-Ex-

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  キラーズ・フォー  

「……酷えな」
「そうですね」
「他に感想はないのかよ」
「慣れましたので」
 路地の途中、立ち止まって話し込む。
 押しても引いても柳に風、微笑を崩そうとしないリューグに、ザイルは溜息をついた。視線の先では煙を上げるアーマノイドが仰臥している。胴体の中央部に拳大の穴が開いており、そこから下の地面が見えた。中にいた人間は即死だろう。
「これがおまえの言った"あれ"とやらの仕業か」
「それ以外に考えられませんね。単純な肉弾戦でできた傷ではありません。彼女の義肢に内蔵された高出力のプラズマ砲によるものです」
「阿呆か。大気中でプラズマを使うような真似が出来るわけがないだろう」
 通常、プラズマは大気中ではエネルギーを拡散させてしまうために兵器として用いることは出来ない。エネルギーの損失を何かしらの方法で防がなければ、プラズマは敵に届く前に完全に散逸して消滅してしまう。もしプラズマを利用した武器を作り出したとしても、対策を講じなければ、発生させるために必要なエネルギーと見合わない効果しか得られない欠陥兵器が出来上がるはずだ。
「ですが現実に、彼女はこのアーマノイドを貫いた」
 リューグはアーマノイドに歩み寄り、刀の鞘で示すように装甲を叩く。
「彼女はいつも言っています。"あれ"――銃剣ベイオネットを使用するとき、銃身が見えるのだと」
「銃身だと?」
「そう、赤い銃身が見えると聞きました」
 リューグはゆっくりと振り返った。人を殺すときにさえ崩れなかった笑みが、今はない。ザイルは目を細め、「それで?」と声低く促した。
 鞘を、貫通した穴を探るように差し入れ、リューグは続ける。
「イーヴィル・アームは一般に流通しているサイバーウェアではありません。少なくとも、誰が使おうとも同一の性能を発揮するツールでないことは確かです。聞けば重量は両方合わせて八十キログラムを超え、中には最先端アーマノイドのそれを越える技術が詰め込まれているらしいのですよ。そのうちの幾つかはブラックボックスであり、彼女のケアを引き受けているシキにも手がつけられないそうです」
 鞘が地面を打つ音が聞こえる。ザイルは無言のまま、リューグの瞳を見た。
「僕とシキが彼女と行動を共にして三年になります。収集したデータから判明したのは、ブラックボックスが例外なく彼女の脳波と関係を持っているということだけでした」
「脳波?」
「ええ。彼女があれベイオネットを使う際には、極度の集中状態にある事が判っています。……アルファ・ツー波が飛びぬけて高くなるのを確認しました。高いといっても、僕たちが武器を扱うために緊張するレベルとは訳が違います。ブラックボックスのうち、半分がその極度の集中状態を作り出すためのものでした」
「集中して物理法則を捻じ曲げたってのか?」
「陳腐な結論ですがね。残り半分のブラックボックスについては、高められた脳波を受信していることしかわかっていませんが、たった今あなたが言ったことを実現するためのものなのだと思われます」
 そこまで言って、リューグは再び表情を緩めた。刀を持ち上げて腰にく。ザイルは溜息をついて、トリガーガードに指を引っ掛けたまま銃をぶらつかせた。
「胡散臭い話だな」
「ですが他に説明のしようがありません。……在処は、彼女にしか見えない銃身を視認し――いえ、作り出し、、、、、その銃身を通してプラズマを射出している。当たればご覧の通りのこの威力。僕も最初は彼女の出自をよく考えたものですが、味方として動いてくれるのなら余計な詮索は要りません。瑣末と思って、考えるのを止めました」
 リューグは肩を竦めると、軽く息を吐き出して、路地の奥へと目をやった。
 視線を追うように目を向けると、無明の闇の向こうから、二つの足音が聞こえてくる。やがて闇の中に、アリカに肩を貸して歩いてくるシキの姿が見えた。緋色の瞳が異彩を放つが、それ以外はごくごく平凡な普通の少年に見える。
