【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  第三十四話  

もう一度あなたを抱き締めたい できるだけ そっと――……












 身体の芯が、どうにかなってしまいそうなほどに熱い。マグマが胸の中心で、鼓動のたびに渦を巻いているような感覚。俺の体を維持するためにある部品の全てが暴走して、破滅の予感を漂わせていた。
 浮かんだ思考を吐き出しつくして空っぽになった頭の中に、また戦うための理性と死ぬことへの恐怖が戻ってくる。
 けど、全部遅い。何もかもが遅い。
 体は止まることなしに更に熱を上げていく。
 破裂してしまいそうなほどに――いや、実際に、爆発を予感させるペースで、俺の身体の熱が高まっていく。

 ああ、終わる……!

 頭の中でそんな絶望に満ちた言葉が生まれる。
 死ぬのは嫌だ。恐い。彼女に逢えなくなる。嫌だ。
 死んだら、俺の全ては粉々になって、生きてきた証さえもなくなってしまうだろう。
 誰かの記憶の中からもやがては薄れて消えて、行き着く先にあるものは、完全な虚無だ。
 ――怖いさ。
 そんなのは嫌だ。
 俺は生きていたい。生きていたかった。許されるならまだ生きていたかった。

 ……だけど。
 最後の最後まで泣き言を言うだけで終わってしまうのは、それよりもっと嫌だった。

 決めたんだ、世界の平和を守るって。
 目の前に立つ彼らがそうするように。
 "俺の生きていく世界"の平和を守るって――……!!

「うおおおおおおおおおおおおおおお……!!」

 ……この命と引き換えに、最後の最後で彼らを爆発に巻き込む。
 右足は壊れてて、左足もジャンク寸前。今までのいつより必死に動かそうとしてるのに、呆れるほどに鈍い身体。
 ただ、立ち止まりはしない。退くこともしない。そうしたら、守ろうとしてきたもの全てから、目を逸らすことになってしまう気がしたから。
 慟哭じみた絶叫を上げて、壊れかけの身体を突き動かした。
 それこそ全力だった。
 壊れた足で出来る、腕が千切れたボロボロなバランスの中で出来る、力一杯の全力疾走。
 成功したって、たった少しの時間稼ぎにしかならないだろう。けど、俺はいつかの俺が誓った事を破りたくはなかった。そんなんじゃ、向こうに行ったときにケイ先輩に笑われるだろうから。

 ――ただでは死なない!!

 昔、粗製乱造の戦闘機に片道分の燃料を詰めて突っ込んだ特攻隊も、きっとこんな気分だったんだろう。
 壊れた足は思うように動かなくて、きっと止まって見えるほど遅い。
 その証座に、彼らは、退こうとはしなかった。一人の仮面ライダーが立ちはだかる。
 鋭く構えた右の手刀は、まるで死神の鎌に見えた。そして、疾駆。俺に向かって走り出す。
 走りこんでくるそいつのメットを見て、漸く思い当たる。そいつは、俺とライダーキックでぶつかったライダーだった。
 ……一人だけでも倒せたと思っていた。なのに、こうしてすぐにあの勝利は、幻想でしかなかったのだと思い知らされる。端から勝負にすらなっていなかったのか。
 ――ああ、けど、まだ終わっちゃいない。懸命に、心に垂れ込めかける暗雲を振り払う。
 彼らの中心まで走りこんで、飛び切り大きく爆発して、足止めを食らわせる。
 何人かを道連れに出来たなら、それだけで死ぬ価値があるはずだ。それでなくても、少なくとも目の前に躍り出たこいつだけは。――こいつだけでも!!
 千切れ飛んだ右腕の代わりに左手を伸ばす。向かってくる相手の腕を掴もうとする――瞬間。




 衝撃は無い。
 走る鋭利な軌跡。
 困憊した目にはそれは見る事も出来ず、俺の上半身を、浮遊感が覆う。




 視界の端に下半身がゆっくりと倒れ伏すのが映る。
 足は動かそうとしてももう二度と動かないだろう。なんせ、繋がってすらいないのだから。
 上と下、半身は泣き別れ。
 地面が近づき、衝撃。バウンドした体が転がるのを、他人事みたいに感じ取る。
 最後に背中から落ちて、少しの距離を背中で滑り、停止したとき、俺にはもう何もなかった。
 立ち上がるための足も、戦うための武器も、『ライダー』であったことの矜持さえも。

 ――ああ――
 それすら――足止めをすることすら出来ずに、俺は――――
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