【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第十三話-  

君のそばにいるだけで
自分の心が嘘のように 素直になれる








 帳簿と睨めっこしながら、雑務を片付けていく。時にキーボードを打ったりもしながら、それなりのスピードを保って事務を片付け終わるころには、午後も八時を回っていた。
 ペンを握ったりキーを叩いたりでガチガチになってしまった手を回したり振ったりして解し、席を立つ。
「お疲れさん」
「ああ、お疲れ」
 顔見知りの連中と軽い挨拶を交わしながら、俺は事務室を出る。気づけば、気軽に挨拶を交し合える連中も随分と少なくなっていた。
 廊下に出る。俺は休憩室に足を向けた。
 仕事を終えた後の一服は、スポーツドリンクと決めている。いつも行く休憩所の右から三つ目の自動販売機。上段右から五番目の青い缶のスポーツドリンクが、仕事を終えた後に決まって飲む定番の飲み物だった。
 普休憩室まで、歩いて二分と掛からない。
 足を踏み入れる。この時間では人もまばらのはずだったが、予想は外れたようだった。並んだソファのひとつに腰掛ける小柄な人影がある。目立つ白いバンダナ。
 気づけば自動販売機よりも先にそっちに視線を向けていた。
 下からぴょこりと顔を出した赤い髪。バンダナの隅にはニコニコと笑っている黄色いバッジ。
 足音に気付いたのか、顔を上げたその少女は、間違いなく食堂の彼女、だった。
 手には何やら紙袋を抱えている。
「……や、やあ」
 目が合ったので、ひょい、と手を上げてぎこちなく挨拶をしてみせる。
「む、 んぐ」
 彼女も手を上げて挨拶を返そうとして、なにやらしかめっ面をした。
 手に食べ物らしき包みを持っているところを見ると、どうやら何か喉に詰めたらしい。
 そのまま見ているにも忍びない。少し歩き、取りあえず手近な給水台から紙コップに水を汲んで彼女に差し出した。
 律儀にも軽くぺこりと礼をして彼女はコップを取り、一息に飲み干す。
「……ん、ぷは」
 解放された、とばかりほっとした表情で彼女は紙コップを傍らに置いた。二、三度大きく呼吸する。
「……大丈夫?」
「ん、平気、ありがとね」
 訊けば笑顔で返事が返ってくる。
 何となく笑い返して、俺はいつものジュースを買い、彼女と向かい合わせに座った。
 プルタブを起こし、ジュースの飲み口を開けると、彼女もそれに合わせてかさりと手元の包みを開いた。狐色の衣が覗く。
「それ、コロッケ?」
 訊くと、照れたように頬をかいて彼女はうなずいた。傍らに置いてある袋に手を触れる。
「うん、貰って来たんだ。えと、一個いる? 良いよ、好きなの選んで」
 がさ、と袋を漁る彼女。それを見て希望を言ってみる。
「えーと……カレーコロッケある?」
 ぴた。探す手が止まった。
「あ。あー……今食べてるこれ一個だけ……」
「あ、そ、そうなんだ……」
「食べかけでよければ……って、さすがにいらないよねえ」
「う……」
 それでもいい、とは流石に言い切れず、口を噤む。
 だよねえ、とばかり彼女は数度頷き、暫く考える素振りを見せた後で、
「………今度あたしが作ったげるってことで、良いかな?」
 なんて言葉を口にした。
「あ、ほんとに? じゃあ……お願いしようかな」
 提案に一も二もなく頷く。
「うん、今度ね」
 ゆびきりげんまーん、なんて言いながら彼女は右手の小指を突き出してきた。
 しどろもどろになりながら、俺はぎこちなく彼女の小指に自分の小指を絡めた。

 コロッケの袋を抱えたまま、何気ない約束をする彼女が、徐々に俺の心の中で大きな存在になっていくような気がする。
 口に出すことも書き残すことも出来ないこの思いを、俺はいつまで、どこまで持って行くんだろうか。

 ――自問してもいつものように、やっぱり答えは出なかった。
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