【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  interlude-3  

世界の神ですら
彼を 救う権利を欲しがるのに









 ――体中がまるでツギハギに犯されたようにガタガタ。
 ヒビの入った体の部位は、まるで出来の悪い合体ロボの玩具みたいに整合性が取れていない。腕を動かそうという信号が届いていないのか、ガードを上げようとしても両腕はピクリとも動いてくれなかった。
 精一杯の抵抗をしたつもりが、ダメージの一つも与えられなかったか。
 途中までは、本当に善戦していたと思う。勝てると確信だってしていた。けれど、所詮は……俺は、ヒーローじゃあなかったのだ。
 ライダーの攻撃は加速する一方。打撃と打撃の間のラグが目に見えて縮まっていく。まるでモーターにかける電圧をじりじりと上げていくようだ。RPMかいてんすうが歯止めを失ったみたいに、二人のライダーは俺に苛烈な攻撃を加えてくる。
 このパターンを、俺は知っている。
 今までの怪人たちも、こうして散って行ったのだ。

 ……倒れられない。
 俺は心の中で叫ぶ。口から生まれるのは、傷を追った猛獣の呻きだけだ。もはや声にすらならない。倒れたくない。精一杯に心の中で念じて、ただ棒のようになった二本の足を曲げないために全力を使う。
 たとえ、その先にあるものが死だけだとしても、俺はグランドライオンなのだ。
 グランドライオンは……ドクターが作った、最高傑作だ。
 俺はその看板を背負ってる。重すぎる看板だ。ここで倒れたならば、その看板に――つまりはドクターの顔に泥を塗ることになるのだ。
 それだけは、心の隅に残ったちっぽけなプライドが許さなかった。

 決意を固めた矢先、襲い来る連打。一方のライダーが拳を引いたその一瞬後、流星のようなスピードで右手が霞んだ。
 次の瞬間には顔面にめり込む硬い拳。コンビネーションで俺の両頬を七発立て続けに殴る。まるでマシンガンを連発で叩き込まれたかのようだ。その実、この拳が持っているエネルギーは銃弾のそれを遥かに凌駕する。内部組織が二度と再生しないほどまで、拉げて潰されているのが明確に解った。防振機構を備えた脳が、がくがくと揺すぶられた。俺から正常な判断を奪う。
 同時に背中の筋肉が抉り取られるような感覚を受けた。口から奇怪な音が、音声にならない苦悶が迸る。一撃でその破壊力。拳か、手刀か、はたまた蹴りか。その正体は定かではなかったが、右の背筋が残らず断裂し、俺の体は大きく傾いだ。手酷いダメージを受けたことだけが、確かだった。

 ――限界が見える。逃れられない運命が近づいてくる。
 腕を動かすことも、体をまっすぐに保つことも出来ない俺に、ライダーの最後の一撃を止められるのか。そんな問いが頭を去来して、俺はどうしようもない気持ちで自嘲した。
 ……決まっている。止める事なんて、出来はしない。

 体に感じる痛みすら最早ない。単に体を揺らす振動と化した、ライダーたちの熾烈な攻撃。それを他人事のように感じていると、瞼の裏側に、俺が背負っていたもの、護りたかったものが去来した。懐かしい思い出も、最近の思い出も、ひっくるめて流れていく。
 縁起の悪いことに、こいつが世間で言う走馬灯って奴みたいだ。
 ……ああ、俺はここでリタイヤする事になるらしい。

 戦いとは、異なる二つの勢力がぶつかり合うことを言う。
 背負うものがあったのは、俺も向こうも同じで、それを思う心も同じ。
 俺がドクターや、多くの愛すべき馬鹿野郎たちを護るために戦っていたのと同じで、ライダー達にも恋人や肉親や、その枠に収まりきらない、平和に暮らしている人たちを護りたいって思いがある、筈だ。
 ……その想いでは負けないと信じていた。
 けれど、終わりはやってきてしまうらしい。
 俺一人じゃ、ライダー二人を、倒せない。 

 その確信の一瞬後、動きそうにない表情の代わりに心で泣き笑いをして、俺は通信回線を開いた。覚えている後輩のシリアルに、送信専用の回線で通話を開始する。
 痛みを忘れた体が、どうしようもなく死が近いことを予感させた。
 俺の脳が死んでしまうその前に。
 俺の存在が壊れてしまうその前に。
 最後に、あいつに一言残していきたかった。
 ――もしかしたら、ここに確かに俺が存在したのだということを、あいつに覚えていてほしかったのかもしれなかった。
 繋がった瞬間に、俺はあるだけの言葉をすべて垂れ流そうと、言葉の波を止めていた堰を切る。
『……お前のシリアル、これであってたよな? 遺言って奴だ。ええと……そうだな』
 ああ、何もかもがうまく言えないけれど……俺は、お前に復讐してほしいわけなんかじゃなくて、ただ……ただ。
『とりあえず、こいつらを恨むなよ。こいつらは俺達と違って、大概の奴らは無理矢理改造されたんだ。それに、お前が挑んだって死ぬだけだ。……それに、な。こいつらはきっと……俺達の大切だった奴らを守ってくれる。きっとな』
 纏まりのない言葉の列を垂れ流す。説明しろって言われても、出来ない。俺は思ったことしか言えないんだ。だって、もう時間がない。
 ライダーの攻撃が途切れる。
 それが最後の一瞬なんだと悟ったときに、ふと閉じた瞼の暗い闇の中に、揺れるターコイズの髪が見えた。――ほんの僅かの間だけ、ドクターに何も言えないことを後悔した。
 あの人に伝えたい言葉は、結局最後まで胸に仕舞ったままだった。
 俺の口から言わなくちゃ意味のない言葉の列。それを後輩に託すことなんて出来そうにない。だから、俺は歌いそびれたラブソングを連れて、空の上に行かなくちゃならない。
 ――悔いだというなら何もかもが悔い。
 けれどその中でも、これは一番の心残りだった。

 言えばよかった、けど、言えなかった。
 すみません、 ドクター。
 ……そろそろ時間みたいです。

 ふわりと、唐突な浮遊感。
 それが終わりのベル。
 俺の身体が、空を飛ぶ。

 ライダーの雄叫び、追ってくる紅い目の光。

 最後に残す言葉は何にしよう。
 ひどく短い一瞬の間に、それを少しだけ考えて、後輩に言い残した。

『……お前はお前でいろ。そうだ。俺の名前……言ってなかったな』

 耳すらもう、聞こえない。
 ライダーが何か叫んでいるけど、 その意味が汲み取れない。

『ケイ。蛍って書いて、ケイっていうんだ。
 女みたいだろ。昔よく笑われたよ――』


 続けて少し笑った、その瞬間。
 俺の身体に入った亀裂を、二人のライダーがさらに大きく引き裂いた。

 ――言えなかった台詞と、装甲板の内側に潜ませた、ドクターの写真。

 最後まで、後生大事に抱えたそいつらと一緒に――俺は、飛んでいく。

 世界はすぐに白く霞んで。
 亡くなった。
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