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Nights.
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In The Darkness
形にならず見えぬがゆえに
われらはそれを恐れる
われらが知る世界ではない世界がそこにはある
現実に満ちた常識がその光景を虚偽と否定する
知らぬが故に嘘、認められないが故にまやかし
ああ、それらはすべて本当なのに
気付け
夜は暗く深く
ぬらぬらとしたあぎとを開き
人の生き血を狙っているのだ
狩人は夜を駆ける
己のため 時に人のため
――【Nights】
その闇が覆いかぶさってきた瞬間、本当に死を覚悟した。
開く口の中は生臭い赤色。冷たく暗い虚が口を開けて、おれの頭を噛み砕こうとする瞬間。
誰かの声が聞こえて、おれはそれに従って思わず足を振り上げた。
ごう、と音がして、砲弾のようなものが目の前に迫り上がる。赤く燃えた砲弾らしいものはそのまま減速せず、闇の開いた口を乱暴に閉め、アッパー気味に上に吹き飛ばした。
宙に吹っ飛ぶその闇を見て、初めて気付く。
砲弾に見えたのはおれの足で――ごうごうと炎を上げて燃えているのだということに。
声にならないような声を喉の奥で絞り、だんだんと足踏みして火を消そうとしたその瞬間、つんざくような轟音が鳴り響く。破裂音というのも憚られるような、聞いた事もないような爆発音だ。強いて言うなら、近くに落ちた雷に似ていると言えないこともなかった。
音に弾かれるようにして見上げると、闇に向けて赤い線が走る。赤い線を追うようにして、黒いコートが翻った。何者かは判らない。おれが誰何の声を掛けることを思いつく前に、黒いコートを着た人間は、空中で闇に向けて無数の雷鳴じみた銃声を重ね、仕上げとばかりに蹴り飛ばした。――男の手にあったのは、二挺の拳銃。普通に生きていれば一生見るはずが無かったもの。
銃弾に貫かれた闇は出来の悪いブギを踊り、地面に叩きつけられるや否や火線から逃れるように方向を変えて逃げ始めた。
逃げるその先には――一人の、華奢な女性がいる。
おれは、叫ぶ。何を言っているのかも判らないまま、恐らくは逃げろという内容の事を。
だが、女性は動けない。
恐怖に足が竦んだのか、と疑った瞬間、彼女はきっと視線を上げた。
その視線の強さと、毅然とした仕草に息を呑んだ。同時に、理解する。彼女は動けないのではなく、動かないだけなのだと。
彼女は足を動かさないまま、静かに手に持った何かを持ち上げた。
手に持った、白い――白い何かを、空中を走る闇に向ける。
その白い何かが銃であると認めた瞬間、死ぬのは女性ではなく、その闇なのだと悟る。
闇が恐怖したように一瞬だけ進むのをためらった瞬間、夜の空気を光が引き裂いた。
形容しがたい音を立て、闇を切り裂くカメラのフラッシュのような純白。真っ白なその「領域」が、まるで光線のように収束して直進し、黒い何かを突き抜ける。まるで紙に穴を開けるように容易く、光は闇の反対側へと貫通した。流れ星のような光条が宵闇に長いラインを引き――それきり。
光が掻き消えるのと同時、ガラスの割れるような音を響かせ、闇はその姿を消した。
――その光が、焼きついて離れない。
眩しくて眩しくて寒気がするくらいの、純白を忘れない。
おれは、
厚木康哉
(
アツギコウヤ
)
は、恐らくは死ぬまで忘れないだろう。
夜空を落とす、その純白の射手を。
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