【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第十七話-  

特別じゃないその手が
触ることを 許された光














 俺が言葉を失うのに十分な一言を呟いて、彼女はまた口を閉ざした。
 墓の前にしゃがみ込み、手を合わせて黙祷を捧げる彼女。何を思っているのだろう、もう逢えない――恐らくは、好きだった人に、どんな祈りを捧げているのだろう。俺には、わからない。
 遠い。
 小さな背中が、踏み出せば触れられる細い体が、どうしようもなく遠くにあるように見える。
 その背中に何も言えないまま、立ち尽くす。
 浴衣の背に、似ても似つかない過去の誰かが重なる。小さな、けれど重なったら止まらない既視感。
 星の舞い散る夜、たった一度だけ二人で天体観測をしたあの日。二度目からは、あの子は横にいなかったんだ。――手を握れなかったあの子の姿と、しゃがんだ彼女の背中が重なる。
 ああ。今度も俺は、手を握れない。あのときからずっと踏み出せないままだ。
「……ん、しょっと」
 小さな声。浴衣の裾の夜露を払い、彼女名残惜しむようにゆっくりと立ち上がった。最後に墓を一瞥し、こちらを振り向いて微笑む。
「付き合わせてごめんね、行こっか」
「……うん」
 答えて、並んで歩き出した。また、あの心地よい雑踏の中に戻っていく。いたのはほんの僅かな時間だったというのに、冷たく沈んだ墓場は俺の心まで沈ませるような気がした。暖かい、祭りの空気が恋しかった。
 林の道に差し掛かり、怪人墓場を振り返る。
 闇に沈み込み祭りの陽気も届かない、死んでしまった場所が、暗がりの中にあった。
 ふと一瞬、思う。死んでしまった怪人が全てそこに埋葬されていると言うのなら、ケイ先輩もあの中のどこかにいるんだろうか。俺はあの人を参るべきなのではないか、と。
 一瞬だけ足を止めかけて――首を振った。
 先輩の身体は最後の爆発で、それこそ砂利と区別が付かなくなる程に飛散してしまった。まるで石像が砕けた後のように、あの人は完膚なきまでに破壊されてしまったんだ。もし墓があそこにあったとしても、その下には何も埋まっていやしない。
 骨さえ残さず、死んでいった。俺たちを守るために、最後までその名に従って気高く散っていった……ケイ、と言う名前をした先輩。
 そう、最後の最後に教えてくれた名前を覚えている。だからこそ、悲しい。だって、蛍は儚く消えてしまうものと決まっているんだから。夏の夜に美しい光を散らして、燃え尽きるように死んでゆく。光の思い出だけを残して。
 ずっと俺にいろいろなことを教えてくれた。俺の悩みを聞いてくれた。会うたびに元気な声を聞かせてくれた。人生初の酒盛りを、共に過ごした。――ぼんやりと光る暖かい思い出は、今も蛍のように胸の中で光っている。
 それを思い出して悼む事が、先輩にとっての供養になるようにと、そう祈った。
「……ねえ、どうしたの?」
「なんでも、ないよ」
 彼女に歩調を合わせるように、少し大股に進んで追いつく。
 メットの下で今、俺はどんな表情を浮かべているのだろうか。ふと、解らなくなる。
 哀惜か。悲哀か。憧憬か。そのいずれもか。鏡はなく、あったとしてもメットはいつもの無表情で俺の全てを覆い隠す。――こんなにも悲しいなら涙の一つも出れば良いのにと、泣けない自分を少しだけ呪った。
 怪人墓場から離れていく。
 彼女と二人で、黙って。

 ――細く暗い道も、ずっと続くわけじゃない。終わりはもうすぐ。祭の光に近付いていく。
 墓場を出てから、酷く会話が少なかった。その沈黙を無理に破ろうとしたわけではないけれど、祭に辿り着いてしまう前に一つだけ、訊いておきたいことがあった。祭囃子の合間を縫って、言葉を浮かべる。
「……何を、祈ってたの?」
 彼女がしゃがんでいる時間は少し長く、痛ましいほどに背中は細かった。しゃがんで祈りを捧げる姿は小さく、切なげで、見ているこっちが居た堪れなくなるほどだった。俺がケイ先輩を思い出したように、彼女も悲しみを反芻していたのかもしれないと思うと、聞かずにはいられなくなる。……悲しみを、一緒に背負ってあげられないかと思ったんだ。思い上がりかもしれないけれど、女の子一人を支えられるくらいには、俺の背中は広いと信じている。
 彼女は驚いたような顔をしてこちらを伺い――
 それから長く息を付いて、話し始めた。

「ん……っと。あの人は、あたしのこと友達としてしかみてなくてね。……言わないで気付いてもらおうなんて甘くって。最後まで一方通行で……言えばよかったのにね、最後の最後まで好きだって言えなかったんだー……」

 途切れ途切れに語られる言葉。不意に、彼女が少し小走りになる。
 小さい歩幅を急がせて俺より数歩先を行き、走り始めたのと同じくらい唐突に足を止め、くるりと俺に向き直った。

「だから、好きだったよ、って。言えなかった分、言ったんだ。届いたかどうかはわからないけど……それでも、あの頃のきもちを全部込めて。抱えてた想いも、苦しかった胸の痛みも、全部。

 それから、さよなら、って。またね、は言えないから、きっともう二度と、逢えないから。

 ……でね。もう、同じ後悔はしたくないんだ、あたし」


 ――ドン――ッ
 花火が空に美しい花を咲かせる。けれど、俺の視線は空に咲く花には向かない。花火の光に頬を染めて、彼女は淡く笑っている。それを、この一瞬で散る花火にすら勝る輝きだと思った。
「うん」
 気の利かない、自動人形みたいな相槌が口から出る。
 だって――そんなにも可愛くて、息が止まりそうなんだ。他の言葉がでてこない。
 彼女は、身体の前で手をゆるく結んで、少しだけ上目遣いに口を開いた。

「あたしはキミが好き」

「うん……――え?」

 首だけが条件反射で頷いてから、聞こえた現実に、息を止めた。








 その日、俺はこれから先の生きていく理由を見つけた。

 不確かなはずだった世界が、実感と共に色と形を持っていくのを感じていた。

 俺は、世界の平和を守ろう。

 彼女と俺が一緒に居られる、愛すべきこの世界の平和を――。
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