【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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|God bless them......|


ずっとそばにいてね 

どこまでもついて行くから 

どこまでもついて行くから……










 手を取る。
 しっかりと合わさる、俺の右手と彼女の左手。
 握り返してくる手の温もりが、俺と彼女のつながりを証明するみたいで、嬉しくなって少しだけ手を引いた。肩が少しだけ触れ合う。バランスを崩しそうになりながら、彼女は俺を見上げて淡く笑った。
 日差しが強い。空には雲ひとつなくて、太陽は惜しみなく光を降らせていた。出発にはぴったりの朝だ。
 ドクターにもう一度別れを告げ、何度も手を振り、バスに乗り込んで流れる景色を見て。
 たどり着いた駅は、ちっぽけだけれど、世界の出口みたいに見えた。
 券売機の一番端に光るボタンを押す。出てくる薄っぺらな紙片は、俺のものも、彼女のものも、同じ色と地名で彩られていた。
 改札に小さな紙片を通す。かたん、と道が開く。こんな狭い改札でさえ、俺も彼女も、手を離そうとしなかった。
 目的のホームは、一本向こう。階段を上って、線路をまたぐ歩廊を歩く。言葉はない。上ったときと同じ時間をかけて、歩廊の階段を下りていく。
 降り立ったホームを、風が駆け抜けていく。
 線路の脇に生い茂る木が、遠目にざあざあと揺れていた。
 話し声も、気配もない。朝早いホームは、人に忘れられたようにひっそりとしている。

 誰もいない。
 たった二人だけの、駅のホームと言う小さなセカイ。

 蝉が鳴くには、もう少しだけ時間が要りそうだった。
 初夏の風は緑のにおいがする。これから暑くなっていくんだろうなって、そんな予感をはらませて吹き抜けていく。
 止まらずに抜けていく風に混じって、遠くから、錆び付いた車輪の音が聞こえてきた。
 がたん がたん がたん がたん――
 それを聞きながらぼうっとしていると、不意に声。
「あの人達の守った世界を…見て回るって言ったよね?」
 顎を引きながら、首を右に巡らせる。輝くような瞳が、俺を見上げていた。
「そうだけど」
「その後は?」
 問いかける声は悪戯っぽい。
「……えーっと……」
 一瞬、返答に詰まる。
 だって、俺は彼女といられる幸せがあるだけで十分だったから。
「あはは、考えてなかったなー?」
「うう」
 図星を突かれて頭の後ろをさする。かなわないなと思っていたら、彼女の声はまだ続いていた。
「……あたしはキミがそばにいるなら、どこだって何だって良いよ?」
 右斜め下から、どきりとするような笑顔。
 日に透けるような赤毛が綺麗で、この時ばかりは、彼女がバンダナをしていない事に感謝した。
 もう、付き合って長くなるのに、顔が赤くなってしまいそうで。
 視線を空に向けて、ごまかすみたいに人差し指の第二関節で鼻の下を擦る。
「あー…と、とりあえずその、あれだ、バンダナ。バンダナ買いに行こ」
「バンダナ?」
「ほら…半年前に俺が借りたまま、その……」
「あれ、支給品だから別に良いのに」
「あ、いや、え、えと……バンダナのついでに、
いやついでとかそんなわけじゃなくてって言うかえーと……」
「…なに?」

 首を傾げて彼女が俺を覗き込む――

 心臓が、いやってくらいうるさい。 
 ああ、でもここで言わないと。
 ここは、きっと俺たちの新しい出発点だから。
 しどろもどろになるけれど、お願いだから、聞いて欲しいんだ。
 ずっと一緒にいるために。
 君に贈りたいものがある。
 だから、勇気を出して。

「……えぇ、と…………指輪……とか?」

「! ――……うんっ……」

 一瞬呆気に取られたような顔をして、意味を噛み締めるように沈黙して、ぱあっと花が咲くように笑う。
 眩しいくらいの明るい笑みで、俺にいつも幸せをくれる。
 痛いほど好きになって、ずっと抱きしめていたい、俺の生きる道を、一緒に歩いてくれるヒト。





――仮面ライダー、聞いてくれ。
あんた達が勝っても、殺された人間は生き返らなかった。
病気の妹はもういない。だけど――――――




「…ていっ」「ぉあっ?」
 腕にきゅっとしがみつく彼女の重さ、少しだけ崩れるバランス。
 七センチメートルの距離で笑って見詰め合う二秒半。
 遠くから近づいてくる列車の足音。
 それに乗り込めばきっと、俺たちは知らない街へと辿り付く。
 回る車輪が、俺と彼女を運んでいく――



彼女は俺に、いつも微笑んでくれているよ――……。




  列車が見えるその前に、約束するみたいにキスをした。
 それは、この先もずっと一緒にいることであったり、必ず幸せにしてみせる、と言うことであったり……
 数え切れないほどの意味を持つ、幸せなキスを。

 それが、俺たちが過ごしたその土地での最後の思い出だった。


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