【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第四話-  

飛ぼうとしたって
羽なんて 無いって









 生きているというのは、どう言うことなんだろう。

 夢の淵で俺はそんな哲学的な命題を考えていた。
 生命活動が単純に行われている事を意味するのか?
 それとも、何かを心から楽しむ事が生きるって事なのか?
 生を謳歌する、と言う言葉もよく聞く。
 大概が、生きる価値があって、生きる事を精一杯楽しんでいる人たちの言葉だと思う。生きるのに一生懸命になっているってことだけは、俺は自信を持って言えるけど、でもそれを楽しんでいるかどうかってなるとイエスとは言えなくて――ああ、思考が、纏まらない。
 
 全て不確かな眠りの淵で、俺が最後にした胡乱な思考。
 それは、まだ俺は夢を見る事が出来る、と言うことだった。

 目が覚める。
 潮が満ちるような、緩慢な目覚め。 眼を開けると、見なれた天井が見えた。
 ごろ、と顔を横に向けると、これまた見慣れた白衣とその後姿が目に入る。
 この光景から判ることは、たった一つだ。……俺はまたライダーに負けて、回収されたらしい。
 前後の記憶がはっきりとしない。気絶する前に、自分がどんな方法で倒されたのかが思い出せない。拳だったか、足だったか、手刀だったか……唯一覚えているのは、ライダーの輝く複眼のような目が目の前にまで迫ってきたことだけだった。まだ麻酔が掛かってる感じがする。
 身体を動かそうとしてみると、身体と身体がまだ繋がっていない感じがした。五体が一度ばらばらになって、それから縫合されたみたいな感覚。どこかぎこちない。身体を起こそうとしてもまだ力が入らず、結局諦めた。
 それでも手だけはどうにか動く。握ったり離したりを繰り返していると、俺の身動ぎに気付いたのか、ドクターが振り向いた。 口を開く。
「ああ、目、覚めたか。 おはよ」
 なんと言葉を返すべきか俺が計りあぐねていると、ドクターは言葉を続ける。

「……今回は頭部以外、ほとんど壊れてたから交換しておいたよ、頭部以外ね」
  
 その一言で、ふっと目が覚めた。
ツギハギにされた身体は形容じゃなくて本当のこと。嫌になるくらい麻酔が効いているのは、今すぐ動けばまた脆いところから壊れて行ってしまうからだ。ようやく納得した。
……交換。俺達は壊れたら、別のものと替えられる。腕を取り替えられたり、代わりの人間が派遣されたり。――代わりなんて、本当はいるわけ無いのに。
 駒としての代理が果たせればそれでいいんだって言っているみたいに、どんどん死んだ奴の後釜に新入りが納まって、そしてそいつらは慣れる頃にはまた死んでいく。その繰り返しを、俺は嫌になるほど見てきた。少し年を重ねただけで、容易に「古株」と呼ばれるようになるこの組織の死亡率の高さ。それをよく知っている。
 まるで、一つの大きな機械を動かすための歯車になったような気分だ。歯車一つ一つの人格は無視されて、必要ないと切り捨てて考えられる。
……仮面ライダーになりたかったあいつは、気のいい同僚だったあいつは二度と戻ってこないのに。
 そんなことは瑣末だと切り捨てられて、また代わりの人間があいつの席だった場所に座るのか。
 そんな事を考えたら、知らず知らずの内にぎり、と奥歯に力が篭った。
「またか……」
 さっきまで出てこなかった声が、怨嗟の形を繕って俺の口から飛び出して行く。
「また、そうやって勝手に……俺の体なんだぞ! この腕も! この脚も! 俺の身体なんだぞ!? 好き勝手にいじるな!いじらないでくれよ!」
 怨嗟から懇願へとシフトして行く俺の叫びに、ドクターは憐憫と冷徹を綯い交ぜにした瞳を向けた。
「……そうだね、確かにあんたの体だよ。けど……それ以前に、あんたは組織の備品だ。 壊れてもとっかえの効く備品。……あたしも、ね」
「…………」
 言葉が止まってしまう。
 僅かに自嘲するような響きまで混ぜて、寂しげに言ったドクターの言葉に、俺がそれ以上の何かを塗り重ねる事は出来なかった。追い打ちをかけるように、ドクターは言う。
「分かっててこの仕事選んだんだろ?」

 ――それは、そうだ。 そうだけど……

 足掻いても、叫んでも、泣いても、暴れても、願っても、祈っても、自由にならない世界。

 そこに沈んだ俺は、生きている?  それとも、死んでいる?
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