【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
-第十六話-
呼吸を始めた
僕と共に 二人で
「えーと、焼きそば一パック大盛りマヨたっぷりでよろしく!」
「ういーっす」
目の前の戦闘員の注文に応じ、俺は麺をほぐして、具を焼いている鉄板の上に載せた。作り溜めてストックしておいた分が定期的に無くなってしまうほどに客が多い。
昔、夏の終わりの夜によく感じた祭りの空気の中に、俺はいる。
妹がいなくなって、もう随分経った。心に開いた穴が埋まるなんてことはこれからもずっとないのだろうけれど、傷みたいに痛むことは、僅かずつ少なくなってきていた。
そう、あれから俺は、とりあえず生きている。
今日は組織ぐるみでの祭りだった。夜空の下、威勢のいい祭囃子が響いている。どこから持ってきたんだか、横笛や和太鼓なんてものまであったりで、びっくりするほど賑やかだった。
俺達は焼きそばの出店を出している。
誰もがこの時間だけは、揺れる死の影に怯えることもなくはしゃいでいた。やっぱり、何だかんだでみんな祭り事が好きなんだろう。
さっき、ドクターもここの前を通って行った。白衣じゃなく浴衣を着てて、一瞬誰だか判らなかったけど。 ……ちなみに、焼きそばはサービスさせられた。宿命と思って諦める事にする。
焼きあがったそばをパックに手早く詰め、輪ゴムで封をする。待ち切れないとばかり手を伸ばす目の前の戦闘員に、僅かに笑いながら差し出した。
「あーい、焼きそば大盛りマヨだくあがりー、三二〇円です」
「どーも。大繁盛だな、がんばれよっ!」
「おー、そっちも楽しめよー」
ちゃりん、と硬貨を受け取る。パックの焼きそばを頬張りながら、彼は祭りの雑踏に紛れて行った。
僅かに客の入りが途切れる。そうしている間にも焼き溜めて置かなければ後で苦労をするのは目に見えているので、俺はまた油を引いて、具を炒めはじめる。
マニュアル通りの単調な仕事だが、この祭りの空気の中にいるだけで、他では感じられない充実感があった。
しばらく、そばを焼くことに没頭する。
ソースは焼きそば用の濃厚なものと、ウスターソースの二種類を用意して、ウスターを投入してから焼きそばソースを入れて味を作る。そのタイミングを最初はまったく掴めなかったのだが、先輩方が呆れ顔になるころに、ようやく物になった。……無駄にした麺の数については聞かないで欲しい。
ともあれ、おかげで今は焼くのが楽しい。うまく出来ると充足感もある。ラードを引く、具を焼く、そば入れる、ウスター入れる、焼きそばソース入れる。
繰り返し繰り返し。何度も。
機械のように手を動かすのがこんなにも楽しいと思うのは、事務仕事ではありえないことだった。
「――あの」
ふと、前から客の声が聞こえて、顔を上げて応対する、
「はい、いらっしゃ――」
つもり、だったのだが。
「……こんばんは」
また新たな客と思って振り仰いだ先には、赤毛の彼女が困ったような顔をして立っていた。浴衣にいつもの白いバンダナ。ニコニコ笑った黄色いバッジも変わらない。
「ええっと……その、いきなり、ごめんね?」
客がいる側からくるりと迂回して、店の裏に回ってくる。
どうやら焼きそばを買いにきた、というわけではなさそうだった。
けど、焼きそば屋に焼きそばを買いに来ないで何をするっていうんだろうか。疑問符を浮かべる俺をよそに、彼女は僅かに首を傾げながら訊いてきた。
「えーと…今、大丈夫?」
「え、あー」
投げかけられた問いに、ヘラを両手に持ったまま先輩諸氏に眼を向けてみる。
その中の一人、今まさに休憩に入ろうとしていた先輩が呆れたように肩を竦めた。
脱ぎかけたはっぴを肩に引っ掛け直してとつとつと歩んできた先輩、俺の手からヘラ奪い取って、ラードを掬ってプレートに置いた。溶けて、鉄板に馴染むラード。
それを尻目に、先輩が肩を竦めた。
「四十分。それ以上は待たないぞ」
「良いんですか?」
「秒読み開始。残り三十九分五十七……」
「うわああっ」
「――ひゃっ!?」
まともにありがとうございますも言えないまま、俺ははっぴを脱ぎ捨てて彼女の手を引いた。急いで裏口に向かい、好意的な笑い声を背に店を抜け出す。そのまま、祭囃子の中に紛れるように走った。
後ろを顧みれば焼きそば屋は絶賛大繁盛中のまま、 何人かの先輩がこっちを見て肩を竦めている。……すんません、後で埋め合わせします。
「あ、あの、あの」
「え?」
ふと慌てた声に気付いて向き直ると、彼女は顔を赤毛と同じほどに真っ赤にしていた。左手を示すように持ち上げるのと一緒に、俺の右手が引っ張り上げられる。
そこまでされて、繋いだままの手に気が付いた。
「わああ、ご、ごめんっ!」
「……う、ううん、いいよ」
離そうとする俺の手を引き止めるようにゆるく握り、照れくさそうに彼女は笑う。
周りには祭囃子、きらびやかな装飾の光。遠くの空に上がる花火。僅かな光に照らされた人込みの中、陰影のついた彼女の微笑を、素直に綺麗だと思った。
素直に、綺麗だと思った。
「……行こ? 見せたいところがあるんだ」
そういった彼女の表情には僅かなかげりがあった。哀愁を帯びた微笑みは、見ている俺の心にまで小さなトゲを残すような、ひどく切ないものだった。
俺がうなずくと、繋いだままの手が優しく引かれる。
そこからは口数少なに、ただ二人、手を繋いで人の流れに逆らって歩いていく。
あたりから人気が失せて、静かで暗い道を歩き、祭りの中心から遠ざかる。
――やがて、囃子の音は遠く。
俺は彼女に組織の墓地…通称怪人墓場に連れてこられた。
暗く、俺でさえ歩くのに注意するような道を、彼女は淀みなく進んでいく。何度も来ているのだろうな、と感じさせる、確かな足取りだった。
草履が、生えかけた草を踏みしめる音を聞きながら、俺はその横を歩く。暫くして、俺たちが足を止めたのは、まだ新しい墓の前。少しの沈黙を挟んで、彼女は俺の手をやんわりと解いて、しゃがみ込んだ。右手に下げた袋から棒のようなものを取り出して、マッチを擦って火をつける。立ち上るのは線香の匂い。煙が、薄く立ち昇る。遠くで爆ぜる花火の光が、細い煙を染めた。
たおやかな手を合わせ、祈りを捧げる小さな背中を見て、俺もゆっくりと手を合わせて、名も知らない誰かのために黙祷を捧げる。
――どのくらい、そうしていたのだろうか。
線香の束が音もなく半分ほど燃え尽きたとき、彼女は口を開いた。
「この人追っかけてあたし組織に入ったんだ。今日がこの人の命日」
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