【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第二十話-  

ああ 
友達でいいから 君が望むなら










 糸みたいに細めた目に映るのは、もう見飽きてしまった天井だけ。慣れた、あたしの自室。 
 今朝方からずっと、こうやってベッドの中にいる。夏なのにお布団を被って、いやになるくらいの重装備をしてる。こうやって温まって汗を出すのが熱を落とす一番の手段だとみんな言うけれど、なんだかそれは矛盾してやいないかとあたしは思う。だって、熱いものをまだ暖めるのが、冷やすことにつながるなんて。
 そんなうろんなことばかり考えてしまうくらい、頭がぜんぜん動かない。 
 嫌がらせみたいに、こめかみが疼く。まるで鐘が鳴っているみたい。
 がんがんがんがんがんがん。
「う"ー」
 うなり声を出しても、鐘は鳴り止む気配がない。 
「あはは、風邪だね。今日はあったかくして寝ること」
 ドクターさんがこっちを振り向いて、言った。
「あい」
 気の抜けた返事を返すと、とん、とデスクの上でカルテを揃える音。
 ベッドサイドに戻ってきたドクターさんの端整な顔が見下ろしてくる。意味も無くどぎまぎしてしまう。
「暑いからって布団は剥いじゃいけないからね」と釘刺し気味の注意をしながら、ドクターさんは幾つかの薬を処方して、氷嚢を差し出してくれた。
 感謝の言葉と引き換えに受け取って、巻いたバンダナの上から頭に載せてみる。冷たい安らぎが、額から染み込んでくるみたいだった。
 あー、とあたしがお風呂に入ったおばあちゃんみたいな声を上げるのに、ドクターさんが椅子を引く音が重なる。
 ベッドサイドに腰掛けて足を組む様子は、とても大人っぽくて、なんだか意味もなくドキドキしてしまう。
「…にしても、やっぱし生身は不便だな」
 おもむろに呟くドクターさんの声に、あたしは目をぱちぱちとさせた。
「……生身……あたしって、体は普通なんでしたっけ?」
「ああ、あんたら非戦闘人員は脳をちょいといじってあるだけ。あたしら戦闘人員は、脳以外生身の部分は無いからね。だからあんたは風邪も引くし……子供も産める」
 思ったままの言葉を返したら、すぐに穏やかな声が返ってきた。気のせいかどこか寂しげに聞こえたけれど……風邪のときって、なんだかわけもなく不安になるから、そういうのの弊害かな、と思ってみたりする。
 でも、話を聞いて思うのは、やっぱり子供って、憧れの響きかな、って言うこと。
 まだそういう覚悟とか、考えたりしてないけど……やっぱり、お母さんになるのは、女の子の憧れなんじゃないかな、とか思ってみたり。
 相手がいなくちゃ出来ないことだって思うけど――今のあたしには、彼がいる。
 そこまで考えた時、ふと、ドクターさんが思い出したように付け加えた。
「……って、戦闘員が相手じゃ意味無いか。あいつら、は……」

 その声が、降り出した真冬の雨みたいに冷たかった。

 ぴん、と時間が張り詰めて、時計の針まで止まってしまったような気がする。
 こわごわとドクターさんの表情に目をやると、そこにあったのは失言を悔いるような表情で、あたしは、それでなんとなく、どういうことなのかを悟ってしまった。
 あたしも、ドクターさんも、何も言わない。
 口を開いたら、とても寂しい言葉が出てきてしまいそうで、あたしは暑いはずなのに震える身体を自分自身で抱き締めた。
 袖を握り締めた手が、くしゃ、とパジャマにしわを作る。
 ドクターさんは何も言わない。視線は窓の方を向いていて、その瞳が、ひどく心細げに見えた。
 そのまま暫くして――最初に戻ってきた音は、彼女が席を立つ音だった。
 反射的に表情を目で追う。まだ寂しい顔をしていたら、こっちまで心細くなってしまう気がしたけど、それでも彼女の表情を見た。――でも、その表情を認めてきょとんとする。
 だって、ドクターさんは笑っていたのだ。どこか苦笑気味に。
「……悪い。 ちょっとした……しっとさ」
「――え?」
 不意打ちみたいなドクターさんの声。
 よく聞き取れなくて、もう一度問い返そうと口を開こうとしたら、細くて長い指に唇を押さえられた。
 悪戯っぽい表情で、彼女は笑いながら流し目をくれる。
「さァって、仕事仕事。 ……ほら、しっかり寝て治さないと、亭主の足が地面につかなくなるぞ?」
 耳から入った言葉が、すぐに脳まで届いて、あたしのほっぺたは爆発したみたいに熱くなった。顔から火がでそうってこのことなんだって、思い知るくらい。
「……、て、ていしゅっ……!?」
「あはははは、わっかりやすいなー」
 鏡を見たら、きっと熟した林檎より赤いほっぺたとご対面できそう。何か反論しようと思ったけれど出てこなくて、そうしている間にもあの人は身を翻してしまう。
 去り際にニヒルないつもの笑いと、ひらりと手を振る動作を残して。
「そんじゃな。 ちゃんと暖かくして汗たくさん掻いて、熱下げろよ」
「は、はー……い……」
 ぷしゅ、とドアが開いて閉まり、彼女とあたしを隔てる。
 ぽす、とあたしは枕に頭を預けて、見慣れた天井を見上げる。
 熱いほほを氷嚢につけてさましながら、あたしは掠れて聞こえた部分の響きを思い出そうとして、何度か挫折した。
 
「……聞きかえしそびれたー」

 どうにも考えても、答えは出てきそうになかった。
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