【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  interlude-4  

 

もしも君に逢えたらなんて言おう。
 ……今の僕が、彼女に想いを伝えることなんて出来ないかな。
 言葉が、喉に詰まって、うまく出てこないや。
「――ダメだ! 早く逃げろ! ここは俺が抑える!」
「でも、それじゃおまえが――!!」
「いいから行けバカ野郎! 俺の命を無駄にする気か?!」
 騒ぎ声が聞こえる。僕は門をくぐって、角で左に曲がった。
 目の前には一人の怪人の姿があった。腕を振り上げて向かってきたけれど、遅すぎる。気が付いたときには、

 僕は彼の腕だけを握っていた。絶え間なく続く咀嚼のために顎を動かしながら、どうやったのかを思い出そうとしてみる。けれど出てこない。きっと覚えている暇もないほどあっという間の出来事だったんだろう。
 白い骨が腕の断面に見える。口に運んだ。ばき、めり、ぽき、って音がして、渇きが少しずつ癒される。
 襲い掛かってきた怪人は、もうどこにもいなかった。最後の腕さえも、こうして、僕が   しまったから。
 屈みこんだ体制から、僕は視線を前に戻した。
 びいびいと、うるさく鳴き喚く警報。
 赤色灯で真っ赤に染まったタイル張りの廊下。
 いつもとは違う色だったけれど、確かに見覚えのある場所。
 ……ああ、帰ってきたんだ僕。
 ……彼女は無事かな。様子を見に行こう。食堂はどっちだったかな。
「止まれ、クソッ、止まれ!!」
「職員は逃げろ!! 戦闘要員はヤツを止めろ、早く集まれ!!」
 ……邪魔するなよ。
 僕は、彼女に会いに来たのに。
 四方から襲い掛かってくる怪人の攻撃。僕の目はその隙間を見出す。攻撃に被弾しない空間を選んで、体を動かしてすり抜ける。考える前に、そうやって体が動く。
 僕は、少しだけ長く伸びた爪を振るった。
 少し硬かったけれど、それは大した問題じゃなかった。肉を切り裂く感触が指先に返るのを感じた瞬間には、地面にぼたぼたと落ちるパーツ。刹那の前には生きていたはずの怪人たちのスクラップ。部品の群れ。はみ出した色とりどりの

 僕はまた歩き出した。ごめんね、と、もうどこにもいない敵に――いつかの味方に、謝罪の声を紡いだ。喉は曇っているみたいで、まともな発音にはならなかったけれど。
 ――とにかく、満ち足りた。
 食堂を探して進む。
 彼女は、いるかな。もう、ここを出てずいぶんになるから、もしかしたらどこかへ行ってしまったかも知れないけれど、会いたいな。そして、何か、言いたいんだ。
 何を言いたかったんだろう。
 会えば思い出せるかな。
 言えなかった事があったはずなんだ。
 何百回と、ともすれば何千回と、歩いた食堂までのルートを、僕はふらふらと歩いていく。
 食堂、と書かれたプレートを見て、僕はあのころと同じ気軽さで、ドアを潜った。
 瞬間、どん、と誰かが僕の体にぶつかった。たたらを踏んで二歩下がる、赤毛の女性。こぼれそうなほど、大きな瞳を見開いて、僕を凝視する彼女。――変わってない。涙が出そうになった。彼女は、ずっとここにいたんだ。
 バンダナを忘れているよ。
 勤めて優しい声で、僕がそう言おうとした瞬間。
 彼女は身を翻して脱兎のごとく駆け出した。僕から、少しでも遠ざかろうとするように。
 一瞬、何が起きたのかよく判らなくて、僕はメットの内側で目を瞬いた。
 彼女は――僕から、逃げ出した?
 そう認識した瞬間に、酷く悲しくなって、僕は彼女を追いかけた。待ってほしかった。
 手を伸ばして彼女を捕まえようとした矢先に、また一人の怪人が横合いから襲い掛かってくる――少し油断したみたい、ハンマーのようなもので横薙ぎに殴られて吹っ飛ばされる。
 椅子だの机だのの群れに突っ込んで、意識がゆれた。ダメージは本当に少しで――行動に支障なんて、ありはしない。すぐに立ち上がる。そして、僕を殴りつけた怪人と、音に驚いたのか、立ち尽くす彼女を視界に納めた。
 すぐに行くよ。君のところへ。
 ――だから、ああ、邪魔をするな、怪人。

 僕は

 戦闘の度に

 相手を    なるんだから

 瞬撃、僕の手の爪は二秒半の時間もかけずにその怪人を解体する。切り裂き、或いは食い込ませて引きちぎり、苦悶の声さえ上げることを許さないまま喉にかぶりつく。食いちぎった痕はいびつな鉤裂きになっていて、呼気のもれるひゅーひゅーという音が出来損ないの笛みたい。二の腕、足首、脚、胴、手、指、頭蓋……一つ一つを満たされるまで堪能して、

 ――そしてまた、相手はいなくなった。
 視界に移るのは震える彼女だけ。脂汗をびっしりと浮かべて、蒼白な表情をして、こっちを見ている。
 ……ごめんよ、怖がらせるつもりじゃなかったんだ。
 僕は、こういう体に、作られているから、戦うたびに相手を  ないと、……あれ?

