【仮面ライダーになりたかった戦闘員】

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  第三十一話  

教えて"強さ"の定義 
自分 貫く事かな それとも……














「うおァあああああああ――っ!!」
 七人の戦士たちのど真ん中に躍り込んで、右のストレートパンチ。正面にいたライダーが腕を上げるより前に拳を繰り出した。ガードが上がりきる前に、俺の拳が一人目のライダーのメットに、正面からぶち当たる。数メートル後ろへ、弾けるように吹き飛んでいくライダー。追撃を許すまじと、横から二人のライダーが割り込んだ。
「どけええっ!!」
 慟哭じみた叫びを上げる。次の瞬間に繰り出される二人のライダーの拳を、直撃する前にコースを逸らすように弾いた。左前方にいたライダーの胴に、肘を突き出して身体ごとぶつかる。苦悶の声が響き、車に撥ねられたように、そのライダーの身体が宙に浮いた。
「全員、油断するな!! こいつは……見掛け倒しじゃない!」
 ライダーの声が聞こえる。最初に大人しくどけと、俺に忠告をしたのと同じ声だった。
 その通りだ。今の俺は、もう昔の俺じゃない。ただ足止めにもならず倒されていく、弱弱しい戦闘員じゃない。
 あれだけ鋭かったはずの相手の拳が見える。かつてならばコマ落しに見えた次の瞬間には腕が切り飛ばされていたような、苛烈な手刀に反応できる。拳を弾き、手刀を紙一重で捌き、反撃に転じる。繰り出した拳がガードされても、何度でも繰り返す――これが、ライダーの戦いか。
「……ッぐゥ!」
 一人のライダーが繰り出した拳を弾いた瞬間、別の方向からねじりの入ったパンチが繰り出された。それが、俺が初撃で吹き飛ばしたライダーの拳だと認識したときには、胸の装甲越しに息の止まるほどの衝撃が走っていた。反射的に地面を蹴り、衝撃を逃がす。
 息を整えながらステップを踏む。――ああ、強くなって初めて判る。
 仮面ライダーの名前は伊達じゃない。こちらが攻撃を繰り出せば最適な方法でガードをするし、ガードが間に合わなければ食らっても被害が小さい場所へと攻撃をずらそうとする。同じように、攻撃を外しても、それが致命的な隙にならないようにカバーする。集団戦になれば、他人の隙を庇うことも念頭に置いている。
 彼らは、戦いにおいて当たり前のことを強大な力を使って正確にこなす。そういう、揺るぎない実力を持っていた。
 だが――
 襲い掛かる拳を僅かにスウェーしてかわす。バックステップと同時に跳躍、後ろから襲い掛かった回し蹴りを飛び越えてバック宙二回転。降り立って即座に腕を両側に翳し、装甲の固い場所で右方左方の両側から繰り出された手刀を受け止める。
 どれだけ意思の疎通を図っても、どれだけチームワークを磨いても、七人いれば思考は七つある。それらが完璧に同調することは、有り得ない。
 だから、必死になってかわしていれば――曇り空に光明が見えるように、僅かな隙を見つけることが出来る。
 手刀を受け止めた俺の目の前に躍り出るライダー。その後ろに二人、追随するように走る二人の影。一直線上に三人のライダー。
 その光景が目に入った瞬間、俺は両腕を広げて、両脇のライダーを突っ放した。息を止め、今の自分に出来る最大筋力をイメージする。向かってくるライダーに向けて、逆に踏み込む。動揺したように一瞬だけ、襲いかかってきたライダーの動きが曇ったその瞬間――拳を持ち上げる。
 完成されたひとつの動き。イメージは、戦車砲キャノン。一切の装甲を粉砕して突き抜け、致命的な打撃を与えるための兵器。
 意識する、踏みしめた地面に対して発生するモーメント。体重によって足の裏に発生する摩擦と釣り合うぎりぎりの運動エネルギー。踏みしめた足から力が生まれ、腰の回転を用いてそれを増幅し、後背筋という砲台へ伝え、拳という弾頭を放つまでの一連の過程。エネルギーの伝達路が頭の内側で忠実に再現される。
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
 ――咆哮と共に、俺は拳を繰り出した。
「う、うおっ!?」
 放った拳は、カウンター気味にライダーの顔面にめり込む。金属のひしゃげる音と火花を撒き散らし、地面を踵で抉り飛ばしながらライダーが吹っ飛ぶ。無論、後ろに続いた二人を巻き込んで。
 動揺が見え、彼らの連携が途切れる。その瞬間だけが、俺が制約されずに動けるほんの僅かの機会だった。
 体の全力を振り絞り、手近な一人に飛び掛る。慌てた様子で相手が迎撃してくるが、焦りまじりの攻撃だった。繰り出されたキックを避け、足を掴んでそのまま身体をひねる。
「ッつおおおおおおぉぉぉぉおおぉぉりゃあっ!!!」
 体重を移動させながら足を引き込んで、そのまま力任せに持ち上げる。周囲が混乱から回復する前に、俺はそいつの身体を楽に三回は振り回した。たっぷりと勢いを乗せて、地面に叩きつけるように投げ飛ばしてやる。
 二メートル先の地面にクレーターを作りながら、ライダーはバウンドして空中を散歩する。
 その吹っ飛ぶ軌跡を見ないまま、俺は混乱を真っ先に抜け出してきたライダーの拳をガードした。
 見える。反応できる。攻撃できる。――戦える。
 俺は、戦えている。
 妄想でもなんでもない現実。
 あのあこがれた正義の味方に劣らないと、そう証明されているかのよう。
 だが――警告するように痛みが走る。殴り飛ばすのに使った拳が、瞬発的に酷使する筋肉が、そしてそれを支える骨格が、ひびの入ったように芯から痛む。……まるで、助けを求めているかのように。
 フラッシュバックするドクターの言葉。

