-Ex-

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 ──滅茶苦茶に揺れる弾体が地表に近づく。ディスプレイにはアラートが出っ放しで、弾丸が表面装甲を削っている旨をひっきりなしに伝えてきていた。地上十二メートルに達し、アラートの音が最高潮に達したとき、彼は指示のあったとおりにハッチを吹き飛ばパージし、弾体の中から空中へと身を踊らせる。
 落ちていく弾体と、夜空に火線を曳く洩光弾トレーサー。燃える工場をバックにしたその光景は、退廃的で美しい。
 身を翻して着地する。それと同時に、彼は敵影を確認した。
 包囲されている。前方に四体、三時に二体、七時方向に三体。射線を重ねていないのは熟練者の証だ。荒っぽいフライトを弾丸でさらに盛り上げてくれた連中だろう、と彼は当たりをつけた。
「フィジカライザーか?」
「わからん。総員、油断するな。甲型及び乙型は特殊兵装を解禁する。遊ばず殺せ」
「解禁了解」
 彼の目の前で、敵が銃器を捨てたり、持ち変えたりと動きを見せる。ほぼ同時に、敵の下肢や上肢が輝き、異形に変形した。
 クローム・メタリックの輝きは、この凍京で最も死を連想させる色だ。彼らが身にまとうのは、最新鋭の戦闘用人工義肢コンバットサイバーリムである。恐らくは、軍にさえ売り出されていないようなソリッドボウルの虎の子だ。+≠除けば、あの企業において最強の存在だろう。
 この敵に立ち向かって、無事でいられる人間などいない。恐怖を感じてしかるべき状況で、しかし彼はつまらなさそうに息を吐いた。
「──なんだ、プラスじゃねえのか」
 敵が皆、動きを止める。それを前にして、彼は溜息混じりに呟いた。
「宣言しよう。向かってくる連中は皆殺しにする。俺は正義の味方でも、聖人君子でも、ぶっ放すのを躊躇うビビリでもねえ。そいつが分かった奴から選べ」
 傲岸不遜に、彼は笑った。
「ここで死ぬか、尻尾を巻くかをな」
 次の瞬間、プラズマの火線が彼に向けて集中した。
 フィジカライザーたちが放った青白い光条が彼を貫くかに見えたその一瞬、彼が唇を楽しげに歪めたのを、誰が知れたろうか。
「オーケイ……」
 彼は消え入るような掠れた声で囁くと、迫るプラズマの光輝を直視し、精神を集中した。
 濁流に似た時の流れが、彼の中だけで遅延する。
「──解放イグニッション=v
 彼は呟き、弾けるように駆けだした。
 直進するプラズマのラインを最低限の距離を開けて回避する。交錯し、複雑に絡みながら描かれる光の弾幕を、地を駆ける野獣のように潜り抜けていく。
 ──否、その有様はすでに飛行に似ている。フィジカライザーが当たらないプラズマを彼に向かって放つ様は、まるで戦闘機を槍で落とそうとするゲリラのようだった。
 次の瞬間、愚を悟ったフィジカライザーたちは陣形を整えるように動き、タイミングを合わせて一斉に光を放った。
 統率のとれた動きだ。ほぼ同時に放たれた光条には、避けるだけの隙間が見あたらない。逃げる先は唯一。上だけだ。
 それが誘いであることなど、とうに分かっている。
 彼はそれでも、迷わず上に跳躍した。
 地上、こちらを鈍い動きで見上げるフィジカライザーたちを俯瞰する。
 彼は翼を広げる大鷲のように、両腕を打ち広げた。伸びきった腕、その袖から金属製のアームが飛び出す。
 アームの先端に嵌まり込んだ銀色のメダリオンが、僅かに光を放った次の瞬間、男のコートの内側から無数の金属の小片が飛び出した。
 金属片は渦を巻くように腕の先に集まり、絡み合い、金属音を立てながら精密に組み合わさって、一つの形を形成していく。
 刹那のことだ。アームが延びてからほんの一瞬で、彼の手元には二つの金属塊が残る。

