【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
第三十三話
誰かの願いが叶う頃 あの子が泣いてるよ
何十発で済んだだろうか?
それとも、何百発の域か?
どちらでも、同じようなものだった。
殴られた回数は、とっくに数え切れない。
胸に拳が入る。肺の息が全部吐き出されるような感覚とともに、体が後ろから引かれたみたいに、宙を浮いて飛ぶのを、他人事みたいに感じた。
体中が痛みで塗りつぶされて、もう感覚はとっくに飽和していた。空中で何回か回ったものだから、前後左右がわからなくなる。確かなのは、自分の体が一度バウンドして、胸から大きな壁――否、地面に叩きつけられたことだけ。
まるで、床が俺を抱いているようだった。俺は地面にはいつくばったまま、数秒だけ動きを止めた。手も、足も、もはや震えすらないほどに疲弊していた。
こうやって倒れるのが、何回目かはもう数えていない。
そのたびにもう立てないと、もう限界だと体が告げている。
このままにしていれば、彼らも止めを刺さないだろうという甘い妥協案が心を席巻する。
でも、俺はこうなるたびに、左手で地面を掻きむしりながら、身体を起こす。
バカみたいだ。やめてしまえばいいのに。やめてしまった方が楽に決まってるのに。
そんなこと、判ってる。火を見るより明らかだ。きっと、また立ち上がるのは死ぬより辛い。
けど、憶えてるんだ。
痛いくらい切なく。
焦がれるように熱く。
溶けるくらい甘く。
泣けるほど愛しい言葉を……
『……もう同じ後悔はしたくないんだ、あたし』
震えながら赤らめた顔を。
返事を待って立ち尽くすその所作を。
通じた思いと握り締めた手のぬくもりを。
幸せにすると決めた、けれど叶わなかった彼女のことを……
『あたしは、キミが好き』
ずっと忘れられない。今でも守りたいって思ってる、そうやって俺の体の全てが叫ぶ。
だからこそ、俺の左手は地面を掴む。少しだけでも体が浮けば、そこに右腕を割り込ませる。はたから見たら、さぞ滑稽なことだろう。けど、俺はやめる気はなかった。必死に身体を起こす。陽炎よりも不確かに、幽鬼よりもゆっくりと起き上がる。
「まだ……立ち上がるのか!?」
ライダーの誰かが驚愕の声を上げる。
ライダーキックで壊れた右足を叱咤して、こうして数えることすら億劫になるくらいに、何度も立ち上がってきた。
これが最後と思うたび、大切だった誰かが浮かんでくるから、俺はいつまでたっても倒れられない。……それを、誇らしく感じてもいた。同時に、生きた理由を最後に確認しているような、そんな気もした。
気づいてみれば、いつかとは逆、右腕の肘から下が存在しない。
けれど左手はまだ動く。左足も、どうにか動かせる。
なら、今度だって立ち上がれる。
そう信じている。立ち上がる――
「…………」
体が熱い。体内のエネルギーが暴走してる。
爆発の前兆なんだろうか。
今まで、俺は数々の怪人の死を見てきた。
彼らはあるときは夜空の花と散り、あるときは基地もろともに散華し、赤く、残酷なまでに美しい爆炎を生んできた。
なんて、皮肉な話なんだろう。
そんな一瞬に輝くことしかできないまま、彼らは消えていった。
「なぁ……」
気付いたら、俺は口を開いていた。
「……あんた達が勝って守られる人類の自由と平和って何だ?」
暴走しているのは、どうやら思考もらしい。
頼りない左足が、右足の分も体重を支える。
俺は頭に浮かんでくる事を、そのまま口に出して、形にする。
ライダー達が押し黙ってこっちを睨む、その間に。
「あんた達が勝っても人間は平和を語って自由に互いを殺し合う。
あんた達が勝っても地球の環境が良くなるわけでもない。
なあ、そんなものの為に?
なあ、傷つくなよ。
……あんた達が勝っても殺された人間は生き返らないのに。
……病気の妹は治らないし、例えあんた達が俺達に勝ったとしても……。
例え俺達があんた達に勝ったとしても……」
ああ、言葉が滅茶苦茶に紡がれる。何が言いたいんだろう。
判ってるんだ。 判ってるのに。
人類の自由と平和なんて、他人が勝手に言っているだけで――
彼らは彼らの守りたいものを、守りたい大切な人々を、必死になって守ろうとしているだけで、正義の味方になろうとしてるわけじゃないんだって、判っていることだったはずなのに。
そう――
俺が、守れなかったような、 大切な何かを……。
――――ああ、おれは、無力だった。
守り通そうとした、
あの表情を、あの笑顔を、
大切だった思い出を、感情の欠片を、
知らないうちに取りこぼして、取れない場所へ落としてきてしまった。
口は止まらない。
呟く、最後の恨み言。
「――彼女は俺に…もう二度と微笑んでくれないのに……」