【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
-第二十四話-
強く打たれ すべての罪を流して欲しかった
広がっている光景は、惨状の一言だった。
喉から出るべき言葉が、詰まってしまったかのように出てこない。
急ごしらえで設えられた粗末なベッド―――いや、ベッドと言うのもおこがましいほどの、タオルを重ねて敷いただけの地面に、生きているもの、これから死ぬもの、既に死んでいるものが横たわっている。忙しく動いて回る救護班の表情は悲壮で、声をかける事がためらわれた。
うめき声が四方八方から響いて聴覚を埋める。
苦痛を訴え、死ぬのを嫌がる絶望の声。気力を根こそぎ奪われるような錯覚を覚える。
戦争映画でもなければ、お目にかかれないような光景。
確かに自分も、立ち上がれないほどの傷を負って同じように仰臥したこともある。死に瀕した事も、一度や二度の事じゃない。
でも、目の前にリアルに広がる光景は、俺の――そして同僚二人の口から、言葉を奪い去っていく。
やがて、めまいを押さえながら俺は足を踏み出した。それに追従する二人分の足音。声もなく、俺たちの足取りはやがて分岐していく。それぞれが、それぞれの大切な人を探しに行くんだと、何となく思った。
俺が向かった先、治療を行っているはずの緊急病棟への入り口には、入隊式で一度見た幹部が立っていた。
デモンクラーケン。名前だけは知っている。言葉を交わした事は、まだなかったが。
何を言ったものか、声をかけあぐねていると、先に向こうから声がかかった。
「待ってたよ」
知っている声。寄りかかっていた壁から身を浮かせたデモンクラーケンの声には聞き覚えがある。
その声は、飽きるほどに聞いた、ドクターの声だった。
「その声……ドクター、ですか。その血は……?」
「……ああ、そうか。あんたはこの姿のあたしを見るのは初めてだったっけ」
思い出したように呟きながら、ドクターはヘルメットに付いた血を拭い去る。と言っても、手も血まみれなのか、ほとんど血の後を引きずって延ばしたようなものだった。赤いメットもそのままに、彼女は言葉を続ける。
「今はさっきの戦闘で変身機能が壊れててね。暫くはこのままさ」
そう言う彼女の全身は、真っ赤だ。メットだけじゃない。もとは白かったであろう装甲板は、赤茶けた液体でしどしどと濡れている。
「……ドクター、血が――」
言いさした俺を止めるように、ドクターは首を左右に振った。胸に手を当てて、細い指を滑らせる仕草。生乾きの血が糸を引く。
「血は、多少あたしのも有るけど、大概はゲス野郎の返り血さ。そんなことより――」
僅かな逡巡。メットの向こう側、ドクターが眼を細めるのが見えた気がした。
ほんの一拍の沈黙を挟んで、ドクターは再び口を開く。
「……今あんたが本当に訊きたい事は……あたしの安否なんかじゃないはずだろ」
「……」
そんな事はない、ととっさに言い返すことは出来ない。さっきから俺の頭の中は、たった一人の事で一杯になってる。俺が言葉を返せないままでいると、ドクターは踵を返した。病棟の中に向けて、ゆっくりと歩き出す。
肩越しに振り返って、感情の薄い声で、ドクターは言葉を紡いだ。
「ついて来い。……ただし、現実を受け止める覚悟が出来たら、な」
病棟の中に進むにつれて、闇色に掠れて見えなくなっていくドクターの背中。
俺は、無意識のうちにその背中を追っていた。
――覚悟?
なんだ、その覚悟って。
あの娘? 彼女がどうなったって?
こんなのおかしいだろ?
だって、悪いことなんかしてないはずじゃないか、彼女は。
どうして俺じゃないんだ。人を殺してきたのは俺だろ。なあ、神様。
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