【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
-第二十五話-
人の命を転がして 大層楽しいだろう
笑えよ 見てるんだろう?
どこをどう辿ってきたのかすら、俺にはわからない。
足元もおぼつかないまま、ただドクターの背中だけを頼りに歩いていく。もし、その背中と言う道しるべを失えば、きっと立ち尽くしてしまうだろう。
薬品のにおいのする、暗い廊下を進んでいく。幾つも立ち並ぶドア、中からは物音のひとつも聞こえない。静謐そのもの。
ドクターはその最奥で立ち止まった。僅かなタイムラグの後、エアロックが開いた。
俺を振り向くこともないまま、彼女は部屋の奥へ進んでいく。その背に誘われるように、足を進めた。
室内もまた静かだった。生命を感じさせる音がひとつもない。ただ淡々と、脈拍を刻む電子音が響いているだけ。規則的に鳴るその音だけが、機械に繋がれた先の命の存在を知らせている。
――ガラス張りの監視室。
透明な壁の向こう側に、赤い血をにじませて、誰かが見える。人としてのシルエットが、最低限しか残っていないような体。
包帯でぐるぐるに巻きとめられて、顔も見えないのに、それが誰か、わかる。
ドクターは言った。
"ついて来い。……ただし、現実を受け止める覚悟が出来たら、な"
――つまりは、俺に、それを覚悟していろということだったのだろうか?
足から力が抜ける。膝を突いてしまいそうになる。壁についた手にこもった力だけで、全身を支えている。
ガラス越しに見る彼女は、とても、小さく、見、え、た。
「…逃げられないように、足をねじ切られてたんだ。全身を切り刻まれて……ズタズタになった後か。その後、手を食われた……んだろう。あたしが見たのはそこからだ。どこが作ったライダーか知らんが…最悪のゲス野郎だった。楽しんでた、人を食うのを。食堂の奴らは皆食われた―――らしい」
――死体は無かったんだよ、残ってたのは、食いカスだけだ。
ドクターが静かに、呟くように言う。
瞼の裏には、明るくて、活気にあふれたあの食堂が今でも残っているのに、ドクターの言葉に、俺はいやでも真っ赤に染まった光景を想起した。あの気のいい食堂の人たちが、そのナニかに切り裂かれて、殺されて? 食われて? ……叫んでも、誰にも助けてもらえないままで?
感情が渦巻いていて、何から確かめて、何から問えばいいのかがわからない。
口は、半分自動的に動いた。
「…そのライダーは?」
「殺した。バラバラにしてやった」
包帯で埋め尽くされた彼女の姿を見ていることができなくなって、俺は視線を横にずらす。
解除されない変身、デモンクラーケンとしてのドクターの各部には、生乾きの血が未だにべったりとこびり付いている。あの何割が、そのライダーの返り血なのだろうか。考えると、体が凍えるような心地になった。視線をドクターからはずして迷わせるうち、俺の目は無造作に置かれたかごの存在に気づいた。
中をうかがう。ちぎれて真っ赤な布片が積もっていた。それが、彼女の衣服であったものだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。ニコニコと笑ったバッジがついた、血で染め抜かれた赤い布を見つけたから。
かつて、彼女のバンダナであったものを、俺は掴み取った。
こちらを見たドクターが、痛ましげな声を上げる。
「……それ、あの娘のだよな?」
「……はい……」
肯定を聞き、彼女は首をめぐらせて押し黙った。
ガラスに指を押し当てて、こっ、とメット越しに、額をガラスに触れさせる。
暫しの時。
細い声で、ドクターは呟いた。
「……生きてるのが、不思議だよ、あの娘……」
その言葉を聴いて、視界が赤くなった。真っ赤に染まった。
もしかしたら、血の涙でも出したのかもしれない。それとも幻覚なのかもしれない。
――ただ、突きつけられた理不尽な現実に、俺は純粋な怒りを覚えた。
だって、こんなのってないだろう。
おかしいだろう?
――「憧れててさー……人類の自由と平和の為に戦う戦士」
嘘だ。
なあ、こんなものが、そうであるはずがない、そうだろ?
だって彼女は何一つだって、悪いことなんてしちゃいない。
いつも笑っていた。いつも俺のそばにいてくれた。
その彼女が――どうしてこんな目に遭うっていうんだ?
――「……こいつらはきっと……俺達の大切だった奴らを守ってくれる。きっとな」
そんなの――嘘ですよ、ケイ先輩。
だって彼女は人間だったんですよ?
彼女は俺の、大切な、大切な人だったのに。
俺が、もう一度、守ろうと思えた人だったのに。
……見てるなら何か言ってくれよ。
……見てるなら何か言って下さいよ。
天を仰ぐ。
天井に阻まれたその向こう側に届くまで、俺は――
「 ラ イ ダ ァ ァ ァ ァァ ァアァアァァァァァァァァァアア!!!!」
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