を拭うのもそこそこに、シキは兵士の手からサブマシンガンをもぎ取り、駆け出した。胸騒ぎがする。自分の胸に大穴を空けた少女は、確かにアリカの名前を口にしていた。
 シキは唇を噛み、愛おしい少女の事を案じた。自分に出来る有りっ丈の速度で、リノリウムの床を蹴飛ばす。
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