-Ex-
そして、彼らは消えた。
登場して一ヶ月、舞い込む依頼はことごとく完璧に達成されていた。彼らと諍いを起こした者は残らず叩き潰された。果ては、報復に出たキラーハウスを逆に崩壊に追い込みまでした。
平均年齢の低さはさることながら、圧倒的な実力を持ち、大の大人が後込みをするような殺しの依頼さえ、二日に一度、アルバイトでもするようにこなしていく。
彼らは間違いなく強かった。
しかし、彼らの蛮勇も時には勝つことができない。
シキ=ハセガワ、リューグ=ムーンフリーク、アリカ=イツカノ、そしてザイル=コルブラント。
彼らは消えた。
激しい炎ほど早く燃え尽きるのだと、その身で示すかのように。
彼らが姿を消して一ヶ月、誰もが噂をした。どこへ消えたのだろうと。壊れたトレーラー、崩壊したアジト。その全容が明らかになるにつれ、一つの説が信憑性を帯びる。
奴らは企業を敵に回した。
だから死んだのだ、と。
一部の情報屋がその説に異論を唱えたが、彼らとて四人の明確な居場所を特定することは出来なかった。微かに起きた反論は、根拠のない妄言として扱われる。
結果、大勢が信じた死亡説がスラムに広がり、誰も、彼らのことを口にしなくなっていった。
企業に勝てる個人組織など、存在しない。この街で企業に対抗できるのは、同じ企業か、国家が唯一、この街に介入する手段である中央警察程度のものだ。
企業に睨まれれば、アウトローたちが生きる道はない。企業は利益をもたらすものには寛大だが、害を成そうとするものは容赦なく排撃する。
だから、彼ら四人が企業に排除されたという説がスラムに受け入れられた時点で、話は終わってしまったのだ。
その真偽を確かめようとする者はなく、やがては彼らのことを口にしようとする者すらもいなくなり、そして最後には過去の名前として人々の記憶から消えていく。
誰かが詩的な言い回しをした。彼らは、一瞬だけ光って消えた流れ星だった、と。
この冷たい凍京の空から、こぼれて消えた星だったのだと。
人々は、殺人鬼と殺人狂と、殺人姫と殺人者を忘れ去った。
時間だけが無為に流れて、あるかないかもわからないような秋が過ぎ、短い冬が終わり、ぬるま湯のような春が、足音もなく去った。
──そして季節は夏。
あの夏の日から、一年が過ぎた。
空が赤く染まっていた。
あちこちで悲鳴と怒号が聞こえた。ソリッドボウルの兵隊たちは、恐ろしいまでの勢いでメルトマテリアルの工場を蹂躙していく。それもそのはずだ、防衛するメルトマテリアル側の兵士にはないものが、彼らにはある。
それは絶対に勝てるという確信だ。
悲痛な声を上げて、メルトマテリアルの兵隊が銃を乱射した。圧倒的な弾幕が瀑布のように発され、先頭を駆けていたソリッドボウルの兵士がボロ切れのように吹っ飛ぶ。だが、風雨のごとく吹きすさぶ鋼鉄の風の中を、目に捉えきれないスピードで走りぬける二人の男女の姿がある。
彼らが先陣を切るたび、ソリッドボウルの兵士たちの声が上がる。圧倒的な畏怖と畏敬を持って叫ばれるその名は、
「――プラス≠セ!!」
叫んだ兵士――メルトマテリアルの防衛隊の一員だ――の首が吹き飛んだ。頭から上が砕けて、血の風になる。爆ぜた頭蓋骨が散弾銃のように、手近な兵士の顔面に注ぎ、彼はその衝撃だけで昏倒した。叫びを上げそうになった横の二名が、声を上げる間もなく首を裂かれ、心臓を貫かれて倒れ臥す。
血にまみれ、それでも戦うことをやめようとしないその男と、少女――ナンバーシックスと、ナンバーセブン。霧崎舞と相原翔は、それぞれの得物を手にかすかな息をついた。
「ここは私らに任せて、ごーあへっど!」
「脚を止めずに行ってください。すぐに追いつきます」
二匹の戦鬼が背後に声をかければ、ソリッドボウルの軍勢はすぐにそのとおりに動き出す。彼らの勢いはまさに怒涛であった。些少なメルトマテリアルの兵隊など、大きな歯車に巻き込まれた小石のようなものだ。噛み潰されるように潰えて、歯車は元通りに回り続ける……。
