【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
-第十九話-
ざまぁみろ 僕は見つけたぜ
昼食が終わったあとの数時間を置いて、共同浴場での入浴時間になる。
男湯と女湯は高い壁で隔てられ、いかに戦闘員といえども覗きは壁を壊さない限りは無理だ。
だが、女湯と男湯の間が完全に隔絶されているかと言えばそうでもない。天井と壁の間には人が一人立てるほどの隙間があるし、声を張ればその隙間を通して会話も出来る。
そして――意思疎通の手段があるならば、ノロけるのには十分なのだった。
「あっれぇーっ、おっかしーなー?セッケン忘れちゃったみたいだーあ。ごっめーん、セッケン投げてくれなぁーい?」
一人の戦闘員が、そんな声を張り上げた。男湯にいる友人に言ったと言う感じではない。明らかに声の宛先は壁の向こうのパラダイスである。
周囲の数人が瞬時に動きを止め、その声に聞き耳を立てる。
彼らの視線はやがて一点に集約し、右端でスポンジを手にした戦闘員へと向かった。
声が上がったのち数秒、視線の集中を知らずか向こう側―――女風呂から返答が響く。
「ん、投げるよー?」
(……俺の夢……俺の夢がこうも簡単に……しかも目の前で……!!)
(マンガか! マンガなのかお前ら! いつのマンガだ!! 何年代だ!!)
(彼女かそうなのかそれとも友達以上恋人未満なのかどちらにしても貴様は 俺 の 敵 だ )
(ヴ、ヴェーイ!! オンドゥルルラギッタンディスカー!!!)
この会話を聞いていた四人ほどの戦闘員の心は、ねたみそねみと嫉妬心、羨望と絶望と憤怒などの元におよそ〇.九八秒ほどで一つに固く結束した。それこそアイコンタクトで全ての意思が通じるほどに。
彼らは同時に石鹸の横から四角いブツを持ち上げて、計ったようなタイミングで立ち上がる。
「おっけー、いいよー」
などと言いつつメットの内側で二ヤついてるであろう戦闘員に鉄槌を下し、この風呂場に秩序を取り戻すべく、男たちは音もなくその背後に忍び寄り、ガッ、と音を立てそうな力で彼を拘束した。
ねたみやっかみその他もろもろの負の感情を100%濃縮還元したような四人の男のゴッドハンドは、それはもうがっちりとその戦闘員を押さえつける。
「……え?」
ナニヲスルノカナー、みたいな声で戸惑いを浮かべる戦闘員。時すでに遅し。
「まあ待てよ。俺らのセッケン貸してやるからさ」
「この石鹸は効くぜ。何せ車の塗装も落とせるくらいだからな」
「この頃お疲れだろうからなァ色々、遠慮するなよ」
「何なら洗ってやっても良いぜ?隅々まで」
「あ、いや、あの、結構で
……ひぎゃあ痛い痛いそれ軽石っ!!
ってぎぃああああすいませんごめんなさいもう大丈夫です
もう大丈夫大丈夫だいじょああごめんなさいやめてくださいやめてイ、イィーッ!!」
「……?」
「…………やれやれ」
女風呂にまで、その騒ぎの声は届く。
きょとんとしたのち心配そうにそわそわと身を揺らす赤毛の彼女を見ながら、ドクターはいつにも増して騒がしい男風呂の声を湯船に浸かりつつ、聞いていた。
溜息を付くその口元は楽しげに――でも少し寂しげに、笑っていた。
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