『……何度も言うが、あんたの力はライダー級でも、器自体は殆ど戦闘員だ。だから、無茶したら途端に崩れるからそれに気をつけろ』

 それでもこちらの事情などお構いなしに、なおもライダーは襲い来る。
 嵐のような攻撃をさばくたびに、彼らの戸惑いの色が濃くなっていくのが、なんとなくわかった。よもやただの戦闘員だったはずの敵に、ここまで阻まれようとは思っていなかったのだろう。
 拳を必要最低限の動きで受け流し、かわし、相手の攻撃と攻撃をぶつかり合わせて撹乱して、僅かに出来た隙を全力で叩く。そのたびに可動限界を超えた肉体が軋む。競りあがる痛みは俺の体が上げている悲鳴。
 この戦いを始めて、どのくらいが経った?
 ライダーたちの動きは衰えない。今はまだ俺もついていけている、けれど――
 心が折れかける。すぐに戦う事をやめて横になれたらと思う、弱い思考がどこかに巣食う。
 気を抜けば、手に入れたばかりの巨大な力がオーバードライブして自分の体を壊しそうになる。かといって、力を抜けばライダーの攻撃に耐え切れなくなる。そのせめぎ合いコンフリクトの間で、俺はいつまで戦える? こんなにも大きな力を完全に制御している、彼らライダーたちを相手に――。
 かないっこない、やめてしまおう、もう無理だ、自分は良くやった――
 心の中から生まれる弱音を歯を食いしばって噛み潰し、一つ深く深呼吸をして、拳を握り直す。
 末端から崩れる、崩れる、と痛みという名の悲鳴が競り上がってくる。
 崩れてしまわないように、折れてしまわないように、それだけをただ強く願い、殴りかかってきたライダーの拳に自分の拳を叩きつけた。その姿勢で拮抗する。刹那の瞬間ににらみ合う。
「なんてパワーだ…しかし、倒れるわけにはいかない……! 俺には、俺達には、守りたい人達がいるんだ!!」
 目の前のライダーが、勇気と信念を形にしたような声で叫んだ。

 ――ああ、お前もか。
 痛い、やめよう、なんて言えないじゃないか。

 痛みを押し込めて、叫んだライダーを見る。
 彼は緩慢に見える動作で腰を落した。
 現実的に緩慢なのではなく、その後に来る攻撃が苛烈である事を知っているゆえの脳の防御反応だった。死ぬ気でそれに反応しなければそれこそ死んでしまうと、今までの俺の経験が叫んでいる。
 それは数多の怪人を屠った、必殺の技。
 俺に受けきれるのか?
 自問自答。
 自分に自分でそんな問いをしてから、笑ってしまうくらいに簡単な事実に気がついた。
 受けきれなければ、ここで終わってしまうのだ。俺は負けられない。なら、受けきって見せるしかない。
 自分を精一杯に奮い立たせる。
 ――そうだ、受けて立つ!!

「……奇遇だな。俺もだよ」

 さっき思った事をそのまま言葉にして、俺は、全身の力を一点に集中させた。
 ……右の脚に。
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