 足りない。

 心臓が、ざわめく。
 まだ満たされない。
 もっと、  たい。
 
 あ、ア、とま、ラない。

 調理場のドアが開く。
 何人か、調理服を着たままの従業員が飛び出してきて、
 そうだ、彼女以外ヲ食べヨう。
 一人残らず、平らげる。かけらも残さないように引き裂いて。
 食べた傍から、じゅうじゅうと僕の中で溶けて染み渡って、またその分だけ僕は強くなっていく。
 それが僕に与えられた特性だと、いつか、聞いた、ような気がした。
 ――押し殺した悲鳴が聞こえる。這いずるように、僕から遠ざかるように、まだ逃げる彼女がそこにいる。
 ああ、待って。大丈夫、君だけは食べないから。逃げないで。
 ぶち、ん。
 金切り声が響いた。彼女が叫ぶ。――そんなつもりじゃ、なかったんだ、けど。
 ……痛い? ごめんね。君が逃げるから、足を取ってしまっタ。取るつもりなかっタノニキミガニゲルカラ。

 アア、あ、何を、言いたかったん、だっけ。

 ぼく、きみに話さなきゃならないことがあるんだ。
 話せないまま、行っちゃったけど、そう、ぼくは、きみが――キミガ……
 ……そんな目で、見なイで、怖ガラナイで聞イテよ。ナンデナクノ? イタカッタノ?

 ああ、ねえ、行かないで、どこにも。
 ごめん、ね、きみと、ひとつになりたいな。
 すぐ、すませるから、ね、コワクナイ、ヨ。
 びしびしと、ぼくのイシキにはひびが入る。

 ぞぶり、というおと。
 ヤッパりだ。きみノにくハ柔ラカくって美味シイ。
 叫ビ声がぼくのみみにひどく甘クひびいて、だからそれを聞きたくて、また牙を立てて、――う?
 う、あ、あう。
 ああ、ごめん、そんなつもりはなかった。君を傷つけたくなかった。
 僕は、……ぼくは、ただ、

「……あんたッ……何……してやがる……!!」

 乱入する影。走り込んで来る女性。ターコイズグリーンの髪。
 ――ドクター。覚えている。
 それでも僕の腕は、反射的かつ機械的に動く。走ってきたドクターの体を薙ぎ払った。
 変身さえしていない彼女の体は、それだけで遠くへ吹き飛んだ。まるでさっきの僕みたいに、椅子と机を派手に壊しながら倒れこむ。

「グッ…!? けはッ、……あんた……極端化された、その特性、まさ、か……」
 ドクターは、腹を抑えてゆっくりと立ち上がった。
 赤い非常灯に照らされながら、唇からこぼれる血液は更に赤い。
「…………昔その娘と居た……?」
 ドクターは、聡明、だった。
 あの時も、そして、今も。
 僕は、まとまらない思考ヲ、垂れ流ス。
「どく、た。僕、仮面ライだーをやってタンです。僕ね、ケッコウ仮面ライダー、スキダッたンデスヨ。ミンナヲ守ってたんです。デモ、ダメダ。ダメナンダ。オサエラレナイ。ヒトガオイシクテタベルノガタノシクテジブンガイヤデタマラナイ。あ、ア。ドクター。お願イ。僕、カノジョに嫌われタクなイ。ダカラ……僕ヲ殺しテ。食人鬼のまマ。彼女ニハ言わナいデ。オ願い。お願イでス、ドくター……ァ」
 今こうしている間にも爪ガ、ズイブンと小さクナってしマッタ彼女ヲ引き裂こうトしていて、牙の裏側デ舌ガ待ち焦ガレテいる、ぼくハもう、……終わりダ。
「……あんたは、人を食って喜ぶ……最低の…………ゲス野郎。そういう……事だな……」
 ひどく疲れたような声で、ドクターは呟いた。
 ゆら、とドクターの体が揺れて、装甲衣を身に纏う。体力の消耗のせいか、装甲はどことなくくたびれていた。
 デモンクラーケンへと姿を変え終えると、ドクターは、僕へと疾駆する。
 近づいてくる終わりに、僕は、抵抗しないように、ゆっくりと目を閉じた。

 アア。
 好きダッた。
 君ガ僕と同ジ組織に入ってクレて、凄く嬉シかったンダ。
 友達トシてしか君は見てなカッたカモシレナいケど、


 ――好きだったんだ……。

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