 それは無骨で鋭利な.五〇口径の殺害意志。
 殺すために生まれた鋼鉄の慟哭。

 銀と黒の二色を持つ、混ざりものハイブリッドの二挺拳銃であった。互い違いのハーフトーンが印象的な、時代遅れも甚だしい大口径の拳銃──それはかつて史上最強のオートマチックと呼ばれた、イスラエル生まれの死の大鷲だ。
 超至近距離戦闘にも耐えられる護拳ナックルガードつきのデザート・イーグル・カスタムが、彼の手の先で殺意の光を照り返して鈍く光る。伸びたアームがその拳銃のグリップに叩きつけられ、銃は空中で手品のようにくるくると回転した。二挺の銃のグリップ、それぞれ握る手に面する側に、銀色のメダリオンが光る。
「ショウタイムだ」
 空中にいる彼目掛け、地上から何発もの光が伸びる。彼は体をひねり、銃のウェイトと空気抵抗、さらに重心移動を使って空で踊った。プラズマのラインに沿うように回転し、剣山のような光の群をすり抜ける。第一陣の射撃を掻いくぐって着地したその瞬間、彼は行動を開始した。
 顎が地面を掠めるほどに姿勢を低くし、その体勢のまま肉食獣のごとく駆け出す。虚を突かれた敵が焦ったように各々の武器を彼に向けるが、遅すぎる。
 ともすれば銃弾の初速に匹敵するほどの速度で駆け抜け、彼は二丁同時に銃弾を放った。火薬の圧力と彼の加速力とを一身に受けて弾き出されたアクション・エキスプレス弾の初速は、秒速七百メートルを越える。
 顎を食いちぎられ、二体のフィジカライザーが仰け反ってゆっくりと倒れていく。その体が地面につく前に、彼は地面を踏みしめた。
 鋭角的な方向転換は、一般的なサイボーグが行うそれよりも遙かに鋭い。立て続けに放たれたプラズマを微かな加減速とステップワークで回避し続ける。潜り、飛び越え、横にかわす。一発とて彼の体を捕らえることはできない。
 ──残敵数、七。
 原理侵食フィジカル・ハック灰色領域アウタースフィア=A侵食率良好。レベルUで安定。
 彼は自身の状態と敵の配置を頭に刻み込んだ。依然、敵がこちらを包囲した体勢は続いている。
 敵は仲間を討たれた動揺を見せず、時間差で攻撃を行ってくる。四体が、二体ずつに分かれて光を放つ。その光を追いかけるように、残りの三体が、拳を握り固めて突っ込んできた。
 プラズマのラインをギリギリで避けたところに、三体のフィジカライザーが殺到する。
 乙型──甲型に対し、至近距離での物理的攻撃に長けた機種だ。
 加速した彼の速力に、敵が辛うじてついてくる。繰り出された拳を避け、銃を振りあげようとした瞬間には横から凪ぐような蹴り足。のけぞるようにしてかわした瞬間、フィジカライザーの踵が火を噴いた。空振りした足をすさまじいスピードで振り抜き、すぐさま次の蹴りを放ってくる。
 脇腹に足がめり込み、彼が呻いた瞬間、最後の一体が閃光のように襲いかかった。至近距離から放たれるのは、鉄球のような拳の連撃だ。
 彼はつるべ打ちにされて、踵で地面を削りながら後ろに跳んだ。
 瞬間、三体の乙型が追撃せずに射線を空ける。間髪入れずに、四体の甲型が腕を前に出した。手のひらから、あるいは増設された砲身から、プラズマの火線が射出された。
 いかにExと言えど、そのプラズマ弾をぶつけられてはただでは済まない。
 彼は自分の状態を検分した。意思障壁ウィル・シールドは正常に起動している。だが衝撃がいくらか浸透し、行動には影響がないもののダメージを負っていた。
 ──持て余すなよ。
 彼は、自分に向けてそう呟いた。訓練する中で何度も言われたことだ。
 彼の意思障壁の強度は全Exの中で最弱なのだそうだ。そして、原理侵食による攻撃規模においても他に比べれば劣る。
 しかし、その代わりに、彼にはある特性がある。
 それは、スピードだ。
 たったそれだけの、だが極めればなによりも強力な武器。当たらない攻撃は、無いのと同じだ。
 速さは武器、速さは力、速さを極めたものを殺せるものはいない。
 ──それを信じろ、と紅い髪の女は言った。
 ただそれだけでいいのだと。
 おまえは、なによりも速いのだと。
わかったよアイ・シー
 原理侵食フィジカルハック灰色領域アウタースフィア=A起動中アクティブ
 迫り来るプラズマの弾丸を見ながら、彼は知覚外の速度で囁いた。