「お疲れ様です、シキ、在処」
「全くだよ。この扱いはひどいんじゃないのかい、解放されていきなり仕事じゃあ気も滅入るってものさ」
「ですが在処がきちんと助けましたし、今こうして全員が五体満足でここにいる。それだけで十分だと思いますが」
「僕は時々、君の友達甲斐のなさに呆れるよ」
「同感。リューグは人使い荒い。シキに無茶させすぎ。今日だってリューグがついていったら、シキも捕まらなかったかもしれないのに」
「それについては謝りますが……情報を盗む程度、シキなら一人で出来ると判断したまでです。労働は尊いですが、無駄は極力省くべきですよ」
 シキは溜息をついてリューグをじっとりと睨む。追従するようにアリカの視線までもが集中するが、柳に風とばかり、リューグの微笑は揺らがない。
「……ありがと、シキ、もうへいきだから」
 シキは何秒か眉間に皺を寄せていたものの、傍らのアリカが若干ふらつきながらも自立するのを見て、表情を和ませた。「無理しないでね」と念を押すように言ってから、ザイルに向き直る。
「で……そっちの人は? リューグの知り合いかい?」
「こんなのがいると知ってたならこのあたりには寄り付かない。寿命が縮む」
「こんなの、とは心外ですね。僕は至極真っ当な人間である自信がありますが」
「冗談なら笑ってやる。本音なら呆れ返ってもまだ足りん」
 ザイルは肩を竦めて、空っぽのマガジンを今更のように落とした。かつん、と音が響く。
「あはは、気が合ってるみたいだね。どうでもいい人には二言目には殺すとか死んでくれとか言うんだよ、リューグは。自分が認めた人じゃないと、隣を歩いたりしないんだ」
「会って早々に言われたよ。それで鉄砲と鉈でストリート・ダンスさ。自前の銃を二挺オシャカにして、無理やりつき合わされてずるずるここまで引っ張ってんだ。死にたくなるぜ」
 うんざりしたような口調のザイルに対して、シキは快活に笑う。リューグの微笑とは違う、八重歯が覗いた、やんちゃ坊主を思わせる笑顔だ。
「そりゃ災難だったね。でも、悪くない感じに見えるよ、君が持ってる銃も、君の表情も。しっくり来てるって言えばいいのかな。リューグが君を認めるのも、わかる気がする」
「本当にそう見えるならいい眼科を紹介してやる。黒目の充血も多分治るぞ」
「残念、これは義眼インプラントなのでした。普通の目より、ずっとよく見えるよ」
 屈託ない笑顔のまま、右手をほとんど突き出すような勢いで差し出してくる。突きつけられた手に、ザイルは思わず一歩退いた。
「何のつもりだ」
「握手」
「なんで」
「感謝の気持ちってところかな?」
 もう一歩。ザイルが後退った分の距離を、シキが踏み出して埋める。もう一歩下がったところで、ザイルは後頭部をビル壁にぶつけた。狭い道だ。銃を振り回したら引っかかりそうなくらいに。
「……手は人に預けないことにしてる」
「またまた、シャイだなぁ」
 リューグとはまるで違う雰囲気の持ち主だった。ザイルは仰け反りがちになりながら助けを求めるようにリューグを見る。リューグはしばらく楽しげにザイルの様子を眺めていたが、視線を厳めしくしてやるとすぐに肩を竦めて口を開いた。
「シキ、彼は臨時の助っ人です。ビジネスは円満に終了するべきですよ。あまり困らせてはいけません」
 ザイルに目を向け、薄い笑みを浮かべたまま任務完了を言い渡すリューグ。シキがリューグを軽く振り返り、苦笑がちに手を引っ込める。それを見て初めて、ザイルは力を抜き、大きく溜息をつく。
「やれやれ、ようやく肩の荷が降りた気分だ。徹底徹尾振り回されっぱなしだったのは久しぶりだな」
「それでもあなたは我を保っていました。僕たちの指示に従いながらも、自分のやるべきことを見失っていなかった。決して自棄にならず、その場その場で自分にとって最良の結果が来るように行動する、強靭なエゴ。尊敬に値しますね」
「褒められた気がしないのはなんでだろうな」
 ザイルは壁にもたれかかって、もったいぶった所作でポケットを探った。かさり、と指に触れる煙草のソフトケースを摘んで引っ張り出し、一本くわえる。続けてライターを探してポケットを漁るが、すぐに触れるはずの硬い感触はない。
