【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  interlude-5  

 ――接触は一瞬で終わった。
 剣と化したあたしの腕がそのライダーの首を跳ね飛ばす。
 ボールが飛ぶみたいに、頭は二度三度小さくバウンドして、食堂の隅へと転がっていった。一拍遅れて、血を撒き散らしながら、首を失った身体が倒れこむ。正面にいたから、あたしは浴びたくもない血のシャワーを浴びる事になった。噛み締めた奥歯が、ちりりと痛む。

 まともにやり合えば勝ち目の無かったであろう相手。純粋な戦闘力では、今までのライダーとは桁が違うはずの相手を、無傷に近い状態で止めることができたのは、僥倖だったというほかない。
 けれど、あたしの心は晴れはしなかった。
 今しがた動かなくなったライダーは、少し昔まではこの組織にいた戦闘員だった。
 高い素体性能を持っていて、統率力もあった。怪人になる候補でもあったのを、よく覚えている。ドクターと呼ばれている以上、過去に担当した戦闘員や怪人のデータは、隅々まで記憶していた。彼らが死んでしまえばもう使うことがないデータだと判っていても、あたしは必死に、忘れるのを拒む。……贖罪に繋がるかもしれないなんて、つまらない美意識の表れのために。
 その戦闘員が任務で敗れ、行方知れずになったことまではあたしの耳にも入っていた。
 どこをどう辿って、こんな姿になったのかはわからない。どこの誰がこうして改造を施したのか――何故、今こうして、仮面ライダーとしてここに降り立ったのか。
 推測なら幾らでも立てられる。けれど、全てはIFの話で、語尾にもれなく"かもしれない"がつくような推論だ。
 幾ら推理したところで、終わってしまった話は覆らない。
 かつて女を好きだった男と、男を好きだった女がいて、男は消え、女は新しい恋を見つけた。けれど男は生きていて、不完全な身体で戻ってきて、女の前に現れた。けれど女は、男の姿を見ても、誰だかわからない。男は怯える女を、本能が求めるままに喰らった。
 気絶した赤毛の少女の顔は、恐怖に引きつって固まっている。蘇生処置を施さなければ、本当に戻って来られなくなるだろう。――それだけは許されない。何に取り返しがつかなくなっても、それだけは。
 この娘がいなくなってしまえば、「あいつ」は潰れてしまう。あの気のいい戦闘員は、この娘を支えにして生きているから。
 屈み込み、腕と足をもぎ取られた彼女の体を出来る限りそっと抱き上げる。その軽さに、ぞっとした。
 触腕を展開し、四肢に止血を施しながら、鬱々と塞ぎこみかける胸を自分の右手で掴んだ。
 ――あたしは、何を悔いようとしている? 何を悔いればいい?
 ひどく後悔した時のように、あたしの心には暗雲が垂れ込めていて、振り払えないモヤがかかっている。けれど、あたしに何が出来たのだろう?
 戦場に送り出した戦闘員が死なないように、少しでも強くしようとする努力を怠ったことはない。いつもやれる限りのことはやっているつもりで、それでも彼らは死んでいく。恨み言は聞き飽きるほど聞いて、けれどここまでやってきた。

 あたしはドクターと呼ばれている。
 けれど、本当の意味で人を癒したことが、一度でもあっただろうか。答えは、否だ。
 目の前に広がった残酷な現実は、あたしに嫌でも罪の意識を突きつける。死んだ男。丈を縮められた女。かつて相思相愛で、けれど最後まで擦れ違ったままだったもの同士。何かがもう少し違っていたなら、一つの恋が実っていたのかもしれない。
 今となっては、むなしいばかりの想像だった。空想は何も生みはせず、男は死んだままで、抱いた彼女の命は少しずつ縮んでいくばかりだった。
 メットの内側で、目をつぶる。ほんの数秒間の黙祷を、殺したライダーに捧げる。
 ――ああ、何を憎めばいい? あたしは何をすればよかったんだ? この現実を回避するために、いつかのあたしに何が出来たっていうんだろう?
 答えなんて、一つも出てきやしなかった。
 行き場のない感情が涙になって、メットの内側で溢れ出す。暫くの間、目はきっと充血したままで、涙の痕が残ってしまうくらい。嗚咽。噛み殺す。
 ――この娘には、何も知らないままでいてほしい――
 それが、あのライダーの最後の望みだというのなら、あたしはそれを叶えよう。この事を聞かれたなら、彼は狂ったライダーで、モノを食らうことを身上とした狂人だったのだと、そう答えよう。
 真実は、決して忘れないで、あたしだけが覚えておくから。
 踵を返す。彼女を抱いたまま、ラボへと引き返す。
 ……彼女のほかにも残っている生存者を、修復しなくてはいけない。
 手が届くなら生き延びさせなくてはいけない。あたしは、ドクターなのだから。

 ――視界が滲む。
 涙腺、なんで残したんだろうな、って、つまづかないように必死になりながら、あたしは思った。
 涙を隠すために、落ち着くまで、変身は解かないことにする。このスーツを、毅然とした「あたし」を守るための殻にして。
 薙ぎ払われたときの打撲の痛みだけが妙に現実的で、抱いた体の重みも、足に伝わる走る感覚も、全てが今にも消えてしまいそうだった――。
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