加速ブースト開始オン
O.K. Module01 Synapse-plus on...... DrIvE

 無愛想なマシンボイスが聞こえる。
 音のすべてが濁り、景色は色を失くした。
 ──世界は枯れ果てたようなグレイ。
 その領域で、彼を追えるものはない。


 プラス・ナンバーシックスたる霧崎舞には無敵の盾、意志障壁ウィル・シールドと、無敵の剣──原理侵食斬裂光剣アロンダイト≠ェある。純粋な近接格闘能力ならば、たとえどのようなExが相手であろうと一歩も譲るまい。
 だから彼女は、遠方より飛来した人間大の砲弾にExが乗っていると確信した瞬間、それを殺そうと当たり前のように思った。思考からタイムラグ無く金槌を虚空より発生させ、具象装甲フェノメノンハンドラを両腕に発現する。
 身体を縮め、バネを生かして爆発的に走り出す。
 一分と置かず、舞は現場にたどり着いた。
 墜落したらしく、弾体は炎に彩を添えるように炎上している。しかし、敵は健在だった。既に七体ほどのフィジカライザーが、それぞれの武器を使って応戦している。
 舞はすぐさま、フィジカライザーの攻撃を掻いくぐる敵を注視した。敵は真っ黒なコートに、二丁の拳銃を手にしている。その顔を見たとき、電撃のような危険信号が背中を走り抜けた。
 霧崎舞は殺戮領域キリングフィールドである。彼女は死を運ぶが故に、そのにおいに人一倍敏感だった。
 舞が危険を叫ぼうとした瞬間には既に戦闘は佳境であった。三体の乙型が敵Exに殺到し、三者のコンビネーションが黒尽くめのExを捉える。声もなく吹っ飛んだExに向け、後ろの甲型四機が一斉射撃を放った。
 空気を引き裂き、爆ぜさせながら、うなるプラズマの火線が敵を捉える──かに見えたその瞬間、敵は口元を、笑みに歪めた。
 プラズマ弾が、虚空を撃ち抜く。
 舞が驚愕の声を押し殺したその瞬間に銃声が響く。三体の乙型が、反応すらできずに頭を吹っ飛ばされた。
 行動としては単純だ。舞にも、彼がなにをしたかくらいは分かる。
 彼は突き進むプラズマ弾を右に回避し、そのまま前進して、左右に散開した乙型の頭に、きっかり一発ずつの銃弾を撃ち込んのだ。行動を説明するのなら、たったそれだけだ。
 しかし問題はその速度である。 
 速い。舞の目にすら動きがコマ落としに見える。Exは既に甲型が立ち竦む地点まで突貫していた。
 今更回避されたのを認識したのか、甲型の内の一機が第二射を捻り出す。だが至近距離で放たれたプラズマ弾はやはり空を切る。発射されたその瞬間までは、敵は確実に射線の上にいたはずなのに──いざ光の行方を見てみれば、その軌道から微かに逸れた位置にいる。その有様は亡霊か、あるいは死神を容易に想起させた。
 その化け物を殺すことは、同じ化け物にしかできない。霧崎舞がなりふり構わず「下がって」と叫んだ瞬間、化け物は、楽しくてたまらないという風に、唇を歪ませた。
 攻撃のことごとくは外れ──
 それは即ち、彼らフィジカライザーの避けようのない全滅を意味している。
 Exが力を込めて地面を蹴った。立て続けに四度、フィジカライザーを取り囲むようにコンクリートが陥没し、捲れあがる。地面が爆ぜるその順でしか、彼の足取りを追うことができない。
 フィジカライザーが散開しようとした瞬間、遅い判断を嘲り笑うように銃声が響いた。
 高速移動と鋭角的な方向転換が、四体の甲型に反応を許さない。放たれた銃弾が命中するその前に移動し、別の角度から銃弾を叩き込む。拳のラッシュにさえ似た連射だった。発砲の銃口炎マズル・フラッシュで照らし出された彼の影法師が、まるで数人が同時に射撃しているかのように目まぐるしく踊る。
 十三発分の火薬の叫びは、この世でもっとも速くて短い別れの歌だ。あまりの連射のため一繋がりに聞こえる銃声が止んだ頃には、フィジカライザー達は物言わぬ肉と金属の固まりになって地面に転がっていた。
 少年──Exが、地面に足を押しつけ、陽炎と火花を立てながら止まる。背中を向けたまま立ち尽くす彼を前に、舞は飛び込むのを躊躇った。
 彼の周囲が、微かに歪んで見える。舞は理解した。あの歪みは、同質の存在を──すなわち、Exやプラスを傷つけるために彼が身につけた、殺害権利キリングライセンスの一つなのだと。