「怯むな、撃て!!」
隊長らしき男の号令のもと、ショウとマイに銃弾が降り注ぐ。しかし、それは彼らにとっては全く意味のない暴力だった。銃弾はことごとく空を切り、よしんば当たったとしても彼らに致命的なダメージを与えることは決してない。
プラスは、守られている。
既存の兵器のあらゆる破壊力を、彼らが恐れることはない。
号令を叫んだ男の首が真っ先に飛び、あとは残務処理のような投げやりさで虐殺された。ショウが刀身から血を払い、ゆっくりと刀を鞘に納める。その横で、血にまみれた白いフリルつきのドレス――少女趣味丸出しの――を纏った少女が、きゃらきゃらと幼い声ではしゃいだ。
「今日は勝ちムードっすねえ。これなら予定より大分早く終わりそう、ゼファーのライブに間に合うかも!」
「戦勝気分にはまだ早いですよ、マイさん。……まあ、任務前のような陰鬱な顔でいられるよりは随分マシですが」
「だってだって! もう二ヶ月前から予約してたんすよ今回のライブ! それを当日にいきなり捕まえられて出撃だとは何事か!! 私のブロークンハートを癒せるのはコーミのあの歌声だけ……はぁあ、早く済ませましょう、この仕事!!」
マイは随分前からご執心のロックバンドのボーカルの姿を夜空に見るように、両手に金槌を挟んで手を組んだ。
「むやみやたらと突っ込んで勝ちを拾えるならそうしたいところですがね。生憎と、突出した個の力だけではどうにもならないのが集団戦です。……さあ、行きましょう。彼らの防衛線に穴を開けて回らなければ。あの三叉路が予定ポイントです。やるべきことは?」
皮肉を交えたショウの声に鼻を鳴らすと、マイは手を下ろしてすらすらと答えた。
「防衛ラインの破壊と退路の破断。攻撃行動はそれぞれ散開して独自判断で行う」
「よろしい。では作戦目的を今一度」
「一、本工場で生産され護送される寸前のExの奪取、一が実行不可能な場合の二、敵Exの破壊。合ってます?」
「パーフェクトです」
「そりゃどーも」
言葉をぽんぽんと投げ合い、ショウは軽く刀をマイの前で揺らした。マイは小さく笑い、刀の峰に金槌を当てる。ワイングラスを重ねたような、澄み切った音が散った。
少女は歌うように言う。戦火に似合わぬ、柔らかな語調で。
「死なないでね、ショウにーさん」
「心得ました。貴女も気をつけて」
ショウが声を返した瞬間、数十メートル先の三叉路で小さな光。危なげなく刀を翳し、その光から放たれた殺意を叩き落とす。
銃弾。小口径で高初速のそれは、十中八九アサルトライフルのものだ。考え至った瞬間には、無数の銃火が咲き始める。
「そんっじゃあショウにーさん、三叉路まで競争っ!」
銃弾を避けることもなく、マイが腰を落とす。膝を撓め、クラウチングスタートの姿勢をとった。いくつか彼女に当たった銃弾があるが、それらは体に突き刺さる前に意志障壁に弾かれ、傷の一つも残せずに虚空へ消えていく。
「ついて来られますか?」
「愚問っすね! はい位置についてー」
ありもしないスタートラインの前で、少女が腰を浮かせる。溜まる力が見えるかのようだ。彼女は今や装填された石弓に等しい。ショウは両手の得物を握りなおし、彼女の横に並んだ。
「よぉーい、どんっ!!」
心底楽しげな叫びと同時に、二人は弾けるように駆けだした。
ジェノ=バーニスは、他とは一線を画す技術や機構が備えられた特別生産設備を背に、何度も手を握っては開いた。軋むことのない作り物の両腕は、今や身長二メートルを超えてしまった彼のために誂えられた特別製のサイバーウェアだ。
自分に与えられた任務は背後のプラントの死守である。自分以外の強化人間の姿はない。皆、別の任務に就いているか、ここではない別の場所で戦っているかのどちらかだ。今朝方にここに着いたとき、警備担当者は言ったものだ。『いくらソリッドボウルでも、そうそうこのレベルの警備体制を突破できはしませんよ』などと。
