【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第二話-  

それは自分に無いモノで
羨ましくって まいるなぁ












 硬貨を3枚、銀色の投入口に落とし込んでボタンを押した。
 自動販売機が、ぶっきらぼうな音を立てて缶を吐き出す。

 休憩所。 隅に置かれたラジオが、どうでもいい有線放送を垂れ流している。屈んで、出てきた缶を手に取った。
 一仕事の後の一服って奴だ。
 仕事って言っても今日の仕事は手や足が欠けるような沙汰にはならない、書類との格闘を数時間こなす、いわゆる事務作業。
 戦闘員でもこういう仕事をこなさなきゃならないっていうのは最初の内は意外だったが、山と詰まれた書類と格闘するのにも、もうそろそろ慣れてしまった。

 プルタブを起す。 ぷし、と小気味よい音。
 出てきた青い缶はスポーツドリンクの中では1.2を争うくらい有名なヤツで、アルコールなんて1%だって入っちゃいない。
 一応改造手術を受けたのは未成年だった頃だから、なんとなくそれを引きずってしまっていて、酒は今でも一応飲まない事にしてる。
 脱がずに飲食が出来る便利なヘルメットを被ったまま、一気に呷る。喉をキンキンに冷えた液体が通り過ぎていく――あんまり冷たいもんだから、カキ氷を一気に食べた時みたいに頭の内側が揺れる。きーんとする頭を抑えながら、缶から口を離した。
 自動販売機から買ったばっかりのジュースは、どうしてだかコンビニとかで買うジュースよりも美味い気がする。

「生き返るー……」

 ぽつり呟いて近くのソファに腰掛ける。
 ラジオだけじゃなくテレビもあったけど、今は電源がついてない。それに、つける気もなかった。どうでもいい音楽が耳障りじゃないくらいに流れてる今のこの空間はなんとなく居心地のいいものだったし、わざわざそれを壊す事もないと思う。
 ほう、と息をついていると、ひょこりと同僚が入り口から顔を出した。

「よう」
「ああ」

 短い挨拶。取り合えずそうやってやり取りが出来るくらいには気心が知れていた。
 ジュースを選ぶ様子を横目で見ていると、その内、そいつのほうから会話を切り出してきた。

「エリマキトカゲのライダーも出たそうだぜ」
「エリマキトカゲ?」
「エリマキトカゲ」
「……へぇ」

 鸚鵡返しにしたら、また跳ね返ってきた。
 多分相手もそれ以上は知らないんだろう。
 ……しかし初耳だ。
 ライダーにも色々いるってことは前々から知っていたけれど、 いよいよエリマキトカゲまでライダーになったのか。 世も末だ。
 俺達なんていつまで経ったって戦闘員なのに。

「……なあ」

 そんなことを考えていたら、ふと声が掛かった。
 僅か俯きがちだった顔をあげて、いつまでもドリンクを決めあぐねている同僚を見上げた。 肩越しに振り返ったそいつの口から言葉が続く。

「……ガイコツのライダーもアリかな」
「……?」

 少しの間。
その間がよほど気まずかったのか、ヘルメットの下で俺が呆れた顔をしたように思えたのか、その辺りの心境は定かじゃなかったけど、 相手は慌てたように続けて捲し立てる。

「いや、実はさ…俺、この組織に入ったのって、ライダーになりたかったからなんだよね。 憧れててさー……人類の自由と平和の為に戦う戦士。
 でもよ、いざ改造されたらガイコツの戦闘員じゃん? もう脱走する気も無くなってさー……つーか、気がついたら脳改造されてたんだけど」

 仮面ライダー。 自由と平和の為に戦う戦士。
 その言葉に顔を綻ばせた。 何だか相手に親近感を覚える。
 ついこの間もそのライダーに殺されかけたばっかりだって言うのに、俺はそいつの言葉に難癖を付ける事が出来なかった。
 口から出たのは非難の言葉じゃなく、別の問い。

「……名前は?」
「名前?」
「ああ。……もしも、ライダーになった時の名前」
 盲点だったのか、ドリンクを選ぶ為に虚空を彷徨っていた指が頭を抱える。
暫くしてぶつぶつと呟き始めた。
「ガイコツ……ガイコツは英語で……ええと……」
「スケルトン……ええっと、スカル……かな?」
 横槍を入れてやると、
「それだ。 ……スカル、 スカルライダー……かな? はは、聞いた事あるような名前ー」
 ははは、と笑うそいつを見て、俺も笑った―――その時だった。

ふぃいいいいいいいいいい―――ん  ふぃいいいいいいいいいいい―――ん―――

 ヘルメットの中に、直に死神の声が届く。

 僅かな談笑の時間は、電子音をスイッチにしたみたいに終わった。
 オンから、オフへ。 
 ぱちりと切り替わった俺達の口からは、笑い声はもう漏れない。
 間違いなく相手にも聞こえている。この髑髏を被っているって事は、そう言うことだ。
 緊急招集のサイレン、コール・レッド……仮面ライダーのお出ましだ。
 俺は立ち上がった。 飲みかけのジュースは――まあこの際、捨て置こう。

「何にしても、生き残らないといけないな」

 同僚は肩を竦めた。 結局硬貨を入れただけでジュースを選ばないまま、俺と共に歩き出す。

「……戦わなければ生き残れない……ってか」

 参るね。と付け加えたそいつのマスクの奥の眼が、笑っているように見えた。
気のせいだったかもしれないけれど。

 休憩室を並んで後にする。
 残るのは、購入ランプがつきっぱなしの自動販売機だけだろう。
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