【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
-interlude-6-
強く手を振って あの日の背中に サヨナラを
狭苦しい複列の座席に、俺達――急造の六人の"ライダー"は、すし詰めになっていた。バイクなんて、用意されているわけもない。耳に届くのは、カスタムアップされた鉄馬のいななきではなく、くたびれ果てたトレーラーの野暮ったいエンジン音だけだった。
ルートは六本。こちらの残存戦力はたった六人。攻めて来るライダーはその数、実に四十二人。
勢力図を書けば、一面真っ青に染まるに決まっている。隅に小さく残った、水滴くらいの赤いしみが俺たちだ。
――繰り返しになるが、状況は、笑い出したくなるほど最悪だった。
トレーラーの席から、通路を見る。
緩慢に流れていくすすけた景色。灰色は、墓石の色を思い出させた。
続いていく道の景色はあまりに変わり映えがなく、もしかしたら無限ループにはまり込んでしまったのではないかと一瞬だけ疑う。しかし数秒もしないうちに、俺は予想もしなかった光景を目にすることになった。現実は、ループなどしていなかった。
……ルートに近づくにつれ、人影と思しき――それにしては異形に過ぎる黒い影が道のそこかしこに見え始める。
トレーラーの窓を開けて身を乗り出し、その影の正体を確かめようと眼を凝らす。その異形の影に目を凝らした。暗い視界、棒立ちに林立する影たちは、目を凝らそうとする間に後方遥か彼方と小さくなってしまう。
それでも、闇に目が慣れるのを待って、俺は辛抱強く外を見続ける。
「――見て気分のいいもんじゃあ、ないぜ」
不意に後ろから声が聞こえる。首を巡らせて振り向くと、装甲を黄色くペイントした"ライダー"が俺を見ている。
それがあまりにも諦念に彩られた声に聞こえて、俺は反射的に問い返した。
「知ってるのか?」
首肯が帰ってくる。
黄色の"ライダー"はしばらく押し黙ったあと、疲れ果てたロック・シンガーみたいな声で呟いた。
「再生怪人だよ。……見えるんだ。おれには。今まで見てただけで楽に六種類はいた」
認識力と反射性能を強化されたという"黄色"は、「煙草、持ってねえか」と枯れた声で回りに問う。頷きはない。ため息とあきらめたような笑いを漏らして、彼は続けた。
「再生怪人ってのはさ、原型になった怪人の戦闘データだけを移植したロボットみたいなものらしくてな。考える力も、感情も、何も備わっちゃあいないんだ。あるのはただ、蓄積された戦闘データと、動きを再現する為の器官だけ……。言ってみるなら、ハリボテみたいなものさ」
"黄色"が講釈をたれる間にも物言わず立ち尽くし、次から次へと前から後ろへ流れて行く再生怪人たち。いわれてみれば確かに、彼らから命の気配を感じることはなかった。まるで、背景の一部だ。
再生怪人たちを流し目に見ながら、やるせない口調で"黄色"は、肘の装甲板をカツカツと中指の爪で弾いた。
「――見てられないよな」
それきり、彼は椅子の背もたれに身を預け、黙り込んだ。
普段の俺なら、なんとでも返せたはずだ。同意する言葉なら直ぐに出てきただろう。なのに、俺は何も言わなかった。
――いや、言えなかった。声にすら、出来なかった。
何故か。
理由は、判りきっていた。
低速で走る車両から見える景色の中に、雄雄しくも無く、猛々しくも無く、操り手を亡くした人形のように立ち尽くす――グランドライオンの姿を見てしまったから。
『ケイ。蛍って書いて、ケイっていうんだ。女みたいな名前だろ、
良くからかわれたよ、昔さ―――』
――先輩。
あの最後の声が耳に蘇る。
涙腺がないことを感謝するべきなのだろうか? これから戦うために。
涙腺がないことを悔やむべきなのだろうか? 今は亡き人を悼むために。
……答えは出ない。
けれど涙腺があれば、きっとメットの下はひどいことになっていたと、思う。
吹っ飛ぶように高速で掠れていく景色。グランドライオンの姿はすぐに彼方へと掻き消えた。
けれど俺の中から、先輩の残像は消えない。
何が哀しいのか?
空っぽの再生怪人。失われてしまった人を模しただけの中身のない人形。姿だけをコピーしたロボット。
そういう、突きつけられた現実が、先輩がもう二度と戻らない人物である事を証明してしまうから。先輩は思い出の中にしかいなくて……もう、声を交わすことも触れることも出来ないと理解しきってしまうから。ひょっこり戻ってくるんじゃないかって、死体がないことを盾にして、まだ心の中に残していた甘えを砕かれてしまったから。
ああ――――だから、こんなに、胸が痛いんだ。
――先輩。
ケイ、先輩。
司令室に至る一つ目のルートが近づく中、俺は最後に言っておくべき言葉を胸の中で零す。
さようなら。