蓋を開けてみれば、この有様だ。ジェノは泡を食って本社に応援を頼んだ警備主任の姿を見て、小さく笑ったものだ。
含み笑いを一つもらし、すぐに表情を引き締める。
もう逃げることはできないのだと、彼は知っている。瞳を閉じれば、あの日のことをまだ克明に思い出すことができた。
半年前、Exの選抜が終了し、自分以外の結果を一切知らぬままに、彼は選択を迫られた。
ここに残り、Ex程とは言えぬまでも力を得て、企業の尖兵となるか。はたまた、なにもかも忘れ、今まで通りの人生を生きるか。
たった二つの選択肢。周りと話し合うことも許されぬまま決断を迫られたジェノは、その先に自分の仲間がいると信じて、ここに残ることを選んだ。
しかし、残った二十数名の中に、シーバとロブの姿は見えなかったのである。
初めはそれが信じられなかったものだ。地獄のような訓練と試験が連続した半年間、教官たるEx達を見返してやるという一心で何かに打ち込んだあの時間。
自分の仲間は、それを無にしてしまったというのだ。
ジェノにはそんなことはできなかった。さらなる強化手術を望み、あの頃には出来なかったことを出来るようになりたいと望んだ。
だから彼は、ここにいる。
ふと、断続的な音が鼓膜を揺らした。
その響きは、遠雷の音に似ている。ジェノはすぐに悟った。隔壁とシャッターを破りながら、何かがこちらに近づいてきている。
ジェノはちらり、と後ろを伺い、それから自重するように笑った。
どこを見ようと、出口はない。隔壁を閉鎖したこのプラントは、その壁を開けるか破壊するかしなければ出ることは叶わない。
だが、そうでなくともジェノに逃げ出す気はなかった。その選択をするのなら、半年前にそうしていただろう。
既に防衛ラインは致命的なまでに損壊し、多くの兵が敗走した。敵はプラス≠セという。一部でまだ奮闘している者もいるらしいが、誰がどう見てもこの戦は負け戦だろう。それが分かっていても最早揺らがないほどに、ジェノは成長を遂げていた。
もとより暴れるために生まれたのだ。
ならば最後まで力の限り暴れてやる。
押し黙ったまま待つ。二分としないうちに、轟音は間近にまで迫っていた。ジェノが軽く拳を持ち上げて構えを取ったその瞬間、隔壁の隙間をゆがめて、細い腕が突き出た。
「……」
間髪入れずにもう一本。両手が隔壁の縁を握った。飴細工か何かのように最後の壁がこじ開けられていく。
ジェノは苦笑した。
──ついてねェ。大当たりだ。
とびきりの貧乏クジを引いた気分で、ジェノは両腕を展開した。
工場設備の最奥まで単身で来られるのは、単身で敵を蹴散らせる能力を持ったものか、あるいは迷い込んだはぐれ者か。それか、味方か。
味方なら隔壁をこじ開けない。
迷い込んだだけの雑魚に、隔壁は開けられない。
「ここが行き止まりだぜ、+=v
低い声で言った瞬間、広がりきった隔壁の向こうから、ゆっくりと敵が姿を現した。
「行き止まりなのは、あなたの人生よ」
女だった。ジェノが認識したのはそれだけで、それ以外の情報はすべて『あれは敵だ』という情報で塗りつぶされる。
「あまり手間をかけないでね。面倒だから」
やる気のなさそうな声。こちらを害虫程度にしか見ていないその視線。
ジェノはその視線に恐怖した。あの女は虫を叩くように、簡単に自分を殺してみせるだろうと、そう思わされた。
だが、ただそれだけでは終わらない。終われない。
──この女は、オレを今、この瞬間、始末する対象と見なしたのだ。屑籠に放り込んで終わりの、ゴミを見るような目で、このオレを見たのだ。
ジェノは怒りの沸点をあの頃のように下げた。無鉄砲で、自分が強いと信じきっていた──なにも怖くなかったあの頃のように。
──信じろ、オレは強いと!
