【仮面ライダーになりたかった戦闘員】
第三十二話
負けない愛だって この胸に必ずあるはずよ
右足に力を集中し、腰を落した刹那、相手が跳ぶ予備動作が見えた。
膝が僅かにたわみ、力をためるかのような動き。それが伸びきり、地面を蹴る瞬間、まったく同時に俺も膝のバネを開放する。
相手の動きはまさに流星。
だが、紛い物であっても、俺のこの動きもそれに劣らない速度だ。
――後は純粋な力比べだった。
「「ライダァァ――キィィ――――ックッッ!!」」
声が重なり、最大最強の一撃もまた重なる。
光さえ帯び、まさしく流れる星のような軌跡。俺と相手の足がぶつかり合い、耳がバカになるほどの衝撃音が響く。途方も無いエネルギーが、組み合わさった足の間で押し込められ、そのまま俺に逆流してくる。
「うおおおおおおああああああッ!!」
叫びは、半分が痛みを外に吐き出すため、もう半分が鼓舞のため。
中空でぶつかり合うほんの刹那。跳ね返ってくる反動が全身を軋ませる。
滞空して秒という時間すら過ぎていないはずなのに、一瞬が酷く長く引き伸ばされているかのよう。
負けたくない、
負けたくない、
負けたくない、
頭の中でそれだけが反響する。
口から迸るのは叫び、そして押し殺した呻き。
「ぐっ……あ、が、ああああああッ」
痛い。
皆これを受けたのか。
右足が悲鳴をあげる。
ケイ先輩も、最後にこれを受けて――、
駄目だ、負ける…………ッ?!
「うううううううああああアアアああぁぁあああああ……ッ!!!」
ほとばしる苦悶の呻き。
喉が擦れるような声。
相手の口から出たものか、自分の口から出たものか。それさえ判らない。
負ける……か。
負けられるか。
ここで、負けられるものか、まだ動く、まだだ、
負けるか! 負けるか!! 負けるか――!!!
「負ぁ けぇ る かぁ あ ―――― ッ ! ! !」
「なっ……!!?」
――その意地と意地とのぶつかりあいみたいな押し相撲の最中。滅茶苦茶にただがむしゃらになって力を込めた俺のキックが、ほんの僅かだけ出力を増し、前に出る。数センチだったかもしれない。数ミリだったかもしれない。だけど、それだけで十分だった。
負けたくないという意地と、負けられないという覚悟。大切だった全てのものたち。そういう、形のないものだけが俺の背中を押す。痛みさえも戦う実感の中に溶かして、その僅かな距離の前進に、全てを懸ける。口を開けて叫ぶ。声が出ているのかどうかも判らない。――その長い一瞬が、終わる瞬間。
見えたのは、僅かに体勢の崩れた相手の胸部を、俺の脚が捉えた映像だった。
声もない。
キックを受けたライダーは、派手に吹き飛んで地面を傷つけながら転がっていく。俺は着地した。立っている。倒れているのは向こうで、立っているのはこっち。事実を認識するのに、少しだけかかった。……ほんの一瞬だけ。
その一瞬で実感する。
俺の……紛い物のライダーキックが、本物に、打ち勝ったということを。
まだ、行ける。光明が見えたようだった。
もしかしたら、彼らを倒す事だって出来るかも知れない――
そう、思ったんだ。
「――づ、っ?」
一歩踏み出そうとした瞬間、体勢を崩した。
辛うじて左足で体重のバランスを支える。まともな転倒だけは避けられた。
一瞬遅れて気が付いた。右足の感覚が消えている事に。
自らの蹴りのダメージと、相手からのダメージ。双方向から与えられた二重のダメージは、骨格面と筋肉面、その両面から俺の右足を完璧に破壊していた。
それを今更ながら理解する。
もう痛みすら訴えてこない。――本来的に、傷は危険を表わすために痛むもののはずだ。
だとしたら、痛まない傷は、『終わってしまった』後なんじゃないのか。
動かそうとしても反応の返ってこない右足は、もう、ただそこについているだけの義足じみていた。
……光明は、見えてすぐに掠れてしまったらしい。
一瞬だけ。
あのキックに打ち勝てた一瞬だけ。
もしかしたら勝てるかもしれないと、夢を見た。
ああ、俺が仮面ライダーじゃないから、無理だったんだろうか。
まがい物で……偽物のヒーローじゃあ、何も守れないんだろうか。
答えは、誰も教えてくれない。
戦いも終わらない。
ライダーたちが迫り来る。立つ事がやっとの俺に容赦無く――――