【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第十二話-  

飲んで飲んで
飲まれて飲んで








「……その辺にしておいたほうがいいんじゃぁ、ありませんか」
 随分前からこの屋台を取り仕切ってるヤツが、あたしの飲み方にケチをつける。
 ふと見ればごろごろとあたしの横に、中身のないビール瓶が転がっている。
 しばらく感慨なくそれを眺めてから、あたしはグラスを突き出した。
「注げ。これは、命令だ」
 命令の言葉が出ると流石に逆らえないらしく、屋台の主は僅かに肩を落としながら新しい瓶の栓を切った。
 グラスに満ちていく黄金色の液体と、憂鬱な重み。
 飲みすぎれば次の日が辛い事なんて判っている。それでもあたしは酒を飲む。溢れそうになる冷えた麦酒を、泡ごとかっ食らうように飲み干していく。もう、味なんてわからない。思考も胡乱だ。ドクターなんて肩書きからすれば、とんでもない失態だと思う。
 ――きっとこの酒は、あたしが飲んでいるんじゃない。最後まで帰ってこなかった、あいつの魂が飲んでいるんだろう。
 そうだとすれば、この堰を切りそうになる涙にだって、理由がつくだろうから。
「っ……」
 唇を噛み、涙をこらえる。半分まで減ったグラスの中身にまた口をつける。
 喉を通り抜けて落ちる炭酸と微量のアルコール。冷たく落ちて、体の芯を冷やしていく。かっかと火照る体には、この位がちょうどいい。
 カウンターの向こうでは、店主が黙々と焼き鳥やらおでんやらを調理している。
 背中を向けているのは、きっとあたしに気を利かせているからなのだろう。何も言われなくても、なんとなく判る思いやり。
 ――その無言の背中に、一瞬。
 出て行く間際の、あいつの姿が重なった。
 無骨な獅子の姿をしてるくせに、奇妙に小さく見えてしまった、あいつの最後の後姿。

 ――「帰ってきたら、ずっと言えなかった事を言わせてください。必ず……必ず帰ってきますから」――

「……嘘つき」
 ぽつり。
……呟いても、あの気のいい男は帰ってこない。
 皆、そうだ。
 いつもいつも、言いたいことばかり言って、怖いくせに何も言わないで出て行って。
 帰ってくるって約束して、絶対に帰ってこない――

「……、っく」
 ……格好悪いな、とぼんやりと考えた。漏れる嗚咽は止めようがない。認めるのはイヤだけど、あたしはどうも、相当な泣き虫みたいだ。
 涙が迫り上がって来る。
 白衣の袖でぐしぐしと涙を拭った。
 店主の背中からあたしは目をそらした。自然、視線は屋台の外に向く。
 そのとき、ふと視界の端に、見覚えのあるシリアルの戦闘員が映った。
 何度も何度も目に焼き付けて、見えればすぐに反応するほどになってしまった奴のシリアル。
 ……酔った勢いに任せてあたしは席を一度立った。
 一人で飲む酒は苦すぎて、きっとあたしには耐え切れなかったのだ。



* * *




 本部内、屋台前。
 歩いていたら、ドクターに捕まった。
 コップになみなみと注がれたビールの処理に困りつつ、俺はドクターの隣に座っている。
 俺が来る前からだいぶ飲んでいたのだろう、数えるのが少し怖くなるくらいの空の瓶が整列していた。
「恨んでんだろ、あんな弱い怪人にしやがってーって」
 言葉に続いて、ドクターはグラスをぐっと傾ける。見るほうを心配にさせるような飲み振りだった。
 顔は紅潮し目は潤み、そろそろ飲むのをやめさせたほうがいいんじゃないかって思うけれど、言い出せる雰囲気じゃない。
「そんなこと……」
 ありませんよ、と返そうとして言葉に詰まる。正直に言えば少し、思うのだ。もしこの人が先輩をもっと強い怪人にしていれば、もしかしたら……と。
 今となってはそれが全てIfの話にしかならないことなんて判っている。
 それでも、俺は一瞬だけ浮かんだその考えを、否定し切る事が出来ない。
 言葉を浮かべるのを躊躇った俺を見てか、ドクターはだん、とグラスを置いた。
「……あたしだってなー……」
 絞り出すような声。
「?」
 その震える肩が、爆発の前兆だったと気づいたのは一瞬後だった。
「あたしだって必死なんだよぉーっ!!」
「イ、イィーッ!?」
 思わず声が漏れてしまうほど強い力で頭を引っ掴まれた。大切なことに気づくのはいつも遅すぎる、もうちょっと先見の明をあいてて、いてて、いてててて!!
 アイアンクローだ、プロレス選手も真っ青だ、痛い痛い痛い……ッ!!
 ドクターはお構い無しに話を続けて行く。
 それと同時に、少しずつ力も抜けて行った。少しずつではあるが、聞き取る余裕が出来てくる。
「快心の改造を施してみりゃあっさり負けて、その都度大佐の野郎に小言言われてっ!!」
 メットを圧迫する手が緩み、するりと力なく滑り落ちる。
「……あたしだって誰も死なせたかないさ!だからいつだってベストを尽くしてる!!」
 零れ落ちていく涙が、白衣に染みを作る。言葉を挟むなんて無理だ。吐露される苦悩は、俺にはどうしようもないことだから。
「でもみんな死んじまう、みんな帰ってこないんだよ。――いつだって死なないように最善の改造をしてたつもりだっての……」
「……」
 涙に濡れた瞳が、俺を捉える。
 何も言えずにビールのグラスを揺らす俺から目を離さないまま、ドクターは口を開いた。
「…あんたは死ぬなよ、な」
「……」
 自分にもわからない未来を約束するなんてことは出来なくて、一瞬、躊躇う。
 ――それは二度目の失敗だったらしい。
「返事はどうしたこらぁーっ!!」
「イ、イィーッ!!」
 二度目のアイアンクローに、俺はまたもや悲痛な叫びを上げる事になるのだった。



 俺はドクターがどんな事をしているか知っていた。
 けれど、あの人が心の中で何を思っているかなんて、考える事はなかった。
 ……死を悼み、酒を浴びるように飲むドクター。
 そんな彼女の姿を見て、俺は口に出さなかったさっきの思考を後悔した。

 ……ドクター、すんませんでした。
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