【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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第三十八話


あなただけ――――……














 台から降りて、一歩。
 彼女のほうへ歩く。
 ためらうように、彼女は、何度も口を動かし、つぐむ。
 何かを言おうとして、出来ずに、それを何度も繰り返す。
 俺は足を進める。
 少しずつ縮む距離。
 ――後三歩の距離まで、俺と彼女の間が詰まったとき、顔を上げた彼女の瞳は、零れ落ちる宝石みたいな涙に彩られて、歪んでいた。響く嗚咽、ぽろぽろと零れる涙。
 ……ドクターは、彼女に涙を残してくれたのか。

「う、っく、 ごめ、んね……」
「……え?」
「…ごめんね、キミの子供、産めなく…なっちゃった……っ……」

 何故彼女が謝るのか、最初の一瞬判らなかったけれど、直ぐに納得した。そして、ひどく物悲しくなった。
 ああ、君は知らなかったんだ。本当はもう俺の子供なんて産めないって。
 俺は、本当に君に何も残さずに消えてしまうところだったんだって。
 彼女の言葉は続く。

「ごめんね……でも、あたし……子供が出来ても、キミがいなきゃ嫌だったから…………キミがいて……くれな、ぃと……やだったんだからあっ……」

 途切れ途切れに、嗚咽でゆがむ言葉の列。一言一言が俺の心臓を掴んで揺さぶりたてる。
 後三歩の距離で、凍りつく足。
 照明にきらきら、光って落ちる涙の粒が、地面に落ちてはじけて。
 彼女の言葉が、突き刺さる。この上なく優しくて温かい、抜けない棘のように。

「……だから……だからぁっ……忘れて良いなんて…言わないでよぉっ…!!」
「……!!」

 凍りついていた足が、弾けたみたいに体を前に進める。
 三歩分の距離なんて、無いのと等しいくらいに簡単に埋まって、俺の腕は泣きじゃくる彼女の体を包み込んだ。
 抱きしめる細い体には、優しい暖かさが満ちていて、出るはずのない涙が、今なら誘われて頬を伝っていきそうな錯覚すら覚える。
 腕の中で震える、確かに存在する俺のあいするひと。
 夢じゃないことを何度も祈った。本当の俺は死んでしまっているんじゃないかって、今も瓦礫の下で少しずつ朽ちているところなんじゃないかって。そんなことを、何度も疑っては、抱きしめる手を強めた。零れていく涙が、震える彼女の身体が、冷たさを忘れさせてくれる温もりが、これが現実だと俺に優しく教えてくれるから。

 ああ、ごめん。ごめんなさい。
 泣かないで。謝らないで。
 謝らなきゃならないのは俺なんだ。
 君を捨てて行こうなんて、一瞬だって思いやしなかった。
 言い訳になってしまうかもしれないけれど。
 戦うときだって、ずっと君の笑顔ばかり考えていたんだから。
 君の幸せばかり思っていたんだから。
 ――溢れる雫が、俺の胸板を濡らしていく。
 手を離したら、簡単にくずおれてしまいそうな、俺の大切な人がここにいる。
 生きていた。
 そして、俺も、生きていた。
  
 みんな、ごめんなさい。まだそっちには逝けそうにない。
 まだ生きてくよ。
 どこでかは判らないけれど、生きていくよ。
 彼女と一緒に歩けるから。
 まだ、彼女を幸せに出来てないから。
 幸せをくれたお返しをまだ出来てないから。
 俺、彼女と一緒になりたい。
 俺、彼女と幸せになりたい。
 胸を張って、今、幸せですって言い切れるようになりたい。
 解ってる。いくつも命を奪って、いくつも命を見殺して、一人いつも生き延びて身勝手なのは。
 ――知ってるさ。
 ……だけど、それでも……

「ひとり……に……しないでぇっ……」
「ごめん……ごめんよ、ごめん……」




 ……ああ、みんな、ごめんなさい。
 ――神様は酷い。結局俺の願いは一つも叶えてくれなかったんだ。


 ――……ありがとう。


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