【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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第四十話


いやな顔されても好き あなたの横顔、瞳、笑い方も全部愛してる
 














『……我々は今、導き手を失い、光の無い道に立たされている。――将軍が倒れ、首領が眠りについた今我らのすべきことは何か――』

 壇上に上がり、ライトを浴びて、メットを外したドクターが朗々と言葉を紡ぐ。
 謳いあげるかのように言うドクターは、一種のカリスマ性を持っていた。
 その言葉の通りにしたくなる、その言葉を頼りたくなるといった類の。
 聞き惚れるようにして壇上を見上げる戦闘員たちの姿が、かつての自分とダブって見えた。

『それは、耐えることだ。再びその機会が訪れるその時を。我らは敗れたのではない。我らの理想は終わらない。再び首領が目覚める時まで、暫しの別れだ。勇敢なる者達よ――』

 演説が終わるまでは暫く。
 壇上にいるドクターを、誰もがメット越しに見上げていた――その、数分後。

「いやぁ……肩こるわ」
 スーツの胸元を空けてパタパタと手で扇ぎながらドクターは呟いた。左手にはコールドの缶コーヒー。さっきまで演説していた人と同一人物とはにわかには信じがたい光景である。
「いきなりですか」
「さっきからずっと思ってたよ。言わなかっただけだ。揉め。命令」
 ざっくばらんな口調と俺に対するぞんざいな扱い。うん、ドクターだ。
「えー……」
「電流流すぞ」
「揉ませていただきます」
 ドクターの肩に手を置いて、ぐりぐりとマッサージ開始。過剰にすると電流を流されるので注意が必要である。
 俺とドクターの何気ないやりとりに、軽い笑い声が混じった。手にお茶を持ってこちらを伺うのは、赤毛の彼女。
 休憩所の一角、何気ないラジオ放送が流れる、俺たちの『いつもの場所』だった。
 俺はいつものスポーツドリンク。とは言っても、両手が塞がっているので一向に飲めない。
「あー、効くわー」ふにゃりと表情を和らげながら、ドクターは鼻を鳴らす。「そもそも……あたしはね、前に出て話すタイプの人間じゃないんだよ。リーダーの後ろで睨み効かせて黙ってるタイプなの」
「……いや……でも、意外なくらい上手い演説でしたよ」
「あ、あたしも思いました。 なんていうか、凛々しくって」
 思ったことを言うと、彼女もそれに同調してくれる。ドクターは照れ混じりに笑って、手で髪を梳いた。
「あんたらは二人して、全く……褒めても何も出ないぞ。それに、事実を婉曲して話してんだ。そもそもが褒められるこっちゃないよ。首領は寝たんじゃなくてトンズラだしな」
 ちょっと呆れたような感じで言うと、もういいぞ、とドクターは俺の手をとんとんと叩き、椅子から身を翻して立ち上がった。 
「で、あんたらこれからどうすんの?」

 ――何気ない問い。
 でも、ここからの進退を決める問い。
 俺たちは少しだけ顔を見合わせる。
 彼女は笑ってくれた。お茶のペットボトルを片手に、いつもと同じように。
 なら、答えは既に決まっている。
 だから、答えるより先にドクターに聞き返した。

「ドクターは?」
「開業医やろうと思ってる。改造人間も見るよ」

 何気ない言葉は、俺たちの帰る場所の一つになってくれる事を、示唆していた。

「……ドクター」
「?」
「お世話になりました。ありがとうございます」
「……ば、ばか。あたしはあんたらを改造したんだぞ?」
「ドクターで良かったです。……ドクターに逢えて良かったです」

 本心を言う。
 まっすぐ目を見て、そう言って見せたら、ドクターは居心地悪そうに目を左右させたあとで、ふいと顔を逸らした。ひらひらと手を振って、踵を返す。
「…あー…うるせーうるせー。もうとっとと行っちまえ。さっきの調子なら、どうせ行き先だって二人で示し合わせてあるんだろ?」
 流れるようなウィンク。
 ファイルを小脇に抱え、いつもの白衣を翻し。
 飲み終わったらしいコーヒー缶をいいコントロールでゴミ箱に叩きこみ、
「ま……時々は顔見せろよ。 女泣かせ」
 最後に爆弾を置いて、悪戯っぽく笑ってドクターは去っていった。
「女泣かせ?」
「あ、いや、ちょ、ドクターッ!」
 ……無論、俺が弁解に色々手間取ったことなんて、言うまでも無い。




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「――大佐、大使…この世界、そんな捨てたもんじゃないと…あたしは思いますよ」

 ――呟きが空の上まで届くかどうかなんて、知ったこっちゃないけど。 

 施設の中をどうしてか吹きぬけた一陣の風に乗せて、ドクターと呼ばれた彼女はそう呟いた。

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