 ──私は、今、踏み込まなかったんじゃない。踏み込めなかったんだ。

 舞は普段の自分の軽い調子を思い出そうとした。だが、それがどうしてか上手く行かない。燃え盛る周囲の景色の中、黒いコートの少年がゆっくりと振り向いた。
 炯々と白光りするその瞳だけが、火炎を背負った人影の中で切り抜かれたように明るい。
 長身で、無駄な筋肉など一切ないように見える――否、むしろ頼りないほどに細身の身体。だが、そこには鋭利さがあった。一枚の鍛造された鋼より打ち抜かれ、鋭く研がれたナイフのような──鋭さ。
 相手が進み出る。一歩、二歩、三歩。五歩目を踏んで止まり、炎の燃える音の中で彼はだらりと両腕を下げた。
「――殺戮領域キリングフィールド
 ハスキーで、心の奥のどこかに不安の爪痕を残すような、鋭い声が響く。呟いた単語は、舞の二つ名だ。絶対不変、回避不能、絶命必至の殺戮領域。巻き込まれたものは残らず命を刈り取られ、後には何も残らない――そう嘯いたのは彼女自身である。
 舞は少年の顔を見た。目が慣れて、彼の顔の造りが見えるようになるまで、大した時間は要らなかった。
「おまえは確か、そう名乗ったな」
 彼が両手の銃のマガジンを捨て、腕を上に振った。袖から二つの弾倉が飛び出す。中空に踊った弾倉を二つの銃で受け止めて、少年はシニカルに笑った。
 スライド・ストップが落ちる。引き絞られた弓が放たれた瞬間のように、彼の両手の先で高らかな金属音が立って、弾丸が薬室にくわえ込まれた。
「……こっち側、、、、に、来たんすか」
 舞は小さな声で問い返しながら、体重を微かに前に移した。
「そうさ。来ちまった。冗談みたいだろ? けどなにもかも現実だ。俺がフィジカライザーを皆殺しにしたことも」
 少年は両手を左右に翼のように広げて、二丁の拳銃を炎に煌めかせながら囁く。
「俺たちが、ここにいる、、、、、ことも」
 少年は、二丁の拳銃を軽く揺らし、指先でくるくると回して弄んだ。縦に、横に、体の前で後ろで、立て続けにスピンして受け止めた。
 受け止めた拳銃を持った手を、胸の前で交差させる。
「おまえに倣って俺も名乗るぜ、キリサキマイ」
 交差した手もそのままに、二挺の拳銃を突き出して構えた。
「俺の名前は──」


 その、瞬間。
 相原翔は焦りを、
 霧崎舞は戦慄を、
 逸彼在処は警戒を、それぞれ胸に抱いた。

 彼らには常人を遙かに上回る反射神経と、己の能力を飛躍的に高める具象装甲フェノメノンハンドラ、そしてそれを利用した原理侵食フィジカル・ハックに、大半の物理攻撃をシャットアウトする意志障壁ウィル・シールドがある。
 そう、プラス≠ヘ、常世のあらゆる兵器から守られているのだ。
 既存の兵器の破壊力を、彼らが恐れることはない。

 しかして彼らにも、天敵はいる。
 彼らと同じ力を持ち、ウィル・シールドでさえ遮断できない攻撃を行う者たちがいる。
 彼らの前に立ちはだかったのは、一年前の殺人鬼たちの相似形だ。あの日確かに折れた牙を、彼らは抱えて離さなかったのだ。
 舐めた辛酸を精算するために、少年たちは己の武器を敵に向け、叫ぶように名乗りを上げる。超越者イクスとなった事を示さんとするかのように。





 獣が、唸る。
「ナンバーエイト。殺人遮デッドビースト=A長谷川四季」


 刀が、笑う。
「ナンバーセブン。殺人卿マッドクラウン=Aリューグ=ムーンフリーク」


 そして銃が、殺意を灯して輝いた。
「ナンバーシックス。殺人機マン・マシーン=Aザイル=コルブラント」






「僕ノ爪ハ、君ノ命ニ──」
「僕の刀は、貴方の首に──」
「俺の銃は、おまえの心臓に──」
























「「「――――触れている!!」」」






















-Ex-
【On the Muzzle】

Act.1 Fin.
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