【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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第三十九話


誰も置いてかないで 名もない花だって
















「うー」
「――――……むー」
「ぐー」
「……んぅー……」

 ぴぴぴぴぴぴバシッ!!
 静寂。

「うー」
「ぐー」
「…………んむー」
「ん…………?」

 カーテンの隙間から差し込む朝日に煽られて、ふと目を開いて時計を見た。
 時計の針の傾き具合がいい感じにレッドゾーンに差し掛かっていた。
 横合いの彼女の温もりがこう、いい感じに俺をまた眠りに誘――――

 って。

「遅刻だぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ!?」
「……んむぅー……」

『次に遅刻したら50万ボルトな』
 笑顔で言ったドクターの言葉が脳裏に蘇る……!
 このままでは間近に迫るデンジャラス電流の気配。危機だ!かつてない危機が!
 横で大声上げた俺に気付いたのか、低血圧な彼女が目を半開きで唸り声。
 ……う。可愛い。て、そうじゃなく!
「何で目覚ましが鳴らないんだよ!?うわあヤバ、ヤバいっ!!ドクターに殺される!?」
「……んぃー」
「ああまずいまずいまずいっ! ほら君も起きてー!?」
「……ふゎ? ……え、あー!!」
「遅いわー!!」




「今日夕ご飯何が良いー?」「カレーでっ!」
 お馴染みのやりとりを交わして、部屋を飛び出す。
 食パン一枚の朝食は少々寂しいものもあるけど、まあ、しょうがない。トーストする暇すらなかったのも、まあ、しょうがない。バターすらなくて塩をひとつまみかけただけなのも……今度から早起きしよう。
 風を切りながら、廊下を駆け抜ける。
 今の俺の職場は新しい組織。戦闘員育成教官って肩書きを貰った。
 けどまあ、今の組織の主戦力は戦闘ロボットだから大した意味もなく。
 お飾り――とは言わないけど、肩に力を入れる必要はあまりない。
 現場に少し遅れて着き、装甲を蒸着する。
 赤を基調としたデザインだ。 ドクロイドのものとは全く違う。
 既に集合していたメンバーの前に咳払いをしながら、少し遅れての登場。
 ダラダラと私語を交わしていたメンバーがやや背を伸ばし気味に、俺の前に整列する。朝のゆるいテンションが少しだけ引き締まったのを確認してから、俺はまず咳払いをしてから、切り出した。
「あー、こほん。 遅れて済まない。それでは今日は富士の樹海で遭難した時の……」
「教官!質問があります!!」
 間髪入れずに手が上がった。
 人の話はちゃんと聞こうな、とアイアンクローを取り混ぜながら優しく言い聞かせたかったのだが、遅刻した負い目もあってすんでの所で思いとどまる。
「……何かな」
「食堂のお姉さんが教官の彼女って本当ですか!?」
 ――ああ、そうそう。
 彼女は戦闘用の改造を外され、また食堂で働いている。
 生き生きしているのは前と同じ。
 どこかに癒しきれない傷を背負いながらも、また前を向いて歩いていけている。
 その一助が出来ているなら何よりだなあ、といつも俺は思うのだ。
 さておき。
 返答はきちんと返さねば。浮ついた調子にならないように注意しながら。
「……そうだけど」
「ちくしょー、狙ってたのにィッ!!」
「教官ー! 誰か紹介してくださいよー!!」
「あんな可愛い彼女がいるならモテるんでしょうー!?」
 返答を返した途端に巻き起こるブーイングとひがみの嵐。俺は額に指先を当てて嘆息した。
 この調子なものだから、いかに力が抜けているかは一目瞭然だろう。
 まあ、こういう空気は悪くはない。
 俺もだらけきった空気のまま、半ば投げやりに返答する。
「……あー、ドクターとかどうだ?キツイし酒癖も悪いけどあれで結構泣き虫で可愛いところも……」
「へえ。そうかい。あたしが可愛いか。そりゃどうも」
 ――ちょっと夢だと思いたい。聞き間違えようのないハスキーボイスが背中で響く。
「げ……」
 隊員が何人か唱和して一歩、合わせたようなタイミングで後退る。
「たまに様子を見に来てやればこれだもんねえ」
 幻聴だったらいいなあ、と言う希望は淡くも粉々になった。
 後ろからバチバチ音がするのは、多分気のせいじゃない。
「……俺が君達に教えることはもう何もない」
「きょ、教官…!」
 まあ……見れば判るように、ドクターも、相変わらずだった。

「50万ボルト、行ってみようかー」
 ばちばちばちばちばちぃっ!!
「あばばあばばばばばばばイ、イィーッ!!」
「教官――ッ!!」

 ――そんな、戦闘のない日常。
 穏やかで、時折こういうことがあったりして、けれどちらつく死の影に怯えることは決してない日々。

 それも半年を待たないある日に突然、終わった。


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