【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  -第十話-  

嵐のような時代も 端から見りゃただのクロニクル








 墜ちた夜の帳。
荒れ果てた採掘現場で、俺たちはそのぶつかり合いを見つめていた。

 漆黒の夜を切り裂く爪。炯々けいけいと輝く眼が、その爪で引き裂くべき敵を見据えている。
高い高い夜空、儚く輝く星をも震わせるような声で、ケモノが吼えた。

「グルァァァァァァァアアアアァァァァア―――!!!」

 怪人・グランドライオンの咆哮は、単なる音に過ぎないはずなのに質量を持って吹き付ける。
 喩えるならば、まるで衝撃波。
 音が形を持ってビリビリと、この一帯を震わせる。
「……く、ッ……!」
 声を漏らすのは敵のライダー。爪で引き裂かれた肩を庇いながら防戦を強いられている。この戦いが始まって、もうずっと変わらない構図だ。
そのライダーが拳を放とうとも、助走からのキックを見舞おうとしようとも、決してグランドライオンは倒れない。
 ライダーが矮小に見えるほどのグランドライオンの巨体は、助走を伴わせないその場立ちの攻撃などでは揺るがない。
よしんば助走をつけようとしても、決定的な加速力がつく前にグランドライオンの爪がそれを遮る。
 既に彼らが打ち合った回数は数え切れない。
だが、屈強な体でダメージを受け止めながら、相手の攻撃の度に的確なカウンターを返していくグランドライオンに対して、フットワークを駆使しながら戦うライダーは明らかに劣勢だ。
どんなに素早くても、攻撃する瞬間だけは動きを止めざるを得ない。怪人の屈強な肉体の上から致命打を与えようとするならば尚更だ。
グランドライオンの装甲は、ドクターをして最高傑作と言わしめるだけの事はある。幾ら攻撃を重ねても決定的なダメージとならないグランドライオン相手に、ライダーが疲弊しているのは明らかだ。
見ていれば判る。最初ほど動きにキレがない。
 その身に纏った甲冑は、グランドライオンの攻撃によって少しずつ劣化している。

 先輩が改造されて、既に七日。
 突然鳴り響いたコールレッドから始まったライダーとの初の戦いは、始終グランドライオンが圧倒的な優位を保っていた。

「ガアァアァァァァアァッ!!!!」
「ぐああああッ!  ……――な、んてパワーだッ……!!」

 握り固めた先輩――グランドライオン――の拳が、咆哮とともに唸る。腕をクロスさせてガードしたライダーは驚愕の声を上げながら後方へ紙のように吹き飛んだ。採掘場の露壁に盛大な土煙を上げてめり込む。

 鋼すら紙のように引き裂く爪、重量に物を言わせた両腕での薙ぎ払い、そして銃弾すら容易に弾いてみせる、高弾性の筋肉の鎧。
ドクターからの改造手術で得た力は、容易にライダーを地に伏させた。
 いける。これならジンクスも吹き飛ばせる。
今度ばかりはあんな不吉なジンクスも成り立たないだろう。
 先輩ならあのジンクスを崩せる――
そう、強く信じた、その刹那だった。
追撃するために一歩目を踏み出したグランドライオンが、不意に弾かれたように上を見上げる。



 ドルン……どどどどどっどどどっどどどどどど……どるるんッ……



 俺は、音が鳴って初めて気付いた。
エキゾースト・ノートが、断崖の上から鳴り響いている。
見上げればハイビームが目を焼いた。
「なんだ!?」「あれは……」「まさか、なんで」
 仲間達がメットの内側で口々に戦慄の言葉を吐き散らす。
俺はなにも言えなかった。
――忘れていた。
 正義の味方は、いつだって遅れてやってくるのだ。

「そこまでだ――怪人!!」

 立っている。爛々と輝くバイクのハイビームの影、確かにそこに正義の味方シニガミがいた。
 断崖の上で、バイクに跨ったまま叫ぶその姿には一片の迷いも見当たらない。
 新たなライダー……降って沸いた悪夢。

「先……いや、グランドライオン様を守れッ!!!」

 俺は思い切り辺りの戦闘員に向かって叫ぶと、地面を蹴って走り出した。
 奴を行かせちゃいけない。
ジンクスは今日、嘘になるんだ。
先輩は……先輩は、勝つ。勝つんだ!!

 ライダーが地面を蹴る。
ハイビームのバックフラッシュを、その身体が黒く切り取った。
 奴は落下速にかまける事なく、崖の出っ張りを上向きに蹴っ飛ばすことで、さらに早くこちらへと突っ込んできた。
 着地するのを待たずに飛び掛った二人が、弾丸になったライダーに弾き飛ばされる。
 ライダーは白煙を上げながら着地し、弾き飛ばされた二人がオモチャのように地面に落ちるのを背景にして、赤く光る複眼をこちらに向けた。
 その筈なのに、視線の先に俺達は居ない。
まるで俺たちが見えていないかのように、奴の視線は俺たちを擦り抜けて、その後ろ――傷付いたもう一人のライダーと、先輩の姿にだけ注がれている。
 初めから、眼中にないのだ。跳ね飛ばしたあの二人の戦闘員の事さえも。
 ぎりり、とを歯を食い縛った。
 止めてやる、あいつらの存在は無駄じゃなかったって証明するために走る。だってそうじゃなきゃ、足元に纏わる石ころを蹴飛ばすように倒されて終りじゃあ――それは、あんまりにも悲しすぎる。
「……こ、いつーーーっ!!!」
 右手に全力を込め、右足で地面を踏み切った。
3m弱にまでつめた間合いを一足でゼロにする。
 飛び込みながら右手を引き、加速の勢いを載せる。
芸はいらない、ただ全力を叩き込めればいい。握り固めた拳を、勢いのままにその顔面に叩きつけようと振るう――
 だが、一瞬後に拳が感じたのは、空気の唸りだけだった。何が起こったのかよく見えない。ただコマを落としたように、ライダーが僅かに首を傾げるようにしているのだけが見て取れる。
 ……空振り!?
 それを意識した瞬間、胸の中心をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 ライダーに向かって走っていた進行ベクトルが、急激に逆向きに切り替えられる。
見えなかった。
まるで、何が起こっているのかわからなかった。
「――― カ ぁッ …… 」
 視界が明滅して、重力がどちらに掛かっているのかわからなくなる。見えたのは拳を突き出したライダー、空、ちらちらと星と寂しげな三日月、採掘場の露天掘り。
一瞬で流れていく景色に、今水平に飛んでいるのか、それとも垂直に飛んでいるのか、自分の体は真っ直ぐなのかどうか、その全てがわからなくなって、背中に石くれの感触を覚えたときにやっと自分が地面を滑走しているのだと自覚した。そして、停止。
 逆流しかけるモノを堪えるように胸を右手で押さえつける。
未だにチカチカと光が飛ぶ視界を取り戻すため、浅い呼吸を繰り返しながらライダーがどこにいるかを目で追った。
 ――答えは少しの時間も置かず、見つかる。
 奴は満身創痍のライダーを守るように立ち、先輩に向かっていた。
俺が再びそのライダー達を視認するまで、何秒の時間があったかは知らない。でも、それはとても短い時間のはずだ。
先輩が片方を倒すまで遮っておかなければならないはずが、気付けばこの様。
俺を含めて、立っている戦闘員は一人もいない。

 ……足留めにすらなれなかったのか、俺達は!
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