【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第二十六話-  

優しさでも労わりでもない 戦い抜く勇気を







 閉じた暗い視界の中。
 首領の声だけが響き渡る。
『諸君ら六名は、栄え有る我らが組織の最終怪人に選ばれた。この仮宿の位置が彼奴らに知れるのも時間の問題、諸君らはここに待ちて、彼奴らを返り討ちにせよ』
 声は鉛じみて重いのに、言葉の中身は薄っぺらな大言壮語で、聞いている俺は上の空だった。
 何も聞こえなくなって、そうして始めて、俺は目を開く。

 上には光の点っていない手術灯と、真っ白な白衣を纏った、いつもの姿のドクターが見えた。悪運強く生還するたびに横たわった、慣れた手術台の上だった。
 赤いヘアピンでまとめた髪を僅かに揺らしながら、ドクターが俺の顔を覗き込む。形のよい唇から、ハスキーな声が滑り出た。
「……そういやあんたのリクエストは聞いてなかったな。――どんな風になりたい?」
 どんな風になりたかったんだろう。
 俺は何になりたかったんだろう。
 小さなころのおぼろげな理想の姿。誰かを守れる、何かを背負って立つことのできる、小さな小さな正義の味方。
 そのささやかな願いを込めて、俺は切り出した。
「出来るなら、この姿はあまり変えないでください。そして……」
 続きを言いさしたとき、ドクターの細く白い指が、唇の動きを止めるようにメット越しに触れた。ドクターはどこか呆れたような、寂しがるような、そんな曖昧な表情を浮かべて、横に首を振る。言わなくても分かっているとでもいうように。
「仮面ライダー、だろ」
 ドクターが呟いた言葉は、俺の理想の定義だった。偶像化されて、現実を見て、今さっき、一度壊れてしまった理想。
 それでも、それをそう簡単に捨てることなんて出来なくて、理想を現実にしたくて――ドクターの呟きから少しの間を置いて、黙って頷いた。
 ドクターは薄く笑い、俺の口元から指を離した。おかしさをこらえるみたいに、手のひらをそのまま自分の口に持っていく。
「はは。あんた以外の五人も、まったく同じ事言ってたよ。……あーあ、結局あんたら皆、仮面ライダーになりたかったんだ、ねえ……」
 ――その手のひらは、笑いではなくて嗚咽をこらえるためにあったのかもしれなかった。ドクターの笑い声が少しずつ濡れて曇っていく。口元を覆い隠した手のひらを、滑った涙が濡らしていく。涙にいまさら気づいたかのようにに、手が目元へと伸びた。決壊した蛇口を押さえるみたいに目元を拭っても、とめどなく溢れる雫は、白衣の袖さえ濡らしていく。
 拭うのが間に合わなかった涙が、メットにまで落ちてきた。
「ははははは、は、は……っ」
 涙を誤魔化すように、彼女は笑う。どう見たってその涙は悲しい涙なのに。まるで笑いがこらえ切れなくて涙がこぼれたんだって言い張るように、うつろな笑いは止まらない。
「……ドクターは、泣けるんですよね。羨ましいな」
 自分がなくしてしまった部分をドクターの中に見つけた気がして、小さく呟く。
「あたしは……最初期の怪人だからな。余計な人の部分も残ってんだ」
 何気なく応じるように言って――それから、ドクターは首を横に振った。
「……って、ばーか、何言わせんだ。こんなもん……無くて良いんだよ。――っ……よしっ。今からあたしの全てを賭けて、あんた達を…最高のライダーにしてやるよ。バイクはないから……ちょっと違うかもしれんがな…っ」
 詰まる呼吸、嗚咽交じりの言葉。手術灯に光が点る。彼女のほほをつたう透明な哀しみの証が、宝石みたいに光っていた。煌く涙を拭いさり、ドクターは静かに手をかざす。
 その光景を目に焼き付けて、俺は緩やかに眼を閉じた。
「――よろしくお願いします」
 たった一言、全幅の信頼を乗せて、言葉を残して。

 ――力を。

 ――この腕に、戦い抜く力を。

 ――この足に、全てを貫く力を。

 やがては麻酔が掛かり、この意識も落ち行くだろう。
 だからせめてその前に、その最後の一瞬まで祈ろう。

 心の中より叫ぶ。
 戦い抜く為の力を――――と。
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