【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
第二十九話
誰も皆 正義というタイトロープ歩くから
『俺、この組織に入ったのってライダーになりたかったからなんだよね。憧れててさー……人類の自由と平和の為に戦う戦士』
まるで笑い飛ばそうとするように、叶わぬ夢を語ったあいつを覚えている。
流れてこぼれていく血の冷たさと、もう物言わぬ首だけになってしまった最後の瞬間を、忘れられずにいる。
『こいつらはきっと……俺達の大切だった奴らを守ってくれる。きっとな』
夜空に咲く華になった、尊敬するあの人を覚えている。
瓦礫の粒みたいに小さな欠片になって、触れることさえ出来なくなったあの夜が記憶に染み付いて離れない。
『ありがとね……血も繋がってないのにね……ごめんね』
守りたかった、でも手から零れ落ちてしまった、救えなかった妹を覚えている。
見ている前で抜け落ちていく体温と、最後にこぼれた涙の透明さが、感光したフィルムみたいに脳裏に焼け付いてる。
『あたしは、キミが――――――』
――――守れなかった、傷ついた体を、上気する頬を、面影を、くれたすべての優しい言葉を。
……彼女を覚えている。
きっと、あの笑顔を持ったままならば、地獄への道をも歩き抜けると信じている。
冷たく無機質な、打ちっ放しのコンクリートで覆われた地面。本部までの六本のルート、その四本目。
任された道のど真ん中を、俺は仁王立ちで守っていた。
メットの内側で閉じていた眼を、遠くから響くエキゾースト・ノートに呼応して開く。
六本の道を駆け抜けてくるであろうライダーの数は四十二人、俺たち、急造の怪人は合計六人。一本だって、ルートを空けるわけには行かない。どうしたって、一本につき一人しか防衛に割り振れなかった。
ライダーたちは妥協なく、おそらくは均等に攻めてくる。何度計算してみたって、一人が相手にしなきゃいけないライダーの数は七人だった。圧倒的なパワーバランス。きっと、ランボーだって裸足で逃げ出す。
けれど、俺たちの後ろには道はない。
あるとすれば、きっとそれは後悔と自責に繋がる道だ。
そこをひた走ってまで逃げられるわけがなかった。
バイクの音が迫り来る。
神様に祈るのはもう止めた。改造されても、見える姿形は何一つ変わらない。俺の外見はまだ、汎用戦闘員「ドクロイド」としての姿を保っている。
闇を切り裂くハイビームに目を眇める。カーブを曲がった七人のライダーが、有難くないことに陣形そろえて、俺の目の前に躍り出た。ブレーキ音、地面をかきむしるタイヤの悲鳴。ゴムの焼ける音を残して停止する七人のライダー。その内の一人が、俺の姿を見て呟く。
「戦闘員――」
その声にはどこか安堵のようなものがあった。
いつも薙ぎ倒している「その他大勢」の内の一人が、頼りなくこの広い道を守っていたとなれば、それも当然の感情だろう。そんな事を考えながら、俺は言い放つ。
「ここを通りたければ、俺を倒していけ」
出来るだけ不遜な声を作ったつもりだったが、思ったよりかすれて出てしまって、少し情けなくなった。
直後、先ほど呟いたのとは別のライダーが即座に言葉を返してくる。
「無駄だ。戦闘員と俺達とじゃスペックが違う。無用な争いはしたくない。大人しくそこをどけ」
その言葉の内側には嘲笑の響きはない。ただ単純に、本当の事を厳然と叩きつける、あらがいようのないはずの言葉だった。
反応を見るような数秒の沈黙。
その静寂の重みに足が震えそうになる。七人のライダーの視線が集中する。
――けれど、俺の頭の中には、忘れられない大切な人たちの想いがあるから。それに支えてもらって、笑いそうな膝を押さえつけて、腹に力を入れた。それでどうにか、膝の震えは引いていった。
深く息を吸い、左方真っ直ぐに両手を突き出す。ベルトが、僅かな輝きと共に唸りを上げる。
「悪あがきはよせ、戦闘員。結果は見えている。これ以上遮るようなら――」
「違う。俺は戦闘員じゃない」
ライダーの言葉を跳ね除けて、俺は腹から声を出した。今度は、かすれなかった。
そうだ。もう俺は、ただの戦闘員じゃない。
手をゆっくりと大きく、弧を描くように回し、右まで持ってくる。
言葉を失ったように沈黙するライダーたちの目の前で、俺のベルトがスパークするように輝いた。エネルギーがほとばしり、俺の体を染め上げて、端から作り変えていく。
「馬鹿な――」
「ただの戦闘員じゃない?! こいつ――違うッ!」
ライダーたちが構えを改める。
こいつらが、俺を戦闘員と見なくなった瞬間から、俺は別の存在になる。
変えられなかった昨日のために。
悲しみに流した涙のために。
今このときから、誰にも負けないために。
愛していた、守りたかった全てのために。
誰かにとっての、たった一人の英雄であるために。
俺は右手を左前に突き出し、左の拳を強く引いて、ありったけの声で叫んだ。
「―――― 変 身 ――!!」
「なッ……その姿は――」
「仮面ライダー!?」
どよめき、一歩引くライダー達。とっさに叫ばれる固有名詞……だが、それも外れだ。
溢れ出る光は、そのうち俺の視界さえもふさぐ。
腕を戻すこともないまま、俺は答えを呟いた。ベルトからの光が薄れていくころに。
「それも違う。 俺は――――仮面ライダーでもない」
そう。
俺は――――