【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第二十八話-  

僕が誓う全て 全てを懸けて僕は失っていく









 
 彼女と別れ、トレーラーのドアから外に出た。
 後ろで扉が閉まる音。ルートへ向かう車両へ乗り込むため歩き出そうとした。――その刹那、俯きがちにしていた俺の視界に、細い足と白衣の裾が映り込む。
「――」
 視線をゆっくりと持ち上げれば、ドクターがいた。俺のメットを見て、「いつも通り湿気たツラだな」と冗談を飛ばし、いつもより少し弱弱しいけれど、それでもシニカルな笑みを浮かべて見せてくれた。
「能力の説明は、頭に入ってるか?」
 確認するような問い。
 彼女の事に触れないのは、きっとこの人なりの優しさなんだろう。
 こくり、と頷く。俺は今はもう、ただの戦闘員じゃない。
「システムの説明はさっきした通りだ。急造とはいえ、あたしに出来る事は全部した。それでも……キャパシティの問題はどうにもならない。言ってみれば、今のあたしに出来ることは蛇口の勢いを調節することだけだからな。受け皿を大きくすることは、出来ないってことだ。……何度も言うが、あんたの力はライダー級でも、器自体は殆ど戦闘員のものだ。だから、無茶したら途端に崩れるからそれに気をつけろ。……それから……」
 俺に反論する暇を与えないように、矢継ぎ早にドクターは言葉を続ける。
 もしかしたら、俺に何も言わせたくなかったのかもしれない。それは、きっと気遣いから。
 けれど、俺はそれを受けるわけにはいかない。
 確かめたい事があるから。
「ドクター」
「――」
 真摯に、訴えるように呼びかけると、怒涛のような言葉が止まった。
 ドクターは暫し黙すると、髪を後ろにさらりと払いながら返事をくれる。
「……なんだ?」
「彼女はまだ、子供を産めますか?」
 間髪入れずにぶつけた問い。
 僅かな沈黙。ドクターの肩が上下したのが、見えた。抑揚を抑えた声で返答が来る。
「……ああ。でも、あんたの精子は本部と一緒に……」
「俺の子供じゃなくても良いんです」
 これも、迷いなく言えた。彼女なら、きっと、誰かとまた幸せにやり直せると思うから。
 はっきりと、でもとても密やかに、ドクターが息を飲むのが見えた。
 ……ほんの少しの沈黙の後、寂しげに、痛ましいものを見るような表情を浮かべ、彼女は数度、頷く。ターコイズグリーンの髪が、ライトに照らされて揺れた。きっと、ドクターはすべてを分かってくれた。
 状況は、笑ってしまえるくらい絶望的だ。
 彼女はすべてを知っているから、きっとそういう顔をしたのだろう。
 トレーラーのエンジン音だけが、俺とドクターの間の静寂を埋めていた。
 痛いくらいの沈黙の最中、ふとトレーラーの窓から、ドライバーが顔を出す。
「ドクター、そろそろ乗車を」
「……ああ、すぐに行く」
 急かすような声にドクターはゆっくりと踵を返し、トレーラーへ向けて歩きながら毅然とした声で言った。
 迷いないかに見える足取りは、しかし三歩目でぴたりと止まる。
 俺がそれをいぶかる前に、ドクターは思い出したように振り返った。その表情に、弱さはもうない。ただ、どこか少しだけ寂しそうな笑みが浮かんでいるだけ。肩越しに流し目をくれて、ドクターは言った。
「……言い忘れてたけどさ。あんたの事、好きだったよ」
 これからの戦いを前に凪いだ心は、不思議なほど落ち着いてドクターの言葉を受け入れる。
 彼女は続ける。俺は言葉を差し挟まない。
 独白じみた調子で。
「……でも、あんたを幸せに出来るのはあの娘だけだ。そしてあの娘を幸せに出来るのはあんただけだ。だから、――帰って来い。必ず帰って来い。どんなにボロボロでも、治してやるから……」
 それが叶わないことだと、きっとドクターのほうがよく分かっているのに。
 それでもそう言ってくれることが、俺にとってはずいぶんと救いになった。
 自分は最後まで必要とされていたのだと、そう信じながら戦いに赴けるのだから、決戦の前の言葉としてはこれ以上なく幸せな部類なのだろうと思う。
 だから、俺はメットの内側で微笑んだ。
 トレーラーのライトの逆光で、ドクターの表情が見えなくなる。
 去り行くその姿に、最敬礼をしよう。
 トレーラーが見えなくなるその瞬間まで、手を下ろさずに――。
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