「上ォッ等ォォォだこの女ァ!!」
弱気を叫びで押し潰し、ジェノは展開した両腕を荷電する。メルトマテリアルが有する強化人間の為に開発された武装義肢、シリーズにしてその七作目。シヴァ≠ニ銘打たれたその両腕は、かつて彼が身につけていたものとは比較にならない出力と堅牢性を備えている。
「意地見せてやンよ。始めようぜ!!」
「……バカな男。わたし、あなたみたいなの、嫌いよ」
女は一言一言区切り、噛み締めるように言った後で右腕を上げた。
「予告よ。あなたみたいなバカは、右腕一本で殺してあげる」
「その予告を外してやるぜ、クソアマァ!!」
猛進する戦車のように、ジェノが地面を蹴りとばした。
プラントに響き始める金属音。その中央で、金属製の加圧シリンダーが軋むように揺れたことに気づく者は、まだない。
「被害状況拡大!」
「八番機のプラントで戦闘が発生! 映像、出ます!」
大型スクリーンに映し出された映像に、指令室がどよめく。カメラでは追いきれない速さで、二つの影が衝突と交錯を繰り返している。方向転換の一瞬だけ彼らは像として固定され、次の瞬間にはその体は集中線の固まりになったようにぶれる。音の伴わない映像は、しかしてその場の空気を指令室に叩きつけるように伝えてきた。
「ジェノ=バーニスかね」
水を打ったように静まり返る指令室の中で、興味深そうな呟き。広い指令室のもっとも高い席でアレス=ロウは言った。声は、数メートルも届かないほどに小さい。
独り言じみた言動に応える者も、また一人しかいない。傍に寄りそうプラチナブロンドの女が、囁くような口調で言った。
「イエス、マスター。……見所のある素体です。我が社純正の強化人間の中では、現在のところ最強と言って過言ではないでしょう」
「ああ、確かに頑張っているな。しかし──保って、後一分」
「同意します。……あれが、プラス・ナンバーエイト」
女──セレイア=アイオーンは目を細め、大型スクリーンに霞んで写る少女の姿を睨んだ。
「……酷な話ですね」
「そうなるかならないかは、彼次第だろう。──さて、そろそろ時間だ。敵は念の入った同時攻撃で挙を封じたつもりになっているだろうが、いつまでも甘い顔をしてやるのは本意ではない」
金髪の男は、感情の薄い声で言うと、セレイア、と傍らの女の名を呼んだ。
背筋を伸ばす女に、軽く問う。
「六番機、七番機の準備は?」
「両名共に一〇分前に覚醒。キャノンボール≠ノ搭乗済みです」
セレイアは空中に指を立て、指揮するようにホログラム・コンソールから情報を拾ってくる。
「八番機のバイオグラフは?」
「生命反応あり、脳波レベルは規定の位置に。ブレイクゾーンがかなり高水準で安定しています。睡眠状態はレム睡眠。先ほど、指示通りシリンダーの管理シェルに割り込みをかけました。パルスによる予定覚醒時刻まで、推定三十六秒です」
「よろしい。では、パーティを始めよう。イクス・シックスとセブンを射出。レベルU≠許可する」
「イエス、マスター。──射出口へ通達。イクス・シックス及びセブン、聞こえますか?」
『良好』
『左に同じく』
即座に返事が返る。セレイアは微かに笑ってインカムの位置を直した。
「初陣よ。覚悟は?」
『遅い質問だぜ』
『無論のこと』
口々に帰る返事にセレイアは二秒、目を閉じて一つ頷いた。
「──ではシックス、セブン。ブレイク・レベルをUにセットなさい。作戦内容は通達の通り。敵プラス≠撃退し、イクス・エイトと施設の安全を確保する事。幸運を祈るわ。──交信終了、射出!」
セレイアが口にした瞬間、大型スクリーンの片隅に、小さなウィンドウが二つ呼び出される。
Ex-Six、Ex-Sevenとそれぞれ記されたウィンドウに、二体のバイオグラフが表示される。コンディションは理想にほど近い。
「──さあ、見せてくれよ、少年たち」
男が笑い、ディスプレイに視線を注ぎながら言った。
「……最後発型の、力を!」
同時に、プラントを写し込んだスクリーンが白き光に引き裂かれた。
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