【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第二十七話-  

君に何一つの心配が無いように 祈ってる












 俺が変わっても、世界は一つも変わらない。
 手術を終えて、俺は一人で支部内を見て周っていた。ところどころ見覚えがあるのに、俺がいた本部とは、やっぱり構造が違っていた。中途半端に似ているだけに、欠落した部分が目立つ。
 同僚と話した休憩所も、先輩のおごりで初めて酒を飲んだ屋台も、自室も、銭湯も、裏手の墓地も、始めて夜を明かした彼女の部屋もない。存在するわけがない。だって、ここは俺のいた場所ではないのだから。
 リノリウムの床を叩く足音だけが、固く、小さく、頼りなく響いていく。
 ぐるりと一周してしまうまで、さほどの時間は要らなかった。
 暗い廊下を抜けて、先程まで彼女がいた部屋の前を通り過ぎ、外に出る。
 少し歩けば待機している医療トレーラーがある。
 ドクターが乗っているトレーラー。
 ――そして、俺の大切な人が運び込まれ、乗せられているトレーラー。
 ゆっくりとした足取りで歩き、トレーラーの後扉を、おもむろにボタンを押して開けた。
 トレーラーの中は真っ暗闇。入り口から漏れる明かりだけが、包帯と血で彩られ、隙間すらない彼女の体を照らす。
 扉を閉めるのと一緒に、俺はメットを脱いだ。小脇に抱える。
 この暗闇の中でも、彼女の姿を見失う事が無い自分の眼を、この瞬間だけは褒めてやりたい気分になった。
 ベッドに歩み寄り、いつ目を覚ますかわからないと言われた彼女の耳元へと顔を近づけ、囁く。
 聞こえていなくたって構わない。聞こえていれば嬉しいけれど、初めから、これは独り言のつもりで口にする言葉だ。
「君に逢えて、良かった」
 噛み締めるように、思いを込めて呟く。自己満足と言われても構わない。それでも、言っておきたかった。
「……本当は、死んだみんなが羨ましかった。死ねば楽になるって思ってたんだ。もしかしたらあの頃は、死に場所を探していたのかもしれない。守るものを亡くして、途方に暮れてた」
 妹を失って、暗がりに沈み、ともすればそのまま消えてしまいそうだった俺に――君がその小さな手と細い腕を差し伸べて、抱きしめてくれたから――。
「……君のおかげで、俺は生きてこられた。あのときから、ずっと」
 だから、そう。
 君は俺が生きるための理由だから。
 あの時守ってくれたこと、今でも忘れていないから。
「今度は、俺が君を守るよ」
 ――君に何一つの心配がないように祈ってる。たとえ、俺がどうなってしまっても。
 万感の思いを込めて、呟いた。

「…………生きる幸せを教えてくれて、ありがとう」

 言いたい事は、まだ山みたいにあった。
 でも、吐き出せば吐き出しただけここから離れられなくなる気がして、戦う事がもっと怖くなってしまう気がして、それ以上は何も言わずに、胸の奥に仕舞い込む。
 これで持ち物は、それこそ彼女との思い出と、言わずに残した言葉だけだ。
 物言わぬ彼女に、最後に触れるだけのキスを残す。包帯の上からの淡い感触。後ろ髪を引かれそうになりながらも、未練を振り切るように踵を返した。一歩一歩確かめるように歩き、トレーラーの出口へ向かう。
 トレーラーから出る間際に、最後の言葉を置いていく。――きっともう、二度と逢えない彼女へ。
「俺の事は……忘れて良いから」
 ――後悔はない。俺は拳を握り締め、トレーラーの扉を開けた。
 もう、振り返ることはなかった。
 ゆっくりとメットを被る。鈍い輝きをした扉が、メットを被ったいつもの俺の姿を映し出す。
 行き先は、地獄か。
 ――自分で言っておいてなんだけど、なかなか洒落てるな。
 しかも片道切符か――まるで、映画だ。ははは。

 さあ……――行こう。
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