【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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第三十七話


Ah 失うものなんて 何も無い












 夢を見ていた。
 きっと、覚めない夢だと思っていた。
 身体を二つに分かたれて、二度と目覚めないのだと思っていた。
 けれど今になって、それが間違いだったのだと気付かされる。
 瞼を動かせることに気付いたのが最初だった。
 恐る恐る目を開くと、上には灰色の天井があった。
 見慣れない天井。
 背中には堅い台の感覚があって、反射的に確かめるように胸に触れた手が右手だったことを自覚したとき、始めて手足が元通りになっていることに気付いた。
 意識が一瞬で覚醒レベルにまで持ち上がる。
 ぱちぱち、と何度か瞬きをする。遅まきながら、メットをしていないことにも気が付いた。現状把握に努めようとした矢先、横合いから声が飛んでくる。
「おはよ、ねぼすけ」
 聞き慣れた声に目を向けると、ヘアピンで綺麗にまとめられたターコイズグリーンの髪が目に入った。開いたばかりの目に、白衣が眩しい。――ドクターが、そこにいた。
「俺、生きて――」
「見ての通りさ。足、ちゃんとついてるだろ?」
 いつもどおりのシニカルな口調。なのにどこか優しげに響く声は、俺の動揺を打ち消すには十分だった。手をもう一度握って、開く。現実感を伴った感触を覚えて、生きていることを痛感する。
「……約束は守ったぞ。……あんたはまた、ただの戦闘員だ」
 ゆっくりと体を起こすと、ドクターが不意に顎をしゃくった。
 その方向に目を向ければ、俺と同じタイプの戦闘員が一人佇んでいる。手を身体の前に結んだままの、細身の身体。ドクターが「ほら」と促すような声を上げるのに後押しされてか、戦闘員はおずおずと、不慣れな手つきでヘルメットに手を伸ばした。
 ロックの外れる音がして、ヘルメットが緩む。そして、ゆっくりと戦闘員はそのドクロじみた兜を上へと取り去っていった。
 まず見えるのは端正な唇と白い肌、徐々に広がっていく素肌の面積、やがて完全に外れたヘルメットから開放される、ふわりとした赤毛――
 その素顔は、まぎれもなく……。

「……あんたと別れた直後、目を覚ました。……なあ、開口一番になんて言ったと思う?」

 ドクターの言葉が、静かで、痛い。

「改造人間にしてくれ…ってさ。
 それで、あんたを迎えに行くんだと。
 ……そりゃあたしだって反対したよ。
 トレーラーにろくな設備は無いし一度改造すれば二度と元の体に戻れない。
 一生人には戻れないんだ。あんたも知ってるようにね。
 それでも、人間の体を捨ててあんたを助けに行った。
 ライダーに鉢合わせするかも知れないし、爆発に巻き込まれるかもしれない。
 さっき死ぬような目に遭って、傷つくことがどれだけ痛いか誰よりも良く解ってるのに。
 それでも……わかるか?
 それだけのリスクを背負っても、――――この娘は……あんたと生きることを、選んだんだ」

 ドクターの言葉が訥々と連なる。
 胸を、掻き毟りたくなった。
 コツ、と音を立て、手術台から降りる。
 ……何故か、彼女は俺の顔を見ようとせず泣きそうな顔でうつむいている。


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