 渋面を作って口元の煙草を摘んだとき、金属音が響いた。目の前にゆっくりとジッポライターの火が差し出される。視線をゆっくりと横へ向けると、心なしか名残惜しそうに笑うシキの顔があった。
「悪いな」
 くわえた煙草を近づけ、火で先端を炙る。深く吸い付け、ザイルは煙を宙に浮かべた。アリカが露骨に顔をしかめるのを見て、皮肉っぽく笑ってやる。
「いいさ。けど、残念だなぁ」
「何がだ?」
 浮かぶ紫煙に目を細めると、シキはライターを音高く閉めてポケットにしまい込み、癖っ毛を撫でつけるように頭に手をやった。乱れてくしゃくしゃの髪を弄りながら、続ける。
「君と一緒に仕事を出来ると、楽しそうだと思ったから。……リューグやアリカに会ったときと一緒でさ」
 予想外の言葉に、ザイルは目を丸くした。瞠目して言葉を失った一瞬の間に、シキは穏やかな声を滑り込ませる。
「嫌な人間はたくさんいる。けど、自分がいいって思える人もたくさんいる。苦い思いばっかりしてきたからね、それを避ける直感には自信があるんだ。その僕の直感が、君ならいいって言ってる。……ええと、ザイル、だっけ?」
「……ザイル。ザイル=コルブラント」
 圧されるように自らの名を口にすると、シキは一層顔をほころばせ、歯を見せて笑った。
「ザイル。僕には君のサポートができる。銃の整備、仕事の斡旋、情報の収集と提示。捕まってボコボコになってた僕が信じられないなら、リューグとアリカのことを信じてほしい。見ただろ? 二人の実力は」
 眉一つ動かさず、精緻に敵を殺す殺人狂の技を見た。反応すら許さず人間をねじ伏せ、アーマノイドを破壊する兵器を備えた殺人姫を見た。
 ザイルは首を縦に振るしかなかった。肺に染みる安煙草の煙が、これが夢ではないと教えてくれる。
「強い力を持てば生き残る確率は上がる。リューグとアリカ、そしてザイル。君たちが一緒に仕事をこなせば、生き残る確率はぐっと上がる……そう思わないかい?」
「……群れるのは苦手だ。裏切られたこともある」
「だろうね。けど、きっと今度はそんなことはない。なんでかわかるかな?」
「言ってみろ」
 ザイルは口元から煙草を外し、指で灰を叩き落としながら、促した。
 緋色の瞳が弧を描き、会心の笑みを浮かべる。シキは右手でピストルを作って、ザイルの顔に差し向けた。
「僕は、君に一目惚れしたようなもんだからさ」
「……は?」
 指に挟んだ煙草が地面に落ちた。地面に赤い火の粉が散り、ザイルは呆けたように立ち尽くした。それこそ、横合いで聞こえたイーヴィル・アームの駆動音にも気を払えないほどに。
「リューグどいて。そいつ殺せない」
「落ち着いてください、在処。喩えです、物の喩えですから」
 緊迫したやり取りが起きるのにも頓着せず、シキはザイルの瞳を真っ向から見据え、真面目な表情を作る。
「一言で言うならシンパシーって奴かな。……同じ種類の人間って、わかるだろ? 些細な共感じゃなく、もっと大きなもの。生き方の相似とか、価値観の近似とか、言い方は色々あるけど。……僕はリューグと、そういう風に噛み合った。ザイル、君はどうかな?」
「……」
 初めて殺人狂と相対したとき、同類だと、そう思った。
 ザイルは足元に転がった煙草を踏みにじり、火を消す。ポケットに手を突っ込んで、僅かな沈黙の後で答えた。「遠からず、だ」
「それなら、君と僕もきっと同じさ。すぐにはピンと来ないと思うけど、きっと少し時間があれば、そう思うようになるよ」
 あっけらかんと言ってのける彼の口調には、打算的なものは見られない。先ほど引っ込めた手を、シキは改めて差し出した。今度はややゆっくりと。
「一緒にやろう。……多分、一人よりずっと楽しいから」
 胸を張ってそう言う。
 ザイルはポケットから手を抜くことをためらうように肩を揺らした。
「……ダメかな?」
