【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第五話-  

人に触れていたいと
思うことを 恥じて








 ざわめきが俺の耳を擽る。
 周りは活気で溢れていた。
 場所は組織の食堂。戦闘員でごった返したカウンター前、列の後ろに俺はいた。
 今日は特別出動も無く、事務作業だけで一日が終わりそうだ。深夜にサイレンが鳴り響かない限り、俺はきっとまた上る日を見る事が出来る。
 そんな事を考えて、溜息をついた。……いつまでこんな生活が続くんだろう。
 終わりの見えない責め苦と言うのは、その辛さが何倍にも感じられるものだ。後どのくらい続くんだろう、自分はそれまで生きていられるのか、そんなことばかり考える。
 思考の迷路だ。いつまで経っても明確な回答が出ない分、始末が悪い。
 平穏だった日々を遠くに感じながらボーっとしていると、
「次の人ー? あ、そこの人、順番ですよ」
 跳ねるような声が飛んできた。順番が回ってきたらしい。
鬱々とした気分だったので、相手の顔も見る気にはなれなかった。俯いたまま注文を飛ばす。
「……じゃあ、カレーライス、ひとつ」
「はーい」
 会話はそこで終わってしまった。メニューを頼むと、すぐにまた思考は内側に向かって広がって行く。
 近頃、気力とか覇気とか、そう言うものが身体から
どんどんと抜け落ちて言っているのを感じている。
 だから思考も必然的にネガティブな事ばかりになってしまう。
 暗澹とする思考の中で行き着くのは、いっそ死ねたらとかそう言うもので、――そうだなぁ、どうせ死ぬならいっそ富士の樹海にでも行って遭難……

「おまちどうさま」

 そんなバカな思考の終わりは、いつもなら生きなければならない理由を思い出す時だったのだが、その日は少しだけ勝手が違った。そんな事を考えた俺を諌めるようなタイミングで、目の前にカレーライスが差し出される。
 でも、それは若干注文とは異なるものだった。
黄金色のルーと若干大盛りの白米はともかくとして、キツネ色に揚がったトンカツがその上にどっしりと鎮座している。もちろん、俺はカツカレーなんて頼んだ覚えはない。
 頭に疑問符を浮かべて、今度はその配膳師の顔を見る。さっき聞いた声の通りの若い女の子だった。支給品と思われる真っ白いバンダナに、ニコニコと笑っているピンバッジをつけている。厭味のない透けるような赤毛をバンダナで隠して、黄色のエプロンを掛けていた。
 俺が戸惑っているうちにくるりと身を翻して次の配膳に移ろうとするので、思わず俺は彼女を呼び止めた。少し焦りが混ざってしまったか、若干早口に。
「あのーすいません、俺カツカレーじゃなくて普通のカレー頼んだはずなんですが」
 鍋まで辿り着いていた彼女は、おたまを片手に振り返る。
「? ああごめん、間違えちゃったかな。……まあ、サービスって事で。 その代わり、主任には秘密。ね?」
 バンダナのピンバッジといい勝負をするくらいの笑顔を浮かべて、人差し指を口に当て、「ないしょ」とばかりに彼女は悪戯っぽく言った。 ……こう、何と言うか、いい。笑顔のよく似合う女の子だと思う。
「あ、えーと、うん」
 しどろもどろになって、気の効いたことの一つも言えないまま、後ろの奴にせっつかれる前に 俺はそこを離れた。
 少し距離を離してカウンターの奥を覗くと、彼女は忙しそうに――でもどこか楽しそうに、よく動く表情をきらめかせながら懸命に働いていた。
 彼女が好意でトンカツを乗せてくれたのか、それとも本当にミスでトンカツを乗せてしまったのか、それを確かめる方法は今の俺にはない。
 ……けれど、どうしてだか、前者だと信じたいと思う自分がここに居たりする。
 現金だなあ、と自分を笑って、帰り際にスプーンを手に取り、適当な場所に陣取った。

 席について息を深く吸い込み、よし、と気合を一つ。
 さあ、現実的な問題と対面しよう。

 ……俺、トンカツ好きじゃないんだけど。食べきれるかなぁ……?
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