【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第三話-  

深い闇に飲まれないように
精一杯だった 君の 震える手を……










 爆発音。
 ……いや、違う。あんまりにも強力すぎるものだから、ボディアーマーを突き抜けて体の中で反響したんだ。爆発音に似ているだけのただの打撃音――。
 でも、身体に掛かった衝撃は爆発に匹敵する。

 ライダーはいつも、圧倒的に強かった。 暴力という単語を形にしたような一撃は、俺の胸辺りに直撃したらしい。らしい、と言うのも、繰り出される拳もそれが当たる瞬間も、俺の反射神経では確認できなかったから、一番痛む場所から患部を類推しただけのことだ。
 全身がバラバラになりそうな衝撃だった。こんなのに慣れるなんて言うのは奇異な体験だけれど、冷静に考えられるってことがその慣れを証明してる。嫌な話だ。
 瓦礫の山に背中からモロに叩きつけられて壁を陥没させながら張り付き、やがて重力に引っぺがされた俺の身体は、地面にどさりと落ちる。
 冷たい地面に指を立てて、土を掴む。必死に立ち上がろうとはしてみるが、足も腕もまるで他人のものみたいで、動かない。力が入らない。

 辺りでは戦いが続いていたが、明らかに最初よりは交戦音が小さくなっていた。 なのにライダーの声だけは相変わらず力強い。
 それは、こちらの戦力が減っているという事だ。
 ……刻一刻と時間が過ぎるたび、仲間が一人一人、動けなくなるか――死ぬかしている。
 行かなければ、仲間を助けなければ、そう思いながら地面を引っ掻いて立ち上がろうとするのに、俺の身体はまるで言う事を聞きやしなかった。
 呼吸はか細くて糸のよう。
もっと酸素を取り入れてなければ動けないのに、胸を強打された所為で肺がバカになってるから、こんなに細くしか呼吸できないんだ。幾ら息を吸おうとしても、強打されてまだ時間を置いていない呼吸器官は、ひゅうひゅうと音を立てるだけ。 苦しい。
 身体状況を確認するために、ヘルメットの内側に身体の状況を映し出す。
 所々が滅茶苦茶に痛む身体は、意識を保っているだけで奇跡と思えるレベルの損傷を受けていた。どこもかしこも警告だらけ、赤くないところの方が少ない損傷率のゲージ。

 俺が立ち上がれずに、顔すらそちらに向けられずにいると、一際大きく、瓦礫の山に何かが叩きつけられる音がした。
 それを最後に、辺りには音がなくなる。 また、俺達の負けだ。 一方的過ぎて涙が出そうになる。
 涙を出す涙腺さえもう、俺には残っていやしないのに。
 
 やがて響く、名も知らぬライダーの凱歌。 カスタムバイクのエキゾースト・ノート。
いつも――そう、いつも、遠ざかって行くバイクの咆哮が、生存を確認する合図だった。

 ああ、俺は今回も、生きている。

 暫くして、苦痛が少しずつ治まりかけたころ、俺は足に力を込めて――いや、全身の使える筋肉を総動員して、ゆっくりと立ち上がった。 胸が酷く痛む。手を当てると、装甲板はひしゃげるどころか砕けて陥没していた。これがなかったら、きっとあの世行きだっただろう。
 歩き出そうとして、こみ上げて来る喉の奥。
「……ごッ、げはっ、がはッ!!」
 酷く、咳き込んだ。メットの口元が自動で開いて、喀血した血を排出する。
 ボロボロだ。酷い有様だ。けれど、俺の脚はまだ動く。
 生存者。 生存者を、探さなければ。

 シリアルを探知して、手近な連中の生死を片っ端から確かめて行く。
 俺と同じく、運良く助かった奴らが何人かいた。
……それよりも死んでいる奴らのほうが多いのも、いつもの事だ。

 暫くして、シリアルの頭数が一つ分足りないのに気がついた。
 立ち止まってヘルメットの感度を上げ、より意識を集中して探す。
 微弱な反応が見える。……瓦礫の、下?

 捕まえた電波は、見覚えのあるシリアルのものだった。

――「俺、この組織に入ったのって、ライダーになりたかったからなんだよね」――

 声が脳裏にフラッシュバックした瞬間、俺は瓦礫の山に飛びかかるように走って行った。
 どこにそんな力が残っていたのか判らない。いや、もしかしたら意識だけが先に走って行っただけで、現実には歩くようなスピードだったのかもしれない。
 それでも必死に掘り返す。指の骨がひしゃげて行くような感覚――構うことはない、そんな事はどうでもいい。 あいつは、 あいつは無事なのか――!?

 瓦礫と言う瓦礫を、身体に残っていた全ての力を使って掘り下げ、放り投げて数分。
 俺は、その問いの答えと出会った。
 力を使いきっていたことに身体が気づいたように、がくんと足から力が抜ける。

「なあ、おい。なんだよ。……おい」

 瓦礫の中から、ヘルメットのシリアルを探知して引っ張り出したのは、首だけの同僚だった。
 ドクロは、赤を吸い込んでひどく変色している。
 まるで地獄の色みたいだった。誇らしげにペイントされた組織のエンブレムが空々しい。

「なんだよ……ライダーになりたいんじゃなかったのかよ」

 照れたような声で、こいつが話していたのは本当に数十分前の話だって言うのに、もうこいつは動かない。笑わないし泣かないし、喋れない。夢も、きっと見ない。
……ダメだ、思考がどんどんぐちゃぐちゃになっていく。
  
「なんで……なんで死んでるんだよ!! 何とか言えよお!」

 俺が叫んだ瞬間、応えるように同僚のヘルメットが起動し、
最後の音声記録を、俺のヘルメットへ転送し始めた。それは、つまり……同僚の断末魔の叫びを。

 悲痛で悲惨な最後の声。憧れた存在に殺される男の声。
俺は耳を塞いだ。無意味だ。頭に直接響いているんだから。
 ……こんな道しか、こんな運命しかあいつには残されていなかったのか。

「嫌だ、やめろ、やめてくれ!聴きたくない……
こんなのが聴きたいんじゃない、やめろ、やめろぉッ!!」

 止められない。
 断末魔の声は止まらない。耳を塞ぐ事も出来ない。
 死んでしまったこいつの為にしてやれる事もないまま、俺は髑髏を抱きしめるみたいにして、瓦礫の上でうずくまった。

 ……きっと今夜は眠れない、長い、夜になると思った。
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