 やや不安げな声が届く。横ではイーヴィル・アームを振りかざしかけているアリカを、リューグが難儀そうに押し留めていた。ちぐはぐで奇態な三人組だが、長く共にやっているのだと推測できる空気が、そこにはあった。

 ――ひとりでいることは怖くなかった。
 ――けれど、群れている奴らがうらやましくもあった。

 しばしの逡巡の後で――ザイルは、ポケットから右手を抜いた。ぶっきらぼうに手を伸ばし、掴む。
 シキの手は傷一つなく華奢で、死人を思わせるほどに冷たい。けれど、そのとき彼が浮かべた笑みは、人間味のある――つられて笑ってしまいそうになるくらいの笑顔だった。
「……じゃあ、決定だ」
 アリカが諦めたように肩を落とし、リューグが宥めるようにアリカの背を叩き、シキはいわずもがな笑っていた。
 ザイルは、いつものつまらなさそうな無表情を浮かべようとして、失敗している自分に気付いた。
 ――まあ、悪くないか。
 たまにはそうしてみてもいいと、ザイルは天を仰いで、喉を鳴らすように笑った。


 それから十分で、ザイルは自分の選択を悔いた。
「参ったねえ、これは」
「……ただでさえ安普請なのに、いい加減脆くなってるところに機関銃弾ですからね」
 さすがの殺人狂も、笑顔が引きつっている。瓦礫の前に四人揃って立ち尽くす。帰るべき我が家だったはずの場所は、倒壊して筆舌に尽くしがたい状態になっていた。
 出来損ないの喜劇のように、引きつり笑いのままリューグが肩を竦める。
「ま、こんなこともあるさ」
 深刻そうな顔を引っ込めて、シキは手近な瓦礫に腰掛けた。その横にアリカが寄り添う。
「……どうするの、シキ」
「さすがにあそこに四人は手狭だったし、おっかない人たちに目をつけられてるみたいだし……もうちょっといい物件を探そうか、この際」
「そうするにしても下にある貨幣とデータディスク、僕たちが持っている資本の回収くらいはしたいところですが」
「掘るしかないねえ」
「……そうなりますか、やはり」
 リューグとシキが今後の方針を協議するのを聞きながら、ザイルは少しずつ少しずつ三人から距離をとり始めた。土木作業員になる気はさらさらなかった。
 すり足でゆっくり後ろに逃げる。音を立てないように注意深く歩いていると、獣のような反応で振り向いたアリカと目が合った。
「……」
「……」
「……どこ行くの」
「……トイレに」
「行く必要がなくなるようにしてあげてもいいのよ」
「遠回しな殺人予告か」
「ストレートな脅しだと思いますよ」
 ゆっくりと振り返ったリューグが笑顔で口を挟む。まずこれで逃げられないなと、ザイルは頭より先に本能で理解した。
「では仲間として最初のお願いなのですが」
「断る」
 即答するが、リューグは気にした風もない。見る影もなく倒壊したビルを仰々しく手で示し、続ける。
「見ての通りの瓦礫の山ですが、あの下に資金、銃器、データ、その他諸々の全財産が眠っているわけでして」
「勝手に掘り出せ」
「そこをなんとか」
「くどいぞ」
「アリカー」
 押し問答を続けていると、シキがごく普通の調子で声を上げた。
 瞬間、低いハム音が起きた。大型の冷蔵庫が唸るような音と同時に、アリカがゆらりと進み出る。イーヴィル・アームの人差し指が、転がっていた人の頭ほどの瓦礫を、バターにナイフを入れるかのように滑らかに両断した。
 シキの平和そうな笑顔とアリカの陰惨な笑いが目に入る。
 ザイルは即座に梃子になりそうな棒に手をかけた。
「瓦礫をどければいいんだな」
「困難のときこそ助け合うのが仲間だよねえ。感動のシーンだよ」
「……俺は今死ぬほど後悔してる。何でかわかるか?」
「言ってみてよ」
 シキが笑いながら促す。
 ザイルは瓦礫から鉄パイプを引っこ抜き、肩に担いで瓦礫に向かって歩き始めた。
「おまえらといると、面倒事が四倍になる予感がしてるんだよ」
「その分、楽しさも四倍さ。それじゃ、さっさと働こうか!」
 打てば響くような切り返しに、ザイルは再び天を仰いだ。

 新生活のスタートは、汗と埃の味がした。
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